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28「ヒロインと記憶」

姫野愛莉視点

 入学式で咲き誇っていた桜に似た桃色の綺麗な髪が風に吹かれながら揺れる。腰まである髪は願掛けみたいなものだ。

 ここが乙女ゲームということは姫野愛莉は昔から生まれた時から知っていた。自身がヒロインということも知っている。前世の自分というのは分からないが、知識だけは確かに持っていた。

 あと知識の他にもう一つの感情も持ち合わせていた。それは高校の時に出会うとある人物に対する想いだ。忘れようとする度に想いが募っていき、忘れきれない。

 彼が凄く好きだということが愛莉にとっての生まれながらにしての生きる意味だった。どうして自分だけが記憶を持っているのか不安な中での確かな生きる意味だったのだ。

 それは高校に上がり、彼の親友である玖珂陸翔に近付き、協力を仰ぎ、彼と会ってからも想いは募るばかり。ゲームのストーリーは日々変わっていくが、愛莉はまだ安心しきれてなかった。理由は一つだ。一番会いたくない人がいるから。だが時間は進み、文化祭の季節へ向かう。


桜咲乃学園(さくらざきのがくえん)

 攻略キャラは隠しキャラ含む七名。

 隠しキャラの出し方、隠しキャラ以外の攻略キャラ六名の全エンディングを見ること。

 隠しキャラはヒロインの異母兄妹だが、ヒロインはそれを知らずに彼に恋をする。彼は昔からヒロインの存在を知っており、復讐するために近付いたが、愛情を欲するためにヒロインに執着する。


 それが愛莉が知る情報だ。愛莉はゲーム全てを覚えているため、この隠しキャラには会いたくなかった。



 ついに訪れた文化祭の打ち合わせでその時、初めて合同でするクラスは二年だと知る。ゲームだとそこは三年になり、隠しキャラに出会うイベントのはずだ。


「ストーリーが変わった?」


 小さく呟いた言葉は誰の耳にも届いてない。ストーリーが変わったなら変わったに越したことはない。だがまだ油断は出来ないと気持ちを引き締める。

 打ち合わせの場所に行き、既に龍ヶ(りゅうがおか)高等学校の生徒は席へと着いている。


「ねぇ、あの人かっこよくない? 前に座ってる人!」


 クラスメイトの女子がおか高が座っている席の男子生徒に色めき立つ。興味はなかったが自然に言葉に誘われるように視線を向けた。


「……!?」


 驚きで声は出なかった。癖一つない綺麗な黒髪に髪と同じ色の瞳が真っ直ぐとこちらを射抜いている。

 心臓が緊張で速く鼓動する。早く早くこの場を離れないとそう実感してしまう。血の気が一瞬にして引いた気がした。

 なんとか席に着き、打ち合わせが始まるが頭に入ってこない。ただ彼をひたすら見つめてしまっていた。

 記憶がある顔だが、少しだけ目元がキツめの気がする。それに二年生というのが気になった。だがあんなに目立つ顔が何人もいることはないと分かっている。それでも愛莉はこの場にいる彼は別人であることを願った。


