01「入学式」
今日から入学となる高校の正門もくぐると、強い風が私の頬を吹き付けた。
風のせいで咲き誇っていた桜が散る。その幻想的な光景に何かの映像が頭を過ぎった。
1人の少女が桜の木を見つめ、髪を抑えている光景が私の頭の中を支配する。そして私は瞬時に理解した。通常では理解出来ないが、なぜか理解してしまった。
ここはゲームの世界なのだと。ゲームといっても、様々な男性と恋愛を楽しめる乙女ゲームというものだ。
私はその乙女ゲームとやらを楽しんでやっていた。前世の記憶を思い出したとかじゃない。ただ乙女ゲームの内容だけを思い出して、それをしていたことも思い出しただけだ。それだけ思い出しても何も役に立たない。
「しかも、今更か!」
ついつい口に出してツッコミをしてしまった。
なぜなら、私が今日から通う高校は『龍ヶ丘高等学校』である。因みに乙女ゲームの舞台となる高校は『桜咲之学園』であったりする。
「はい、学校べつー。はい、残念」
密かに楽しみにしていたヒロインと攻略キャラのラブラブイチャイチャも見れないということだ。
ああ、なんて勿体ないことをしたんだ。自分は!
しかも、元々はその高校に行こうとしていた。だが、私の従兄である人が龍ヶ丘高等学校にいるために私はこの高校に行こうと思ったのだ。
龍ヶ丘高等学校、略して、おか高は金持ち学校で有名なところだ。しかも全寮制で、素行が悪い生徒も多いらしい。それだけだと学校の評判が下がるので、特待生制度を多く取り入れ、成績優秀スポーツ万能の生徒が多くいる学校である。
私も特待生を取るために頑張って勉強したが、全額免除の特待は取れなかった。それでも一部免除の特待生ではある。
これも全て、私の従兄である彼のお陰である。忙しい従兄である彼だが、それでも私に勉強を教えてくれてここまで来れた。
だから、ここが乙女ゲームの舞台である学校ではなくても、ヒロイン達のラブラブイチャイチャを見れなくても関係ない!
「よし、行こう!」
桜が散る中、私は小さな決意をし、歩き出す。向かう先は入学式がある講堂である。
講堂に入り、クラスを確認し、自分の席に着く。私と同じ新入生は今か今かとそわそわしている。
期待と不安が入り混じった雰囲気に私の胸も高鳴りを覚える。今日、この瞬間から始まるのだと感じられた。
入学式が始まり、校長先生の話や来賓の話や生徒会長のお話が終わる。そして、最後になって寮の話や生活や風紀の話になるみたいだ。
だが、今日は生活相談の先生がお休みのため、風紀委員長がお話をするらしい。
風紀委員長が壇上にあがる。癖一つないさらりとした黒髪が秀麗な顔を更に引き立てる。目元は優しく、微笑んだら王子様みたいな彼だが風紀委員長という肩書きにピッタリななんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
「風紀委員長の東堂終壱です」
フッと笑みを浮かべる彼に新入生の女子は小さく黄色い声を上げる。確かにかっこいい。いいや、黄色い声を上げたくなるくらいかっこいい。
私の従兄様はこれだから凄い。
そう、今壇上に上がってる彼は私に勉強を教えた従兄である人だ。終壱くんはかっこいい。身内贔屓ではない本当にかっこいいのだ!
あまりのかっこよさに話を聞いてない人が多いが、きっと後からまた説明があるだろう。なにせ、私も話を聞いてなかったから説明は是非ともあってほしい。
そんなことを考えながら、入学式はいつの間にか終わりを告げていた。
入学式が終わると自分達のクラスに行き、先生の話などがあった。時間が余ったから生徒達の自己紹介もあった。
少しだけ自分の自己紹介の時に「東堂海砂」という私の名前に数人の人が反応したが何もなかった。「東堂」という苗字は確かに珍しいが、珍しくても苗字かぶりはあるだろうと思ったのだろう。あのイケメンな風紀委員長と苗字一緒とか思っただけだろう。
だが、あんなにイケメンな終壱くんと苗字が一緒なんていいだろ!と自慢したい気分だ。しかも、彼は私の従兄である。小さい頃から知っている仲だ。
そこまで考えて、私はふと何かを思い出したように窓の外を見た。こういう時は窓際でよかったと心底思う。
「小さい頃から知ってる仲、か」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。