13「違和感と揺らぐ心」
今日も一日が終わり、寮の自室へと戻る。自室にある机に新品のノートを開き、文字を書き始めた。
書き始めるのは『桜咲之学園』という乙女ゲームの攻略キャラと覚えているイベントだ。
攻略キャラは、先生枠である柳葉伊吹。三年生は問題児の玖珂陸翔、腹黒な生徒会長。二年生は無表情の副生徒会長、チャラ男でタラシな先輩。一年生は可愛い系同級生。計六名だ。
覚えているイベントを一人一人に当てはめていく。だけど誰に当てはめてもしっくりこないイベントが何個かあった。
「攻略キャラは六人だけじゃないの?」
もし六人の他に誰かがいたというなら、それは隠しキャラだ。なのに私は隠しキャラがいたというのは覚えていない。
元々、乙女ゲームの内容だって全部覚えているわけではないんだ。
「なんだかなぁ」
この世界が元は乙女ゲームの世界だとしても私には関係ない。そう思っていたのに、知っていなきゃいけない気がした。
昨日は考えすぎて、あまり眠ることが出来なかった。授業中は頑張って目を開けていたが、放課後になると凄く眠くなる。しかも今日は風紀委員の仕事は休みの日だ。
今すぐ寮に戻って寝てもいいが、そうしたら夜眠れなくなるから少しだけ気分転換しようと思う。
この学校は山の上にあるために広い。校舎から少し離れたところにある森の中に行こう。森の中にとは言っても散歩コース用に道がしっかりしている。森林浴にもってこいの場所だ。
「んー!」
思いっきり空気を吸い込み、深呼吸をする。頭がなんだかすっきりしてくるような感じがした。
森林浴を楽しむように森の中を歩き回る。初夏であるこの季節に森の中を歩く人はあまりいない。
森を独り占めした気分でいると、少し離れたところにいる男子生徒を発見した。見覚えのある男子生徒だ。
男子生徒に小走りで駆け寄る。足音で気付いたのか、声をかける前に彼は振り返った。
「海砂?」
「こんにちはですよー、終壱くん!」
綺麗な黒髪が森から溢れる光を浴び、照らされている。幻想的な光景である。
私と同じで休みなのか、風紀委員長の腕章を付けてない終壱くんは新鮮だ。
「こんなところで会うなんて凄い偶然!」
森の中の終壱くんなんて珍しいものを見た私のテンションは上がりっぱなしだ。よしよしと私の髪を撫でる終壱くんは微笑んでいて、機嫌が良いことが伝わってきた。
「終壱くんはよくここに来るのですか?」
「考え事をする時によく来るかな」
私と同じような理由でここに来たと言う。終壱くんの考え事とはなんだろうと考えるが口には出さない。
それからお互いに言葉を発さなくなる。前もそうだったが居心地が悪いということはない。元々、私と終壱くんは話をあんまりしなかった。
昔の終壱くんは私のことを嫌っていた。多分だが今は好かれていると思っている、従兄妹ということで。
ふと見た終壱くんの横顔にズキリと胸が痛む。
『きみのことを大切に思っている人は、いつでもきみを守ってくれるわけではないんだよ。きっと終壱さんはきみを……傷付ける』
思い出すはあの日のお兄ちゃんの言葉。
終壱くんが私を傷付ける?
今はこんなにも優しい終壱くんが私を傷付けるなんて考えられない。けど、もしかしたらまだ私のことを嫌っていたとしたら?
「……どうかしたのか?」
異変に気付いた終壱くんは私の顔を覗き込む。心配そうな表情の終壱くんが目に映った。
それと同時に終壱くんの瞳に私が映し出される。泣きそうなのに、それを我慢している顔。
「海砂」
「……っ」
私の顔に自身の顔を近付け、額に柔らかい何かが触れた。それが終壱くんの唇だと分かると、驚きで声が出ない。
終壱くんはふふっと笑い、もう何度か額に唇を落とす。顔が熱くて、もう倒れそうになるまで終壱くんに触れられていた。
「お前は可愛いねぇ」
私の体力は最早ゼロに近い。あまりの恥ずかしさに立ってられないのに、終壱くんに支えられているため、地面にかろうじて立っていられた。
いつもなら終壱くんの言葉に「可愛くない!」と反論出来たのだが、今は何も言えない。
「このくらいで腰抜けちゃうのか、可愛いなぁ」
これも全て終壱くんの所為だ。キッと睨み付けるが、終壱くんは嬉しそうに笑うだけだった。
「終壱くんのばか」
やっと声が出るまで回復した。一番最初に発した言葉は私が今一番言いたいことだ。
はいはい、と終壱くんは私が言ったことをさらりと流す。聞いているのか、聞いていないのか。
「終壱くんのばか、嫌い」
しまった、そう思った時には遅かった。私の言葉に視線を落とし、悲しそうに目を伏せる。
その仕草に心が痛む。私は慌てたように終壱くんに触れた。
「ごめんなさい。嘘だよ、本当は好きだから」
何度も立て続けに謝ると終壱くんの肩が揺れてる気がした。不思議に思って見ていると、どうやら笑っているみたいだ。
「知ってるよ。お前が俺のこと好きだって」
さっき悲しそうにしていたのは演技ということで合っているでしょうか。
騙された。キッともう一度睨み付けるが、終壱くんは更に笑みを深めただけだった。
「俺も海砂のこと好きだよ」
チュッとリップ音付きで、また額にキスされた。
終壱くんは外国人か何かなんだろうか。恥ずかしがるなんてことせずに平気でキスしてくる。なんだか私だけ恥ずかしくなって不平等だ。それに終壱くんの好きは従兄妹に対する家族愛だ。
「もう、帰るっ!」
赤くなった顔を隠すように、私はこの場を逃げるのであった。