「ねぇ、きみさ……さっきから顔色悪いようだけど保健室いく?」

「……っ!?」


 考え事をしていた為、反応に遅れてしまった。今、目の前で話し方のは紛れもない彼である。


「ねぇ、ほんとに大丈夫?」

「……大丈夫です」

「いや、でも顔色悪いから保健室連れていくよぉ。大丈夫、おれ紳士だから」


 心配すること何もないよ?ってクスクスと笑う彼は知っている彼ではないような気もする。だがそれはクラスメイトという目もあるからなのだろう。

 強引にクラスから連れ出され、愛莉は抵抗をする暇はなかった。


「あの、私は大丈夫ですから」

「……うん、知ってる。ただ俺が話したかっただけ」


 ちょうどそこは中庭へ行ける渡り廊下だった。人目が付きそうにない中庭の一角に連れて来られる。

 緊張で背筋に冷や汗が流れ落ちる。呼吸は上手く出来ない。


「そんなに俺が気になるのか? 姫野愛莉」

「貴方は……」

「あんなに熱心に打ち合わせ最中に俺のこと見つめていたのに、俺が誰か分からないなんて言わせない」


 決して弱くない力で肩を押され、後ろの壁へと押し付けられる。

 彼は愉快そうに目を細め、口角を上げる。やはり彼はゲームと設定は違っていても彼なのだろう。

 キッと睨み付ける愛莉に彼はますます笑みを深めた。


「……東堂終壱」


 その言葉を聞いた彼は嬉しそうにそれはとても嬉しそうに表情を歪める。


「嬉しいよ、やはりお前は全部覚えているんだね」

「覚えてる?」

「いや知っていると言った方が正しいのか?」

「……っ」


 覚えてる?いや知っている?それはどういうことだ。そう考えるが愛莉は一瞬の内に彼の言葉を理解してしまった。まずゲームのヒロインは東堂終壱のことは知らない。彼のことは知らない。そして東堂終壱と姫野愛莉は出会ったことはない。なら知っているというのは別のことだ。

 そう例えば、ゲームの記憶とか。

 ならば目の前にいる彼は誰なのだろうか。


「二年生だし東堂終壱じゃない……でもその顔に私のことを知っている、貴方は一体」

「ああ、お前が言った通り俺は東堂終壱じゃない。東堂終壱の従弟の東堂愁斗だ、そして」


 お前と一緒でゲームの記憶を持つ者だ。彼は愛莉の顔の横に自身の顔を近付け、耳元で囁く。

 やはり知っているというのは記憶のこと。そう考えるとこれまでの思わせぶりな行動が意味が分からない。そしてなぜこちらが記憶を持っていると知っていたのかもだ。

 そして彼は東堂終壱の従弟だと言い、記憶を持っているのなら、ならば。


「……っ、なら!」

「ああ、これからのことも知っているよ。だけどお前は一つ勘違いをしている東堂終壱はもう既にお前が知っている東堂終壱ではない」

「それは」

「東堂終壱はお前が彼の異母兄妹だとしても興味はないんだよ」


 興味がない?それはどういうことなのだろうか。意味が分からず、愛莉はその場に座り込む。

 彼は愛莉を蔑むように見下ろす。その瞳には何の感情も映ってなかった。


「東堂終壱はもうゲームの東堂終壱ではない。お前に会うことはあるかもしれないが、お前には一切興味はないだろう」

「どうして」

「俺が大切に大切に隠していたあの子を見つけたから」


 切なそうに瞼を伏せる彼。その仕草に愛莉は何も言えなくなる。


「あの子だけだったんだ。お前にはその気持ち分かると思っていた。サブキャラである蓮見晃樹に恋したお前なら」


 確かに愛莉は蓮見晃樹に恋している。蓮見晃樹だけが不安な世界の中で愛莉にとって大切な生きる意味だった。蓮見晃樹に会いたい一心で頑張ってきたのだ。

 だが、目の前にいる彼と一緒にしていいのか言葉に詰まる。本能的にどこか自分の気持ちと一緒だがどこか違うと実感してしまった。


「ああ、そうだよねぇ……おれときみは違った。きみは蓮見晃樹と結ばれることはできる。だけどおれは彼にならないと結ばれることはない。でもね、どんなに彼になりたいと願ってもなれることはない。おれはおれだから」


 あの子とおれは永遠に結ばれることはない。自虐的に微笑む彼はとても今すぐにでも消えそうなほど儚く美しかった。

 その美しさに見惚れてしまった彼の口調が多少変わったことに愛莉は気付くことはなかった。


「じゃあ、戻ろうか。もう保健室に行くことはないでしょ?」


 そう囁く彼に愛莉は小さく頷いた。

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