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09「お弁当と過去の彼」

 ゴールデンウィークと呼ばれる連休も今日で終わりだ。ここ数日の私の過ごし方は終壱くんと一緒に2人以外誰も来ない風紀委員室で風紀委員の仕事や勉強をしていた。

 今日も私は終壱くんと共に風紀委員室で、勉強をしていた。勉強で分からないことがあったら終壱くんが教えてくれた。だが、それだと終壱くんへとお返しが出来ないから何か出来ることはないかと聞いたところ、手作り弁当が食べたいと言われたのが昨日のことだ。

 今日は朝から寮のキッチンを借り、お弁当作りをした。料理は少し出来るが、凝ったものは作れない。少しばかり歪なお弁当が出来上がる。それにお弁当の色合いも微妙だ。

 美味しいと言って貰えるのか。大丈夫だろうか。そんなことばっかり考えていて、勉強は一向に捗らない。


「どこか分からないところでもあったのかな?」


 手が止まっていることに気付き、私のノートを覗き込む。今日は何も書いてないノートに終壱くんは困ったように首を傾げた。


「何か考え事?」

「あー、えっとですねぇ」


 あははと笑うが終壱くんの訴えるような視線に言わざる得なくなってしまった。

 私が作ったお弁当が終壱くんの口に合わなかったらどうしようとことを考えてました。と正直に言うと優しい手付きで私の頭を撫でてくれた。


「海砂の作ったものは美味しいから心配しなくてもいい」

「そう言って不味くてもしりませんから!」


 そう言うなら不味くても全部食べさせてやる。そんな私の決意を知ることのない終壱くんは、よしよしと未だに私の頭を撫でていた。


 昼を告げる鐘がなる。あれから少しし勉強をしたら、あっという間に昼になっていた。

 心臓が緊張でバクバクと鳴り響く。震える手でお弁当を終壱くんへと渡した。

 彼女が彼氏の為に初めてお弁当を作ってきた感覚に近い。私と終壱くんは従兄妹同士であって、カップルではないが。


 お礼を言い、終壱くんはお弁当を開ける。彩りが偏ったお弁当を一口食べる。


「美味しいよ。ああ、海砂の味だ。懐かしいなぁ」

「へっ?」


 海砂の味ってなんだ。海砂の味って。おふくろの味的な意味なのか。

 確かに終壱くんは昔に一度だけ私の手料理を食べたことがある気がする。それもまだ私が料理が今よりももっと出来なかった頃の話だ。

 あの頃と一緒の味ということは不味いってことなんじゃないのか。サーと顔から血色が無くなる。


「やっぱり不味い?」

「美味しいよ」

「いや、だってあの頃の同じ味なんでしょう?」

「ああ、そういうことか」


 納得したように頷く終壱くんに、やっぱり不味いんだと落ち込んでしまう。あの頃と同じ味というのは相当ショックを受けることだ。



 あの時はまだ終壱くんが中学3年生で、私が中学1年生時だった。終壱くんの家はシングルマザーで、終壱くんと終壱くんのお母さん2人で暮らしていた。なので終壱くんのお母さんがいない時は私の家に少しだけ預かられていた期間があった。まぁ、終壱くんが全寮制のこの高校に入ってからは終壱くんのお母さんは実家暮らしに戻ったのだが。

 その頃はまだ私の家と終壱くんの家は近くだった為、終壱くんのお母さんが仕事でいない時は私の家で終壱くんを預かっていた。

 あの時は確か、私のお母さんと終壱くんのお母さんが2人だけでお出かけをした日だった。いつもお世話になっているのだがら、私とお兄ちゃんの面倒を見なさいと言われた終壱くんは大層ご不満だった。

 それに今年、終壱くんは受験生だったことも重なり、いつも以上にピリピリとした空気が流れる。

 私が一言何かを言うと、すぐに睨まれ、私はお兄ちゃんの後ろにサッと隠れたりしていた。


『終壱さん、海砂ちゃんが怖がってる』


 お兄ちゃんの言葉に終壱くんはため息を吐き出す。いかにも嫌そうな顔だ。

 それもそうだ。この時の終壱くんは私のことが嫌いだったのだから。両親からもお兄ちゃんからも甘やかされた私が嫌いだった。

 だけど、私は終壱くんのことは嫌いじゃなかった。怖かったことは変わりないが、嫌いではない。

 私はどうすれば、終壱くんに笑って貰えるのだろうと一生懸命考える。そして何を思ったのか、お母さんがいつも作っている料理を見よう見まねで作り出したのだった。

 出来上がった料理は料理と呼べるものではない。何かの塊と言っていいほど不思議なものだった。

 これは駄目だ。とガッカリとしていたら、終壱くんが出来上がったそれを取り上げ、一口食べる。


『不味い』


 泣きたくなった。こんなにストレートに言われると、いくら私でも落ち込んでしまう。

 作った料理を捨てようと思い、料理に手を伸ばすが、私の手が料理を掴むことはなかった。


『不味すぎる。よくこんなものを作ろうと思ったな』


 不味いと言いながら、終壱くんは私が作った料理とは呼べないものを口に運んでいた。

 言葉と行動が合わない。不味いなら食べないでいいじゃないか。そう言いたいのに言葉には出なかった。

 全て食べた後に終壱くんは何も言わずに、勉強を再開した。


『ありがとう……終壱お兄ちゃん』


 きっと聞こえているのに、終壱くんは何も返事はしなかった。



 ふと思い出した昔の思い出に浸っている間に、終壱くんはお弁当を全部食べていてくれた。


「本当に美味しかったよ。海砂の味っていうのは優しい味って意味だから、ね?」


 私が疑問に思っていたことを察し、言葉を付け加える。優しい味はどんな味なのか分からない。やっぱり私が考えているおふくろの味みたいなことなんだろうと1人で納得した。


「また作ってきてくれると嬉しいな」


 蕩けるような甘い笑みを浮かべる終壱くんに顔が熱くなる。終壱くんの言葉に何度も頷いた。


「ありがとう」


 嬉しそうにする顔を見ると私も嬉しくなる。

 今日もまた、終壱くんと共にいられて終壱くんのことを知れたと嬉しかった。

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