05「呼び名」
書類整理などを行う人員として私は風紀委員へと入った。役名とかがないから、この役職をどう呼んだらいいのかが分からないが生徒会で言うなら書記的な役割なのだろうと一人で思うことにした。
この役職のもう一人はなんと大友雅先輩で、私は雅先輩から仕事を教えてもらうことになった。
なんという俺得!あんなに美人な先輩に教えてもらえるなんて得した気分だ。
「雅、後は任せたからな」
「はい、後はお任せ下さい。委員長は何も心配しなくて大丈夫ですから」
終壱くんと雅先輩は互いに笑い、見つめ合っている。それに終壱くんは雅先輩のことを名前呼びだ。
私があの時に思った通り、二人は付き合っているのだろうか。確かにお似合いカップルである。
「海砂さん」
「……っ!」
一人ふむふむと考えていたら、急に後ろから呼ばれ、ビックリして後ろを勢いよく振り返る。そこには雅先輩の兄である大友先輩がにっこりと微笑んでいた。
「雅と終壱が気になる?」
「お似合いだなぁって思って見てました」
正直に答えるとブッハッと効果音が付きそうなほどに大友先輩は笑いだしてしまった。なぜ?なぜ?と戸惑いを隠せないまま、大友先輩の周りをキョロキョロしてしまう。
「……これは、これはっ! いや、本当に面白いよ。終壱が手元に置きたがる理由がよく分かる」
大友先輩は何を言ってるのだろうか。何にそんな笑う要素があったのかと、さっきまでの会話を思い出しても分かることはなかった。
「えっと、大友先輩?」
「これから終壱がどう行動するのか考えるだけでも楽しいのになぁ。ああ、それと僕のことは名前で呼んでくれていいよ」
「えっと、湊先輩?」
大友先輩、もとい湊先輩の言う通りに名前を呼ぶと湊先輩はニヤニヤと笑う。それにチラチラと終壱くんの方を見ている気がするのは私の気のせいなのだろうか。
「そう、大友は二人いるしね。東堂もいっぱいいるから、君のことを海砂さんって呼んでるけどいいよね?」
「はい、大丈夫です」
湊先輩も終壱くんに比べると華がかけるが、湊先輩もイケメンなんだ。そんな人に名前呼びされるなんて贅沢なことだ。だが、そんなイケメン様から名前呼びされてもいいのか不安に思うこともある。
だけど、東堂という苗字は終壱もだし、紛らわしくなる。名前呼びの方が何も考えずに返事出来るから、楽といえば楽。
「……湊」
そんなことを頭の中で考えていたら、よく知った声が近くで聞こえた。その声色はいつもより低く、瞬時に声の主が機嫌が悪いことを悟ってしまった。
ビクッと体が勝手に反応するが、恐ろしくて声の主の方を振り向けずにいた。
「どうかしたのかな、終壱?」
っはは、となぜか楽しそうに笑う湊先輩。あんなに機嫌が悪そうな声色なのに、そこで挑発をする湊先輩は凄いと感心してしまった。
私は恐る恐る機嫌が悪そうな声色の主である終壱くんの方を振り返る。優しそうな顔には表情がなく、湊先輩を見る視線は冷たい。
「いやはや、終壱がここまで怒るなんて珍しいねぇ!」
湊先輩は終壱を直視しているはずなのに、よくもあそこまで楽しそうに笑っていられる。終壱くんが怒っていて、笑っていられるのは私の兄の他に初めて見た。
ニヤニヤと笑う湊先輩に気がそがれたのか、終壱くんはため息を一つ吐き、目を逸らした。
「あっ」
終壱くんが目を逸らした先には私がいて、パチッと終壱くんと目が合う。終壱くんは合った目を逸らすことなく、真っ直ぐと私を見つめ、優しく微笑んだ。
いつものように微笑んだだけだった。それなのに私の心臓はいつもと違った反応をしてみせる。心臓をギュッと締め付けられたような痛みを感じた。
全身の血が顔に集まったかと疑ってしまうほど、顔が熱い。
今、この風紀委員室に私と終壱くんと大友兄妹の四人だけでよかったと思ってしまった。
「……海砂?」
私の異変に気付いた終壱くんは近くまで来ていて、私の顔を覗き込む。吐息がかかるほど近くに終壱くんの顔があり、しばらく私はその場を動けずに固まってしまった。
いつもなら、終壱くんの顔かっこいいとか悶えることが出来るのに、今の私はおかしい。終壱くんが近くにいるだけで息が出来ないほど苦しいんだ。
「そこで2人だけの世界に入られてもねぇ」
「そうね、私と兄さんは物置きに徹して2人の様子を見守って差し上げましょうか」
ふふっと大友兄妹の2人が同時に笑う。その笑い方がなんだか怖い気がする。
終壱くんはため息を吐き出し、大友兄妹の方を振り向く。何事もなかったように終壱くんは湊先輩の方に声をかけた。
「見回りに行ってくる」
それだけを言い残し、終壱くんと湊先輩は今日の担当区域の見回りをする為に風紀委員室を後にした。
いってらっしゃい、という言葉をかけ忘れたと考えるが見回りが終わったらすぐ帰ってくるのだから言葉はいらないのかもしれない。
「ここが帰ってこれる家だよって言えればよかったのかも」
ふと口に出た言葉は自分でも不思議で、何を言ったのか分からなかった。
不思議な言葉は小さく呟いた為か、雅先輩には聞こえてないみたいでホッと胸をなでおろした。