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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
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ニャントーレRe01

霍青娥

大陸から渡来した仙人で壁をすり抜ける能力が使える。

ゆったりとした性格ながら自己中心的で、その性格ゆえに邪仙とされる。

またの名を青娥娘々。

天女を見た、とでも言えば分かるだろうか。

それは冬の寒い日、博麗神社での出来事だった。

そのころは宗教戦争とやらが終結し、毎日のようにあった能楽師の舞台も週一程度に落ち着いていた。

それでも人が集まる場が好きだったり文化人ぶりたかったり、あるいは純粋に舞台を楽しむものは多かった。

人里から博麗神社への道は比較的安全なほうだが、それでも絶対安全というわけではなく、俺たち自警団は形だけながらの護衛をしていた。


その日の神社は細かい雪が舞う幻想的な世界だった。

舞台は屋外で舞にも支障が出るのではないかと心配したのだが、能楽師は見事に踊り切った。

雪と異物とするどころか即興で自身の舞に取り込み、その美しさは舞の何たるかを知らない俺にすら衝撃を与えるほどだった。


その後、巫女が賽銭箱を持ち出したり人妖たちが店を出す中、俺は神社の裏庭で呆けていた。

最初のうちは浮かれて出店をまわったり酒を飲んだりしていたが、浮かれに浮かれてぶっ倒れてしまったために自制しているのだ。

そもそも俺は元々が飲めるほうではなく、積極的に騒ぎ立てるわけでもなく、こんな感じに一人でいるほうが性にあっているのだ。

時間までずっとこうしていよう、そう思った時だった。


彼女は雪の中で華麗に佇んでいた。

ゆったりとしたフリル付きのワンピースに羽衣をまとった、青ずくめの女。

仄かな風が雪と羽衣を揺らし、まるで風と戯れているかに見える程であった。


どれだけの時間が経っただろうか、俺は肩を軽く叩かれてハッと我に返る。

肩を叩いたのは自警団の同僚であり、どうやら里に帰る時間となったらしい。

裏庭に再び目をやるが、ベタなことに彼女の姿はなかった。




冬の鋭い風も和らいで、いよいよ柔らかな春となってきた幻想郷。

同僚とともに自警団の詰所で待機していたら先輩の団員に用事を頼まれた。

なんでも山に入った木こりがお守りを忘れたようで、それを届けてほしいのだという。

苦労の割に持っていくものに納得のいかない仕事だが、依頼をしてきたのが老婆ということもあって無下にするわけにもいかない。


壮絶な鍔迫り合いの末に俺は里を発った……ジャンケンによる勝負だが。

まあ、あいこが十回も続いたのなら壮絶と評しても間違いはないだろう。

別に俺は闘いの結果を悔やんでない、ああ悔やんでいないとも。


過ぎたことは仕方ないので職場公認のハイキングと洒落込むか、と思った矢先だった。

妖怪が出た。

人里や神社で見かけるような可愛らしいものではない、まるで獣に似ていて獣と似つかない、自分より一回りほど大きな妖怪である。

俺はわき目も振らずに逃げ出した。

自警団といっても一人でどうにかするには限界があるのだ。


当然ながら、相手は俺を追いかけてきた。

相手が見た目によらない臆病な妖怪で、自分の反対方向に去ってくれることを期待したのだが、どうやら見た目通りの性格だったらしい。

ご丁寧に口元からは鋭い牙が覗き、涎まで垂れている。

辛うじて俺が捕まらないのは、どうやら体格の良さと樹木の網が邪魔しているようだ。

だが、奴にはそれを補うかのようなたくましい腕と巨大な爪が備わっていた。


逃げる、逃げる、ひたすら逃げる。

どこまで逃げればいいのか、どこまで逃げたかも分からないが逃げるしかなかった。

大地を踏み締め、蹴って、飛ばして……飛んだ、いやマジで。


気が付けば山道ではなく空中にいた。

自分は巫女や魔女のように不思議な力を持った人間ではない。

グノーシス主義者でもないしチベット人でもない、ましてやカトリックの聖人でもない。

要するに一般人は空を飛べない。


