にゃあこと骨皮スジエモン
仲のいい友人とはズッと仲良くしたいものです。
その思いは祈りと同じもので、高潔な感情です。
孤独は辛いけど2人なら辛くはない。
使い古された言葉ですが、これほど幸せな言葉を聞いたことがありません。
「にゃあこや、何処にいるんだい。」
今日も私の主人が俺のことを探している。
「にゃあこや、ご飯の時間だよ、にゃあこや。」
そんなに呼ばなくとも聞こえている。
私の主人は目が悪い、故に目の前に私が居ても気がつかない。
そんな主人に私は一声鳴いてやるのだ。
「ああ、そこに居たのかにゃあこ、心配したじゃないか。」
そこに居たのかではない。
気づかなかったのは主人の方じゃないか。
心配される言われなど私にはない。
むしろこんな近くで気づかない、察しの悪さに私が心配したぐらいだ。
「ほらにゃあこ、ご飯だよ。今日は美味しいイワシだよ。さあお食べ。」
今日はではない、今日もだ。
最近とんと記憶力がなくなって来たな主人。
今週はイワシしか食べていないよ。
たまには肉も食べさせてはくれないものか主人。
「ご飯は美味しいかいにゃあこ....そうかそうか、美味しいか。嬉しいなにゃあこ。」
美味いものか、こんな塩っ辛いイワシが。
相変わらず料理が下手だね主人。
こんな塩っ辛いものを食べていたら病気になってしまうよ。
まったく、年寄り猫にはもっと薄味にしてくれなくては困るな。
「沢山食べて偉いねえにゃあこ。いっぱい食べて大きくなるんだよにゃあこ。」
こんなにいっぱい食べきれるわけがいなだろう主人。
まったく、自分は全然食べないくせに私にはこんなに食べさせて。
私がブタ猫になってしまったらどうするんだ。
少しぐらい私の気持ちを味わえ...!
さあほら塩っ辛いイワシを食え!
「ああ、私にくれるのかいにゃあこ、いいんだよにゃあこが食べてもいいんだよ。....でもありがとうにゃあこ、その気持ちが嬉しいよ。」
何を勘違いしているんだ主人は。
そんな事ではなくてもう食べられないんだ。
これ以上食べさせないでくれ。
「にゃあこは優しいね。私は本当に嬉しいよ。でも私はもう食べられないからいいんだよ。これはにゃあこに食べて欲しいんだ。私の代わりに食べて欲しいんだ。」
....なんだかしみったれた顔になってしまった主人。
ああ、分かった分かった!
私が食べるからそんな顔をしなしでくれ。
「そう、沢山食べて偉いねにゃあこ。沢山食べて長生きするんだよにゃあこ。」
長生きしたいなんて私は言っていないがね。
勝手にそんなことを求められても困る。
私の命は私の物だ、長く生きるも私の勝手だ。
そんな事を求めるな主人。
「さあ、お昼寝の時間だよにゃあこ、一緒に布団に入ろうか。」
もう昼寝の時間か。
私はこんな時間設けなくても好き勝手に寝るというのに。
主人の骨ばった腕に包まっては折角の昼寝が台無しだ。
まったく猫の気持ちを少しぐらい分かってもらいたいものだ。
「さあ、今日もいい夢を見ようねにゃあこ。よく寝てよく食べれば健康でいられるからねにゃあこ。」
本当に健康でいられるのか主人。
私はこのままでは豚になってしまうのではないかと心配しているというのに。
見てくれこの脂肪を。
摘めるほどにブクブクと太って来ているではないか。
まったく、ガリガリの主人には分からないだろうが、これは由々しき事態だぞ。
「さあ、おやすみにゃあこ。起きたら一緒に遊ぼうね。」
ああ、相変わらず硬い腕だな主人。
そんなに強く抱かないでくれ、痛くて眠れない。
猫の扱いもなってないから、歳を取っても独り身なんだ。
こんな骨と皮しかない腕で抱けるものなんて猫ぐらいのものじゃないか。
まあ、こんなに猫の扱いがなっていない主人なんて私じゃなければ相手にもされないだろうがね。
「.......。」
なんだもう寝たのか。
まるで死んでいるかのような寝顔だ。
血の気がなくて、寝息も聞こえない。
長生きしてくれだと?
