ティアトーレRe01
ミスティア・ローレライ
歌声で相手を鳥目にする能力を持つ夜雀の妖怪。
焼き鳥撲滅のために八目鰻の屋台を出したり、山彦の幽谷響子と鳥獣伎楽というパンクユニットを組んでいる。
人里から続く道の一つ、少し進んだ先にちょっとした広場がある。
山の猟師も川の漁師も使わないためか日が昇っている間は全くと言っていいほど人通りがない。
しかし、この広場は夜になるとちょっとした宴会場になる。
幻想郷では博麗神社の宴会が有名だが、巫女も毎日のように宴会を開いているわけではない。
人里には妖怪が出入りできる居酒屋もあるが、人間が店主のために大騒ぎ出来るわけでもない。
気の向くままにやって来て、気の向くままに飲んでいく。
彼女の屋台は、そんな連中にとっては都合がいいのだ。
夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライ。
焼き鳥撲滅を目標とした屋台は、今宵も人妖問わずに酒とヤツメウナギを出すという。
毎週の決まった夜、彼女の屋台には普段は出さない一席が追加される。
常連の客のために出す秘密の席だ。
外の世界のチェーン店なら良い目はされないが、ここは幻想郷の個人経営屋台である。
仲の良い客を贔屓にしても問題はない。
もっとも、ほとんどの客は知っている公然の秘密であるのだが。
「あら、いらっしゃい」
「やあ、適当なの一杯とヤツメの串ね」
俺のオーダーはそれだけで通じる。
俺が大して飲めないことや、そこまでドカ食い出来ないことは知っているのだ。
何を隠そう、秘密の席の主は俺なのだ。
俺と彼女との出会いは相応に古い。
なぜなら、俺が幻想郷で初めて知り合った妖怪は彼女なのだから。
『ひっ、はっはっ……は……』
暗い、絵の具か墨汁をぶちまけたかのような暗い場所だった。
人間は大抵、何も見えない闇夜を怖がるものだが、俺も例外ではなかったらしい。
別にお化けオンリーで怖いというわけではない。
ナイフを持った狂人が徘徊したり、あっぱらぱーなチャラ男が無灯火運転したり、人智の及ぶ恐怖だって存在するのだ。
なぜ俺がこんな目に合わなければならない……考えてはみるが理由は見当もつかない。
なぜ俺はこんな所にいるのか……考えてはみるが経緯は全くつかめない。
どれほど走り続けただろう、俺の視界には一つの小さな灯りが入っていた。
『あら、いらっしゃい』
『…………』
目の前の風景がふわりと歪んで地面に落ちていく。
力が抜けて膝をついたのを自覚出来たのは、彼女が話しかけてきたからだ。
『あ、あんた、ここ、いった……』
『とりあえず、落ち着いてみたら?』
「おまちどう、お冷やとヤツメね」
少々、荒っぽく皿が置かれるが、それは彼女のマナーが悪いわけではない。
俺が何かを考え耽っているときは、こうやって彼女に連れ戻してもらうのだ。
「それで、どんな世界に浸っていたんだい?」
「あんたとの馴れ初めだよ」
「おや、お熱いねぇ?」
少しばかり気取った言い方をしたためか、隣りの客はヒューヒューと囃したてる。
折角なので今度、閻魔さまに会ったときは隣りの客が昼間から里をぶらついていた話でもしてあげるとしよう。
組織の人間なのだから上司に普段の行動を報告する義務があるだろうし、普段からサボリ癖のある死神の手間を省いてあげるのだから善行の一環だろう。
俺はコップを一気に空けることはなく、一口ずつ口に含むように飲んでいく。
恐らく俺ほど稼ぎに貢献しない客はいないだろう。
しかし、それでも彼女は俺のために席を増やしてくれている。
俺は心の奥で彼女に感謝しながら、一本目の串に手をかけるのだった。
「あー、ねむ……」
「そこ、弛んどるぞ!」
朝っぱらから元気満々な声を上げるのは自警団でも古株の中年だ。
厳格な態度ではあるものの面倒見がよく、頼れる親父分と言える男だ……というか愛称がオヤジ殿だったりする。
武術家というわけではないが、屈強な体の持ち主で腕っぷしも強い。
厳しい態度と力は里の住人や自警団の仲間を思ってこそのものである。
「さて、最近は人里で不穏な動きがあるが、既に知っているものもいるな?」
「それって破邪の会っすよね?」
同僚の一人がそれを口に出す。
破邪の会、結論から言えば人間至上主義の過激派だ。
幻想郷は人間により統治されるものだと信じているハッピーな連中だ。
確かに人間は妖怪により脅かされているが、妖怪の手がなければ人里が成り立たないのも事実だ。
そういった点から見れば彼らこそが人里を脅かす存在なのかもしれない。
まあ、何処の国も何時の社会も、他人様の迷惑顧みずに走り出す前向き思考は後を絶たない。
コミュ障で倦怠癖のある身としては素晴らしく羨ましい連中である。
せいぜい、巡回中に出食わないようにしよう。
そう思いながらも俺は、備品の注文票を仕上げていくのだった。
先週も今週も同じような毎日……