21「自覚と予感」
体力付けるために山の中を走ったり、護身術を習ったりしていたら、もう合宿は終わりに近付いていた。
早くこの合宿が終わればいいと途中からずっと思っていた。終壱くんのことを考えるだけで頭がパンクしそうで、それと同時にドキドキが止まらない。
「海砂ちゃん」
「あ、お兄ちゃん」
やっと合宿終わるねぇと嬉しそうに笑っている。合宿が終わると家に帰れるのだ。それが嬉しいみたいだ。
「やっと海砂ちゃんを独り占め出来るよ」
いつものような大袈裟な言い方にホッと安心する。終壱くんの一件があり、知らない間に緊張もしていたみたいだ。
お兄ちゃんは私の家族で、やっぱり家族といると安心する。心が安らぐのだ。
それに合宿が終われば、愛莉姫と遊びに行ける。あの可憐で可愛い愛莉姫と一緒に居られるのだ。贅沢過ぎる。
無意識に笑みがこぼれていたみたいで、お兄ちゃんは安心したように息を吐いた。
「笑った」
「えっ?」
「海砂ちゃんは笑った方がいいねぇ。おれはきみの笑った顔が好きだよ」
その言葉は彼女が出来た時に言ってあげてよ。そう思うが、口には出さずに心の中に思い留めた。
お兄ちゃんは重度のシスコンなので、そんなことを言っても無駄だと言うことは分かっている。そろそろ本当に彼女を作るかしないと心配になってくる。
「お兄ちゃんは彼女とか作んないよね?」
それとも、実は隠してるだけでいるの?と付け加えて話すと驚いたように目を見開き、私をジッと見つめた。
「……おれは海砂ちゃん一途だからねぇ。海砂ちゃんがいればいいのさ」
話をはぐらかすように私の手を掴み、もうすぐ集合時間だから行こうと引っ張る。
先生の話等が終わり、合宿も帰るだけになった。数日間、体力作りに走ったり護身術を習ったりしていたので、みんな疲労している様子だ。
チラッと横目で終壱くんを見ると、彼は他の人とは違い、涼しい顔をしていた。疲れた顔をせず、ただ平然している表情に終壱くんは本当に人なのかと疑ってしまう。
合宿が終わり、学校に帰るまでに私は終壱くんに話しかけることはしなかった。気になることは気になるので、何度も終壱くんを見ていた。
向こうも私には話しかけることはしなかったが、私が見る度に視線が合わさったので私のことは気にしているみたいだ。それが少しだけ嬉しい気持ちになる。
学校に着き、寮の自室に置いてあった荷物を取りにいけば後は家に帰るだけだ。
私の家と終壱くんの家は昔は近くだったが、今は遠くなったのでここでお別れだ。
終壱くんの目の前に行くが、何て言葉をかけていいのか分からずに困惑する。そんな気持ちが伝わったのか、終壱くんは困ったように微笑み、私に手を伸ばした。
「海砂、またな」
髪を梳くように撫でて、終壱くんの手は離れる。ああ、この手が離れたら夏休み中は終壱に会えない。無意識に近い感覚で、私は終壱くんの手を掴んでいた。
私の名を呟く終壱くんを真っ直ぐと見つめる。
「あのっ、そのですね。休み中も……あっ、やっぱり何でもないです!」
夏休み中も会える?そう聞こうとしたけど、途中で止める。終壱くんにとって私はただの従妹だった時が悲しすぎる。あの時、確かに終壱くんは私にキスした。だけどそれは恋愛感情ではなかった時が悲しすぎるんだ。
ただの私の勘違いだった時が立ち直りきれないくらい傷付くと思う。だって、だって私は終壱くんのことを。
「えっ、え?」
「海砂?」
「うそ……私は」
終壱くんのことが好き?
目の前に終壱くんがいるにも関わらず、自然に出てきた言葉にしっくりくる。今までに感じた気持ちはこういうことだったのかと一人で納得してしまう。
分かってしまうと今までどういう風に終壱くんと接してきたなんて忘れて、どうやって接すればいいのか考えてしまう。
「えっとそのですね。終壱くん、また会いましょう!」
逃げるように早口で別れの言葉を言い、走ってお兄ちゃんがいるところに行く。荷物を持ったまま全力で走ったので息切れを起こしてしまっている。
不思議そうに私を見るお兄ちゃんに、途切れながら早く家に帰る旨を伝えた。
「終壱さんと何かあったの?」
「なっ、なんもない!」
「海砂ちゃんは嘘がヘタだからすぐ分かるよ」
お兄ちゃんは私の耳元に顔を近付け、小声で言葉を紡いだ。
「もしかして、終壱さんのこと好きになっちゃった?」
「……っ!」
カァーッと顔に熱が集まる。その反応に「やっぱり」と呟くお兄ちゃんの表情は真剣で何か考えているようだった。
「お兄ちゃん?」
「せっかく忠告したのに。終壱さんだけは駄目だって、ねぇ」
思い出すはあの日のこと。終壱くんは駄目だと言ったあの日のこと。
まだその意味は分からない。その意味を聞こうと言葉を紡ごうとするが、その前にお兄ちゃんは私から視線を外す。
「東堂終壱、か」
お兄ちゃんの視線の先にいるのは紛れもない私の従兄である終壱くんだ。
何か嫌な予感がして、お兄ちゃんの袖を引っ張りながら彼の名を言い、こっちを向かせる。こっちを向いたお兄ちゃんはいつものように笑っており、ホッと息を吐いた。
「帰ろうか、おれたちの家に」
「……うん」
差し出された手を迷いながらも取った。