10「玖珂陸翔」
どうしてこうなったのだろうか。本当にどうしてだろうか。誰か教えてください。この際、誰でもいいので教えてくださると助かります。
どうして、私の目の前には授業をサボって街へと出ていたおか高の生徒達がいるのだろうか。
事の発端は、帰りのホームルームが終わり、風紀委員室へ行ったことだった。
珍しく風紀委員の顧問の先生が居り、終壱くんと会話している。風紀委員室の空気は重く、何か大変なことが起きたことが予想された。
先生との話が終えた終壱くんは話し出す。
授業をサボり、街に出た生徒が数人いるらしい。それを捕まえてこいという。
先生、それは風紀委員の仕事なのでしょうか。とツッコミを入れたかった。こんなこと普通の風紀委員はしない。まぁ、元は乙女ゲームの世界だからこんな展開になるのだろうと諦めることにした。
今回は副風紀委員長の大友湊先輩が指揮を取るとのことだ。風紀委員長の終壱くんは学校に居残り。
車は顧問の先生がワゴン車を運転するらしい。
それに何故か、戦闘メンバーではない私が一緒に付いていくことになってしまった。それも終壱くんの指示で、実践を積んでこいとのこと。
湊先輩の近くにいたら危険なことなんて言ったのは誰だったんだ。後で恨んでやる。
なにせ、街に着いてしばらくしたら湊先輩とはぐれてしまい、しかも運悪くに脱走したおか高の生徒達にばったり会ってしまった。
弱そうな風紀委員に見つけて、不良な生徒達は私を囲む。多分だが私が風紀委員の戦闘メンバーじゃないことを知っているのであろう。
「風紀委員の1年生ちゃんじゃないかぁ」
ニヤニヤと笑う生徒達を思いっきり睨む。1年生だが、それが何だと言うんだ。
私ではこの数人を相手出来ない。他の風紀委員が来てくれることを願うしかない。ポケットに手を突っ込み、ポケットの中で生徒達に気付かれないように携帯を触る。
どこを触っているのか不明だが、取りあえず風紀委員の誰かに電話をかければ、電話が切れても何か異変に気付いてくれるはずだ。
「そんなに睨んでも1人で俺たちを連れ戻すことは出来ないだろ?」
ニヤニヤと本当に気持ち悪い笑みを浮かべているものだ。
私は何も言わずにただ睨み付けるだけだった。下手なことを言って逆上させないようにしないと。
だが、ただ睨むだけが気に食わなかったのか1人の生徒が「その顔うぜぇ」と言い出し、殴りかかってくる。来るべき衝撃に備え、目をギュッと瞑る。
「……えっ?」
来ると思っていた衝撃は来ることはなかった。
恐る恐る目を開けるとそこに見えたのは燃えるような赤い髪の男子生徒だ。赤髪の男子生徒は私を殴ろうとしたおか高の生徒を殴り、他の生徒達を威嚇するように周りを見回す。
「お前はっ、玖珂陸翔!」
おか高の誰かが赤髪の男子生徒を見て、叫ぶ。その名前におか高の生徒達の顔色は青ざめ、一斉にどこかに逃げて行った。本来なら、私は風紀委員なので彼らを追わなければいけないが、私には捕まえることは無理だ。彼らが逃げた先に風紀委員がいることを願うしかない。
「アンタ、ケガはないようだな」
おか高の生徒達が逃げて行った先を見つめていると、目の前から声がかかる。そこで初めて赤髪の男子生徒の顔を見た。そして、彼らが逃げる際に叫んだ名前を思い出した。
玖珂陸翔。桜咲之学園の三年生。頭はいいが不良な問題児である。
なぜ、こんな情報を知っているかというと玖珂陸翔もまた攻略キャラであるからだ。
「ありがとうございます!」
私は思いっきり頭を下げる。私は助けられたのだ。彼が来なかったら私は今頃殴られていただろう。
玖珂陸翔は三年生なので先輩だ。玖珂先輩と呼ばせていただこう。
それにしても玖珂先輩は見ず知らずの私を助けてくれるなんて優しい。そこら辺の不良とは大違いだ。流石は乙女ゲームの攻略キャラだけある。
1人でうんうんと納得していると、いつの間にか、玖珂先輩は私の目の前から居ない。辺りを見回すと少し遠ざかった所に後ろ姿が見えた。
「玖珂先輩!」
玖珂先輩に届くように大きな声で名前を呼ぶ。後ろを振り返り、私に視線を向ける。
私の言葉を待っている視線に、何で私は玖珂先輩を呼び止めたんだ!と口ごもってしまう。考えるより先に口が出て、呼び止めてしまったんだ。
「ありがとうございますっ!」
さっきも言った言葉を呼び止めてまで言うのか。
恥ずかしくて顔が熱くなる。言わなければよかった。呼び止めなければよかった。そう思うのに、そうしてよかったと思う自分もいた。
「ああ」
短い一言だった。ただ一言に、フッと笑みを浮かべただけだった。
たったそれだけなのに私は嬉しくなり、テンションが上がってしまった。これが攻略キャラの威力か!と1人でうふふ状態になっていたのだった。
玖珂先輩が去った方向を見つめていると、数人の足音が聞こえた。足音の方に視線を向けると、おか高の制服を着た人達が走って近付いて来る。先頭にいる人は、湊先輩だということに気付くのに時間はかからなかった。
「海砂さん!」
焦った表情の湊先輩なんて珍しいなぁと楽観的に考えていたら、その場で怒られてしまった。はぐれたことや、脱走したおか高の不良に囲まれたこと。電話をかけてきたがすぐに切れたことを怒らた。
電話はちゃんと湊先輩にかかったのか。ポケットの中でも思った人物にかけられてよかった。
玖珂先輩が蹴散らしたおか高の不良達を湊先輩は捕まえて、不良達から話を聞いたらしいのである程度は知っていた。後の補足説明を少しすると、思いっきりため息を吐かれた。
「まぁ、現場を知ることが出来てよかったんじゃない?」
終壱のお説教コースは免れないけどね、君も僕も。と湊先輩が呟いた言葉に背筋に冷汗がスッと流れた。