そんな窮地に俺は外の世界の記憶を思い出す。

ゴールデンタイムに録画したテレビの特番、世界の衝撃スクープというやつだ。

おそらく、今の俺を見たら視聴者は十中八九、こう思うのではないだろうか。

うわ、死んだな……と。




目が覚めたら知らない天井だったというベタなネタは程々にしておこう。

とにかく辺りを見回してみるが、ここは何の変哲もない部屋のようだ。

強いて言えば「和」の一色が多い幻想郷では珍しい「中」の意匠が見えることくらいか。


どうにも人の気配がしないので、いい加減に部屋から出ることにする。

ベッドから立ち上がってみるが体の痛みは特になく、あれだけ山道を走っていたのに擦り傷も捻挫もなかったようだ。

廊下に出ると、目の前に広がったのは見事な庭園だった。

いや、見事な庭園のように見える庭園だった。

よく見てみれば細部が和風だったり洋風だったり、言うなれば和洋中折衷だ。

しかしそんな事をしても人を魅了するのだから、庭園の主のセンスは相当なものだろう。


どれだけ見とれていたかは時計がないから分からないが、短い時間ではないはずだ。

気を取り直して屋敷の散策をしようと思った俺だが、その足は動かなかった。

いたのだ、すぐ隣に、人が、息のかかりそうなくらいの距離で。

チャイナロリィタというやつだったか、そんなドレスに身を包んだ少女だった。

だが、何かがおかしい。

すぐに何処がとは言えないのだが、とにかくおかしいのだ。


「あらあら、お目覚めかしら?」


天女を見た、とでも言えば分かるだろうか。

白桃色の花びらが舞う庭園に佇む青ずくめの女。

仄かな風で揺れる羽衣と花は、いつか見たあの日の光景によく似ていた。




「まあ、それは災難だったわね?」


俺と彼女は庭園の卓を挟んで話し合っていた。

彼女の名は霍青娥、いわゆる仙人というやつらしい。

彼女の後ろには先ほどの少女を筆頭に、同じような服装の少女たちが並んでいる。

合図するまでもなく、ティーカップが空になると同時に中国茶が注がれる。

馴染みの無い中国茶の風味が喉を、鼻孔を通り抜け、鈍っていた感覚が冴え……ようやく俺は違和感の正体に気が付いた。


「……ああ、少し聞きたいんだが」

「あら、気付かれまして?」


少女たちは皆、強い香水をつけていた。

少女たちは皆、姿勢を崩すことはなかった。

少女たちは皆、瞬きをすることはなかった。

少女たちは皆、額に文字の書かれた紙切れをつけていた。


「僵尸……死霊術か?」

「外の世界の方は他国の妖に詳しいのね」


彼女が言うには山の巫女がキョンシーのことを知っていたらしい。

直接あったことはないのだが、少し前にやって来た女子高生だとしたらオカルト的な知識があってもおかしくはない。

俺は青娥の後ろにいるキョンシーを見つめる。

自分の出会った妖怪といえば一目では人間と区別がつかないか、明らかなバケモノくらいしかない。


「あらあら」


見つめていたうちの一人が俺のすぐ傍まで歩み寄る。

そして、席に着いた自分に合わせて腰を下げて視線を合わせた。

元の素材が良かったのか、あるいは青娥が整形手術でも施したのか。

虚ろな目に顔色の悪さ、香水の下からにじみ出る臭いを除けばカフェの看板娘としても通用する美しさだった。


「気に入ったのなら、お一ついかが?」

「お持ち帰りしたら大騒ぎだよ」


あら残念、と意地の悪い微笑みを浮かべる彼女。

そんな感じでお茶会は夕暮れるまで続いた。




あの日の翌日、俺は彼女の術で人里の入口に送られた。

一晩明けた人里では自警団による捜索隊が組まれており、出発寸前に止めることが出来た。

何も連絡がなかったので怒られた上に減給でも覚悟していたのだが、青娥の名前を出したらお咎め無しとなった。

案外、有名な仙人だったのかもしれない。

しかし彼女は言った……もう会うことはない、と。


「やあ!」

「やあ!ってあんた……」


数日ほど経ったら会ったのだが。

何かをしようとした時に限ってトラブルが起きる。

そしてそれを言い訳にして何かが先延ばしになる……駄目な大人だ。

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