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08「私にだけ見せる表情」

 寮の自室にて勉強をしようと思い教科書を開くが、私の頭を占めるのはつい先日の図書館でのことだ。

 あそこは確かに攻略キャラである柳葉伊吹先生に勉強を教えてもらうイベントが発生していたはずだ。なににヒロインである姫野愛莉ちゃんは柳葉先生が来た直後に席を立って図書館を出て行ってしまった。


「姫野愛莉ちゃん……ヒロインだから愛莉姫と呼ばせていただこう」


 腕を組み、うんうんと頷く。愛莉姫、桃色の美しい髪の可憐な少女にぴったりな印象だ。


 勉強する為に買ったノートは真っ白ままで、何も書き込んでない。真っ白なノートを眺めながら、勉強する気力がなくなっていることに気付く。


「あー、そうだ。風紀委員の仕事をしようかなぁ」


 まだ覚えたてなので効率的に仕事が出来ない。雅先輩の方が私より遥かに多く仕事をしているがゴールデンウィーク前に全て終わらせている。それに比べ、私はまだ終わてない。

 手伝おうか?と言われたが、雅先輩も休みたいだろうと思って断った。どうしても分からないことがあれば聞くという条件付きで。


「よし、善は急げって言うしね!」


 確か、風紀委員室の鍵を持っていたのは終壱くんのはずだ。携帯を取り出し、終壱くんにメールを打つ。

 返信を待つ時間にバッグに必要な道具を入れた。風紀委員の仕事が終われば、勉強を少ししようと勉強道具も詰め込む。きっと部屋でやるよりは捗る気がするからだ。

 学校に行くのだから制服も着なければいけない。それらの準備をし終えた丁度に終壱くんからメールの返信が来る。風紀委員室にいるからおいで、という内容の返信だった。


「風紀委員室にいるって、また仕事してるの?」


 終壱くんは一体いつ休んでいるのか心配になってくる。いつも風紀委員の仕事をしているところしか見ていない。

 何か差し入れなどを持っていった方がいいのか考えるが、私の部屋には差し入れできるお菓子などがなかった。風紀委員室に行く途中で自動販売機で何か飲み物を買って行こうと心に決めた。


 自販機でコーヒーと紅茶を買い、風紀委員室を目指す。

 風紀委員室のドアをノックし、ドアノブを回す。いつもはノックなんてしないが今は風紀委員室にいるのが終壱くんだけかもしれないため、来たことを知らせるようにノックした。

 ドアは鍵がかかってなく、すぐに風紀委員室に入ることが出来た。


「待っていたよ」


 風紀委員長の席に座っていた終壱くんは顔を上げ、私を視界に入れる。

 いつもはきっちりと制服を着こなしている終壱くんだが、今日は上から二つほどボタンがされてない。それに腕まくりをしており、色っぽい。

 いつもは見せない少しの隙を見せるため、目が離せない。心臓が聞こえるのではないかというほどうるさく鳴り響く。


「……どうかしたのか?」


 風紀委員室に入ってからピタリと固まっていた私を不思議そうな表情で見る。固まった表情のまま、終壱くんに何でもないよと言うように笑顔を無理矢理作った。きっと歪な笑みになったことだろう。

 これ以上、何か追求されないように自分の席に着き、風紀委員の仕事をし始める。

 バッグを漁り、筆記用具を取り出すとバッグの中に入っていた自販機で買ったコーヒーと紅茶が目に付いた。


「終壱くんはコーヒーと紅茶はどっち派?」


 因みに私はどっちも派だ。コーヒーが飲みたい時はコーヒー派。紅茶が飲みたい時は紅茶派なのだ。

 終壱くんは従兄なのにコーヒー派なのか紅茶派なのか知らない。なにせ、終壱くんも私と一緒に飲み物を飲む時はバラバラだったりするからだ。

 少しだけ考える素振りを見せ、終壱くんは口を開く。


「どっちも飲むけど、どうしてかな?」

「差し入れに持ってきたのです!」


 ジャジャーンと効果音が付くように勢いよくバッグの中からコーヒーと紅茶を取り出す。


「俺に差し入れ?」


 こてんと首を傾げる終壱くんはイケメンなのに可愛かった。かっこよくて、ふとした仕草が可愛いとは何ということだ。

 一人で終壱くんの可愛さに悶えていると、「コーヒーを貰ってもいいかな?」とお声がかかる。どうぞどうぞとコーヒーを渡した。

 私は残った紅茶を一口飲み、風紀委員の仕事をし始める。私がし始めたと分かると終壱くんもさっきまでやっていた仕事を再開した。


 しばらくペンが走る音と紙が擦れる音しか、この風紀委員室にはなかった。

 相手が初対面の人だったら無言な状態は気まずく、こんなにも仕事が捗らなかっただろう。昔から知っている終壱くんだからこそ、無言でも気にせず、逆に居心地よく仕事が捗った。


「ふぅ……」


 いくらか片付いた仕事を見て、息を吐き出す。大分集中していた為、疲れが出たのだろう。

 時計を確認すると、始めた時よりかなり時間が経過していたことに気付く。少し休憩をしようと、紅茶に口付けた。

 終壱くんは未だに仕事をしているみたいで、私の視線に気付かない。気付かないことをいいことに、私は終壱くんを観察する。


 さらりとした癖一つない綺麗な黒髪。髪と同じ色の漆黒の瞳。目元は優しげで微笑むと王子様な終壱くん。それに整った容姿だけじゃない、成績は常にトップで運動神経も抜群である。先生からの信頼も厚い。

 誰が見ても終壱くんは完璧と言うだろう。だが、そんな完璧と言われる終壱くんも一つだけ欠点がある。とにかく、終壱くんは気性が激しい。短気であったりする。

 高校に入ってからはどうかは分からないが、昔の終壱くんは気性が激しかった。


「何をそんなに見つめているんだ」


 眉を寄せ、不満げに私を見る。何か言いたげな表情で何も言わずに見つめていたのがあまりお気に召さなかったらしい。

 軽く首を振り、「なんでもないよ」と私は曖昧に微笑んだ。終壱くんのことを考えていたなんて言える訳がない。


「……そうか」


 ゆったりとした動作で終壱くんは席から立ち上がり、私の方へ近付いてくる。私が座っている椅子の前まで来ると、上から私を見下ろした。


「俺はね、あんまり気が長い方ではないんだよ。あんなに見つめられると、どうにかなりそうだ」


 クスッと一つ笑いが漏れる。いつも見る優しい笑みと違って、妖艶で、見る者全てを虜にさせる笑みだ。

 完全に固まってしまった私に手を伸ばし、指がそっと頰に触れる。ビクッと体が反応するが、今の私は終壱くんの手を払いのける力はなかった。

 今の私の心情は蛇に睨まれた蛙だ。終壱くんが恐ろしくて身動き一つ取れはしない。


「お前は忘れているのかもしれないけど、俺は覚えているよ。お前が俺に言った言葉を、俺と約束した言葉を」


 妖艶に微笑んでいるのに、瞳の奥は悲しげに揺れているのが分かった。そんな顔をしないで、と言いたいのに声が出ない。

 だって、私は覚えてないのだから。終壱くんが何を言っているのか分からないのだから。

 口ごもる私の肩口に顔を埋め、終壱くんは小さく呟いた。


「俺を愛して」


 さっきまで晴れていた空は薄暗くなり、今にでも雨が降りそうだ。

 ああ、雨は嫌いだ。雨は私の大切な人を傷付けるから嫌いなんだ。

 そっと何も言わずに終壱くんを抱き締めると、それに応えるように強く抱き締められた。


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