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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
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ニャントーレRe02

仙人

道教の修業を極め、術を操り、不老不死となったもの。

修業を怠れば体を保てず、地獄の刺客をはじめ数多の敵がいる。

そんな日常を送るので生き残った仙人は変わり者が多いとか。

あれからも青娥との交流は続いた。

彼女にとって俺は外の世界のことを話せる相手らしい。

幻想郷には山の巫女や他の外来人もいるのだが、巫女は自由奔放すぎて話が脱線し、他の外来人は怖がって近寄らないのだという。

彼女は「失礼しちゃうわ」と言うのだが、彼女の庭園で話す際には多数のキョンシーメイドが同席するので慣れていないと厳しい空気になるだろう。


俺と言えば未だに記憶喪失の身なので話の幅に限界はあるが、それでも大人しく話に参加するだけマシなのだろう。

元がどうだったか不明だが、自分から勢いよく話すタチでもなく、キョンシーメイド達も襲ってこないと分かっているので大して気にならない。

その上、話に付き合った礼として道具や丹を譲ってもらえるので良しとすべきか。


「でも金丹とか命が縮むのは勘弁してください」

「大丈夫よ、紅鉛だから」

「そういう趣味はねえ」


……良しと思っておこう。

そんなこんなで季節は過ぎ、梅雨明けを目前に控えた微妙な時期になった。

この年の梅雨は極端な大雨とはならなかったが、雨の途切れない細く長い梅雨だった。

俺は青娥の開けた穴から雨の降らない庭園で休日を過ごしたが、遊び盛りの子供たちは夏が待ち遠しいだろう。


「しかし、庭園の中とはいえ見事に腐らないな」

「あら、腐らない食べ物もありますわよ」

「保存食とは違うのか?」

「実は蜂蜜が糖分と水分の関係で……」


彼女の知識量はかなりのものだ。

俺のちょっとした疑問や呟きから、それに繋がる小話を引き出してくる。

対抗意識から意地悪な質問を繰り出してみるのだが、波風の立たない形に話を逸らして最後には出題者たる自分が引き込まれている状態だ。


「まさか、本当に豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ可能性があるとは……」


このように、いつの間にか此方が驚く側になっている。

たまには嬉しい仕返しというものをしてみたいものだ。

そう思った俺は魔法の森の道具屋を物色してみる。

いつも何かを譲ってもらうのも悪い気がしてきたので、そのお返しの意味も込めてだ。


仙人が欲しがるものは良く分からないが、外の世界のものなら目新しいに違いない。

商品を手に取るたびに店主の説明が入るのが鬱陶しいが、面白い商品が多いのも確かだ。

自分の稼ぎでは大したものは買えないだろうが、彼女は品物の値段に執着するような女性ではない。

それなりに感謝の意は示せるだろう。


「お目が高いね、こいつは外の世界の……」


それにしても、この店主しつこい。




押入れの前で三歩、かまどの前で四歩、畳の中央で三歩。

これは青娥の庭園に続く正路だ。

この通りに歩けば一般人の俺でも青娥の庭園に行くことが出来る。

毎度毎度、地面や床に穴を開けられると驚くので、どうにかしろと言ったらこうなったのだ。

最初の正路は簡単すぎて、日常的な歩き方で庭園に飛ばされたのは良い思い出としておこう。

そんな事を考えながらも儀式は進み、最後は押入れの前の床を叩いて中に入る。

目の前に広がるのは梅雨にもかかわらず常春のような楽園……ではなかった。


整えられた緑地は土肌が見え、池の水は混ぜ返されて茶色く濁り、和洋中折衷を目指した亭は無惨に破壊されていた。

清々しかった空気は煙で汚れ、何らかの破壊音すら聞こえてくる。

何事かと足を進めてみるが、そのうちバラバラ死体としか言いようのない姿のメイドたちを見つける。

彼女達は青娥によって操られていただけなのだが、それでも形が形なだけにショックを隠せそうにない。

ここで蹲っていても仕方ないので、荒い息を強引に抑えて進む。

そして、そこから少し奥のほうで二つの影が舞っていた。


片方は庭園の主である青娥、もう片方は筋骨隆々な巨人である。

この戦いは異常だった。

弾幕ごっこによる決闘は自分も何回か見ているし、青娥のスペルカードも見たことがある。

しかし、青娥が放っているのはスペルカードとは違う隙間も何もない、壁のような弾幕だった。

一方の巨人も明らかに弾幕ごっこではなく、巨大な腕で弾幕の壁を打ち抜いたり地面を叩き割っている。

ここまで来て俺はようやく事態の大きさに気付いた。


人間が入っていい場ではない、と。


どれだけ時間が経っただろうか、気が付けば戦いは終わっていた。

青娥が地面に倒れる状態で。

巨人が青娥に何かを言っているが、相手を称えるようなスポーツマンシップ溢れる言葉でないことは確かだ。

巨人の腕が青娥の首を捉え、彼女は首吊りの状態となる。



それは、ある日の夜のことだった。

珍しく湿っぽい空気だった俺たちは、酒を呑みながら湿っぽい話をしていた。


「地獄からの死者を追い返す?」

「仙人には百年に一度、地獄の死者がお迎えに来るのよ」

「あのサボリ死神なら、なあなあで良しになりそうだが」

「違うわ、お迎え役は別にいるの」

「……追い返せなかったらどうなるんだ?」

「説教の長い閻魔の所で裁かれるかしら?」




「うわあああああっ!!」


俺は柄にもなく叫び声をあげて走り出した。

青娥も巨人も気付いていないのか、殺伐とした二人だけの世界に入っている。

構わない、そっちのほうが都合がいい。

距離は丁度よかった。

加速が足りないわけでもなく、失速するほど長くもない。

体当たりするには丁度いい距離なのだ。

ドカっと自分が出したものとは思えないほど大きくて、鈍い音が響く。


「……っ、があああああっ!!」


巨人は突然のことに僅かながら戸惑ったが、すぐに怒りの声を上げる。

しかし俺も頭に血が回っていたのか、青娥への土産として持ってきた一升瓶を思いっきり叩きつける。

それと、ほぼ同時のタイミングだった。

胸の真ん中が熱くなり、俺の体から木の枝が生えていた。


「……っ!!」


ああ、青娥が何か言っている。

巨人のほうを見ると、奴は顔を抑え、悶え、転がっている。

あの一升瓶がそこまで効いたのは意外だが、良かったとしよう。


ああ、男ってのは不便な生き物だ。

こういう時になって、ようやく分かる事がある。

俺は目の前の女に恋をしていたのだ。

もし、俺に人生が残されていたのなら彼女に告白しただろう。

だが、それは叶わぬ願いだ。

自分がどうなっているのか分かっている。

心臓を貫かれて人生が残っているなんて、それは人間ではない。


彼女にしては焦っている表情……俺のことを心配しているのだろうか。

気の移りが多いと自称している彼女に執着されるとは、喜んでいいことなのだろう。

先に閻魔に裁かれるのは俺になるだろうが、こんな終わり方なら文句はない。

どうにも、何をやるにも気が落ち込む

ハッピーになりたいでござる

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