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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
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ティアトーレRe03

ヤツメウナギ

ミスティアの屋台で出されるもの。

実はウナギではない、そもそも魚類ですらない。

栄養価は高く、クセのある食感らしい(食べたことないわ)

「なんだ、お前も来たのか」

「破邪の、会……」

「俺たちは人間に自由と平和を勝ち取る者だ」


その眼は曇りのない真っ直ぐなものだった。

これで手に持っているものが旗か何かなら良いのだが、残念ながら良く刺さりそうな長槍だった。

人間たちの中心に立つのは良く知った顔だった。

普段から険しい顔は怒りとも殺意ともつかない顔に染まっている。


一方の妖怪たちは知らない顔が多かった。

だが、雰囲気からして一つだけ分かることがある。

彼らは人に害をなすような力を持たない妖怪ではないだろうか。

力がある妖怪なら人間たちを返り討ちに出来るはずだ。


「待ってくれオヤジ殿、何を考えているんだ」

「お前こそ、どういうつもりだ」

「ここに来る妖怪の多くは分別のあり、里の者を手にかけて喜ぶような奴じゃない」

「少ないだけだ、皆無ではない」

「彼らがどれだけ激しい抵抗をした?傷一つ負うことなく無抵抗な妖怪を追い詰めたんじゃないのか」

「無抵抗を装い後ろから刺す、悪鬼のやる手口は誰でも大差ない」


この手の相手は何を話しても退かない。

しかし、それでも俺に出来るのは説得しかない。

説得出来なければどうなるかは火を見るよりも明らかなのだ。


「もう黙れ、よそ者が偉そうな口を叩くな」


よそ者、そう言われて俺の身体は強張った。

人里に元から住まうものからすれば、どんな姿勢であっても外来人は外来人なのだ。

結局、俺に意見する資格はなかったということか。


破邪の会はじわじわと円陣を狭めていく。

怒りとも殺意ともつかないものではない、明確な殺意一色の顔だ。

見知った中には穏やかな人格者として評判な顔もあった。

そこまで彼らの意志は深いのか。

そうまでして妖しを打ち倒したいというのか。


だが、そんな時だった……彼女の怯えた顔が見えたのは。


「お……うおおおおっ!!」


俺はオヤジ殿に全力で掴み掛った。

オヤジ殿は一瞬、驚いた表情を見せるが俺を片手で引きはがす。

だが、俺はしつこくオヤジ殿の足にしがみつく。


「この……若造があっ!!」


頭を、背中を、腕を、足を、全身を槍で打たれる。

穂先で突き刺さないのは理性があるからか、逆上しているからか。

それでいい、頼むから俺を殴り続けてくれ。

そのまま逆上してくれれば彼女たちは逃げられるのだ。


不意に目の前が暗くなった。

しかし、意識を失ったわけではない。

周りの音ははっきりと聞こえ、あちこちで狼狽えた声がする。

そうだ、彼女も妖怪だった。

俺がどうにかしなくても、逃げることは出来たのだ。


「お前たち、そこまでにしておけ!」


そこに新たな声が響き渡る。

聞こえた限りでは数十の足音と刀を鳴らす音もした。

声の主の見当はついている。

そして、平和な人里において真剣を無数に用意している集団は限られている。

良かった……安心した俺は意識を手放すのだった。




「……というわけで、以上が事の全てだ」

「酷いなぁ、エサ扱いじゃないか」


慧音から語られる今回の事件の真相。

それは妖怪の人里進出を利用して過激派を引き出し、ひっ捕らえることだったのだ。

これにより、長年築き上げてきた人妖の関係を再び劣悪にする危険分子を減らすことが出来た。

この件は人里でも上層の者しか知らされておらず、止めに入ったのも稗田の私兵が自警団を率いる形だった。

何のための自警団かと思うが、オヤジ殿のことを考えると何も言えやしない。


「……ということはミスティアの店はどうなる」

「一応、用意はしていたのだが元々はついでの計画だ。表向きは自衛のために人間に危害を加えたので白紙……というシナリオだ」

「エサどころかコマじゃないか」

「承知している。だから屋台の修理費は人里で出したのだ」


ミスティアの屋台は破邪の会の襲撃を受けてボロボロになっていた。

直すにも新調するにも金がかかると困っていたミスティアを助けたのは人里だった。

資金の大半は稗田様が出しているようで、どうにも丸め込まれたように感じるが直して貰った以上は黙るしかなかった。




「ところで、怪我の方は平気なの?」


慧音が帰り、店の客も居なくなったところでミスティアは俺に話しかける。

これでも商売をしているので、店が開いている時は個人的な話を極力避けている。

今の話題は俺の怪我についてだ。

あの夜、ミスティアを助けようとオヤジ殿にしがみついたのだが、その時の怪我はそれなりに酷かったのだ。

評判の良い永遠亭の薬を使っても、顔や体の腫れは残っていた。

得物を打ち付けるだけで済ませてくれたのはオヤジ殿の最後の良心とでも思っておこう。


「しかし残念だな、人里進出」

「うん、そうだね……」


反応が悪い。

彼女からすれば何も変わらないはずなのだが、そんなに店を構えるのが嬉しかったのか。

いや、人間に真っ向から反発されたのがショックだったか。

あるいは、今回のせいで客足が遠のく将来を不安に思ったか。


「気にするな、減った客は地道に心を込めた接客で取り戻せる」

「客……ってどういうこと?」


意外にも客のことは気にしてないらしい……となると、本当に人里に店を出したかったのか。

落ち込む理由が分からず考えている俺に対し、彼女はやれやれといった様子で答える。


「人里のお店なら、あんたも来やすいでしょ?」

「……なんだと?」


理由は分かったが意味は分からなかった。

彼女の赤らんだ顔を見て、ようやくソレがソノママの意味だということに気付く。

これは自惚れても良いのだろうか?


「なんで……俺なんだ?」

「情けないところ、でも情けなくても誠実なところ」

「いつかダメ男に引っかかるぞ、お嬢さん」

「もう、引っかかってる」




あれから、いくらかの時間が経った。

人の噂もなんとやら。

最初は悪い噂ばかりが広まったが、故意に流した真相が広まったことにより、ミスティアの屋台は元の人妖ともに訪れる場となった。


彼女の愛を告白された俺はというと、大したイベントも起こさず以前の通りの関係を続けている。

あの夜から数日ほどは彼女の顔を直視することもできず、家に帰ってからは布団の上で転がっていたのだが……ある時、突然慣れた。

慣れてからは少しずつ距離を縮めようかと思ったが、何かしようとしては未遂に終わるのだった。

結論、無理な事はするもんじゃない。

別に互いの心は何となく伝わっているのだし、焦る必要はないだろう。


「おまちどう、お冷やとヤツメね」


俺は心の奥で彼女の愛を感じながら、一本目の串に手をかける。

……いつか、それを堂々と言える日が来るまで。

歯医者に行ったら「思ったよりヤヴァイ」だと

なら、最初から言ってくれ

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