ならば主人も長生きしろ。
私はご飯を出して貰わなくては生きてはいけないんだ。
だからご飯を食べろ、よく寝ろ、もっと肉をつけろ。
まったく、困った主人だ、まったく。
主人がこんなに困ったやつだから....そんなだから私も死ぬに死ねないんじゃないか。
本当に困った主人だ。
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「ここは、どこだ。」
見渡す限りの闇。
何も見通せず、足元も見えない。
果たして自分がどこに立っているのか、家なのか外なのか、それさえ分からない。
「にゃあこ、どこだいにゃあこ。」
闇が深い。
先の見えない深い闇に恐怖心が湧き出てくる。
怖い。
にゃあこはどこだ、にゃあこは。
「にゃあこぉ、どこにいるんだいにゃあこ。」
呼んべばにゃあこはいつでも声を返してくれた。
目の悪いワシを安心させるように声を上げてくれていた。
でも返事はない。
にゃあこはここにはいないのか、ワシは一人ぼっちなのか。
「にゃあこぉ、お願いだにゃあこ。返事をしてくれぇ、にゃあこぉ.....。」
だんだんと声が出なくなってくる。
もともと声を張る元気もないが、それが原因じゃない。
にゃあこが居ないことが怖くて、悲しくて、喉が窄んでしまったからだ。
「にゃあこ、頼むにゃあこ。一人に....しないでくれぇ。」
悲しすぎて涙が出てくる。
一人ぼっちがこんなに悲しいなんて...。
いつもはにゃあこが居てくれた。
だから悲しくなってなかったし寂しくなんてなかった。
にゃあこが、家族がいてくれたから。
でもいなくなってしまった。
みんな居なくなってしまった。
親も友達も...にゃあこも。
死は怖い。
みんなワシの側から居なくなる。
死がワシからみんなを取り上げてしまった。
とうとうわしの番がきたんだろう。
みんなを連れて行った死がワシにも来たんだ。
もしかしたらみんなの所へ行けるかと思ったりもしたが、行き着く先は闇だった。
にゃあこも居ない、闇だった。
「にゃあこ....。」
たった一人でここで過ごすなんて辛くて怖くて。
ああにゃあこ。
もう一度お前に会いたい。
もう一度お前の声を聞きたい。
にゃあこ....もう一度お前を抱きしめたい。
「一人ぼっちは....嫌だよう。」
涙が頬を伝い落ちた。
「相変わらずしみったれた姿だな主人。」
突然声が聞こえた。
この何もない闇の中、唯一聞こえた人の声。
顔おあげるとそこにはにゃあこが居た。
灰色の癖がない艶のある毛並み、鋭い目にしなる尻尾。
「にゃあこぉ....。」
「なんだ今にも死にそうな声を出すじゃないか。ああいや、もう死んでいたな。それなら納得だ。」
「...なんで。」
「うん?」
「なんでここに。」
にゃあこは呆れたような顔をし、ため息を吐いた。
「なんでって、死んだからに決まっているだろう。」
「死んだって...なんでにゃあこが、だってにゃあこはわしと違って健康で、長生きも出来たはずなのに。」
にゃあこは笑いながら答える。
「なんでかなぁ...なんだか、もう死んでもいいかなって思ったんだ。」
死んでもいいだと?
なんでにゃあこはそんなことを言うんだ。
もしかして、ワシといるのが嫌だったのか。
ワシといるよりも死ぬことを選んだのかい、にゃあこ。
「なんて顔をしているんだ主人、むしろ逆だ逆。」
...逆?
「主人が死んだから私も後を追って来たんじゃないか。」
「な...んで。」
「一人じゃ何にも出来ない情けない主人をほっとけないからついて来たんだよ。言わせないでくれ、恥ずかしい。」
それに、
「一人ぼっちで泣いてるんじゃないかと心配でね。つい死んでしまったよ。まあ思った通りだったがね。」
一人ぼっち。
その通りだ、寂しくて泣いていた。
にゃあこにもう一度会いたいと泣いていたんだ。
にゃあこには長生きをして欲しかった。
生きていられないワシの代わりに健康でいて欲しかった。
でもにゃあこは死んでしまって、ワシのせいで死んでしまって、悲しいはずなのに、なのに。
こんなにも嬉しいだなんて。
「最低だな、ワシは。」
「ああ最低の主人だよ。猫の気持ちもわからない最低の主人だ。ご飯はマズイし、イワシばっかりだし。抱かれ心地は最悪だし、不健康だし。だから....こんな最低の主人は、私以外面倒見られないだろう?」
「ああ...ゴメンな。でも,ぼんどうに...ヒック.....ありがどう。」
涙が溢れて声が出ない。
でもこの目からは悲しみは流れない。
喜びしか流れない。
「ああほら、顔を上げな主人。泣いている暇はないぞ主人。起きたら遊びの時間だろう?私にとってこの時間だけが生きがいなんだ。早くしてくれ。」
「う゛ん....うん゛。」
もう寂しくなんてない。
一人ぼっちじゃないから。
にゃあこがいるから寂しくない。