11「心配する彼と本質」
脱走した不良な生徒達を先生に引き渡すと同時にドッと疲れたがきた。はぁと思いっきり息を吐き出し、軽く自身の頬を叩き、気合いを入れ直す。
ここからが本番だ。私にしたら、終壱くんと対面するここからが本番なのだ。
一緒に脱走した不良達を追っていた風紀委員は寮に帰ってもいいと言われていたが、私と湊先輩は残れと終壱くんからの伝言だ。
私は風紀委員室前の廊下でうろうろと徘徊している。先に湊先輩が終壱くんに呼ばれ、1人で風紀委員室へと入ったのだ。一緒にじゃないことに不安しかない。
しばらくすると、やっと風紀委員室から湊先輩が出てきて来た。私を見つけると、ヘラヘラと笑いながら手を振って近付いて来る。
「いやー、終壱って本気なんだなぁってことが伝わって面白かったよぉ」
っはは!と実に楽しそうに笑っている。何がそんなに楽しいのか、私には理解できない。
「湊先輩は怒られたのですか?」
「うん、怒られたよ。なんではぐれたんだってねぇ」
怒られたのに笑っていられる湊先輩に何て言ったらいいか分からなくて言葉を発せられない。
そんな私の事情はどうでもよさそうに湊先輩は私の肩を軽く叩き「頑張ってねぇ」と言い、去って行ってしまった。
はぁともう一度だけ息を吐き、ノックをしてからドアノブを回した。
恐る恐る隙間から風紀委員室を覗く。終壱くんは自身の席には着いてなくて、窓際の近くに立ち、外を眺めていた。
「終壱くん?」
風紀委員室へ入り、ドアを閉じて名を呼んだ。ゆっくりと振り返り、終壱くんは私を見つめる。
怒っている等の雰囲気はなく、ただ終壱くんは私を頭の天辺から爪先まで見て、息を吐いた。
「怪我はないようだね」
「あっ、怪我はないです」
脱走した不良な生徒に絡まれたが、玖珂先輩が助けてくれて私は怪我なんてない。寧ろ、怪我があるのは不良な生徒ではないのだろうか。
安心したような終壱に疑問が浮かんでくる。
「怒ってないんですか?」
「怒る?」
俺が?と首を傾げ、考え込む。少ししてから「ああ、湊に何か言われたのか」と1人で納得していた。
「怒っている訳ではない。ただ心配しただけだよ」
私に近付き、優しく頬を撫でる。優しい笑みに優しい手付き。少しずつだが、段々と安心してきた。
ポタリと頬を涙が伝い、床に落ちた。自分が思っていたより私は恐怖していたみたいだ。
終壱くんの側にいると何でも許された気がした。
「おいで、海砂」
ギュッと目の前にいる終壱くんに抱き付いた。優しくあやすように背中に片手を回し、もう片手で私の髪を撫でる。
「怖かったね、ごめん。でもこれが風紀委員の仕事だから、慣れろとは言わない。ただ、知っていてほしい」
終壱くんの胸の中で何度も頷いた。
私が泣き止むまで終壱くんはずっと私を抱き締め、髪を撫でていてくれた。
ーーーー
誰もいなくなった風紀委員室で、癖一つない綺麗な黒髪をかき上げながら、東堂終壱は息を深く吐いた。
今から風紀委員の顧問である先生に呼ばれた為、脱走した生徒の事情聴取を行うことになった。こんな大変なことは風紀委員ではなく、先生達でやってくれないのかと思う。
風紀委員といってもただの高校生だ。いくら自立性を高めるたいとはいえ、ここは警察官や軍人を育てる学校ではない。
そう思っていても、実際に任された仕事が減る訳がないのだからと終壱は再度ため息を吐き出した。
脱走した生徒達がいる部屋に入ると、いきなり殴りかかられる。今回の生徒はなかなか勇気があるようだと1人で感心してしまった。
「……これは正当防衛に入るよねぇ」
自分達がやってはいけないことをしたというのに逆ギレとは、この生徒達も馬鹿だ。こんな人達がこの学校に少しいて本当に困っている。
この世界の人達はどこか変わっているな。そんなことを考えている内に脱走した生徒達はみんな仲良く床に倒れていた。
「お前達はやってはいけないことをしたよ。馬鹿だったねぇ」
本当の馬鹿だ。なぜ、してはいけないことを平気でしているのか。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。と終壱は考えることを止めた。ただ大切な子が彼らによって傷付いてしまうことが許せなかった。
「玖珂陸翔、か」
乱れた制服を直し、風紀委員長とかかれた腕章を付け直す。
思い出すは副風紀委員長である大友湊による情報だ。彼女を助けたのは玖珂陸翔とのこと。
「桜咲之学園の問題児である玖珂陸翔が、ねぇ」
脱走した生徒を馬鹿で、この世界が変わっていると考えてしまう彼もまた、どこか変わっていた。




