リアトーレあふたーRe02
「永遠亭の検診?」
分かりやすい不機嫌な御顔をなさる我が妻。
紅い館の夫婦の昼食は互いの予定を伝えることから始まる。
……といっても妻の予定は年中自由なのだが。
別に夫婦といっても常に傍にいるとは限らない。
予定が合わなければ会わない時もあるし、予定が合えば一日中べったりとしている時もある。
浮気が心配ではないのかと言われたら心配だが、多少の心配である。
一度だけふざけて「俺よりいい男が言い寄って来たら怖い」と発言したことがある。
心臓が潰された。
いや、潰されるかと思うほどのプレッシャーをかけられた。
その威圧は先程のフランにかけられたものとは桁違いの、術や魔法に縁のない身である俺が見てとれる程の圧力だった。
以来、食事と就寝は絶対に共にすることになった。
絶対といったら絶対である。
たとえ離れた場所にいたとしても、仮に俺が拒否したとしても、彼女は俺の首根っこを引き摺って連れてくるだろう。
話を戻そう。
別に俺は監禁されているわけでもないし鎖に繋がれているわけでもない。
俺が用事で館の外に出るのは自由だし、外出先で誰と会うのも自由だ。
だが、そんな彼女でも俺が近寄ると不機嫌になる場所がある。
それが竹林の屋敷、永遠亭だ。
自分がまだ人間であったころ、永遠亭には命を救われたことがある。
実はその時の傷の検査が未だに続いているのだ。
吸血鬼の体になった故に完治していると思うのだが、どうやら人間から吸血鬼になった例として見られているらしい。
モルモットといえば聞こえは悪いが、そんな人道に反する扱いを受けているわけではない。
個人的にも手厚い処置を受けたので断りにくいのだ。
しかし、それでも彼女は俺が永遠亭に行くのを望まない。
なぜなら「見えない」からだ。
以前に人里で知人と話していた日の夕食の事だった。
「随分と楽しそうに話していたのね」
先に言っておこう、彼女は同行していなかった。
恐らく使い魔か何かを放っていたのだろうが、彼女はそこから俺の動きを見ている。
その使い魔にも見えない場所、それが永遠亭なのだ。
「仕方ないわね……咲夜」
「そろそろ信頼してくれよ」
今日一日で最初の夫婦の会話は始終不機嫌な彼女の顔で終わるのだった。
病院の待合室ほど緊張する場所は、そう無いだろう。
いや、受験の待合室とか入社試験の待合室とかも結構なプレッシャーがかかるか。
待合室ほど人の心臓に悪い場所は無いということか。
「待たせたわね、入っていいわよ」
俺は時計を持っていないし、待合室には時計が無いから実際の時間は分からないが、精神的に結構な時間を待ったような気がする。
加えて永遠亭は時間の流れが分からなくなる雰囲気がするので尚更だ。
一呼吸を置いて診察室に入ると、机の前に永遠亭の女医が座っていた。
「掛けてちょうだい」
あれから何度繰り返したことか。
彼女のいつも通りの言葉に対し、俺もいつも通りに正面の椅子に座る。
「さて、体の傷だけど……すっかり完治したわね」
「完治するから退院させたのでしょう?」
彼女の本業は薬師だが必要ならば普通に医師としても動く。
その技術は幻想的な魔法や呪術の類ではなく現実的な近代医療に近いものだ。
俺も自警団のころから聞いていたのだが、ザックリとやられた傷が完全に消えているで実際は外の世界より遥かに優れた技術なのだろう。
「そろそろ本題に入りませんか」
「そうね、あなたの体についてだけど……全く分からないわね」
勿体ぶっておいてそれか、と突っ込みを入れたいところだが仕方ないだろう。
幻想郷において吸血鬼とは歴史が浅く、なおかつレアな種族らしい。
少なくとも俺はレミリアとフラン以外の吸血鬼というものに会ったことが無い。
人間の体と比べて違うところはあるだろうが、それが吸血鬼全般のことか分からないし、もしかしたら俺だけが異なるのかもしれない。
「とにかく、すぐにどうこうなる事はないんですね?」
「あの娘が貴方をそんな体にすると思って?」
考えるまでもない、恐らく何もなければ数百年は生きるだろう。
結構な期間を通い続けた割にはアッサリとした結論だが、こういうのは波乱万丈よりアッサリのほうがいい。
これからは定期的に通う機会はなくなるだろうが、有事の際は世話になるだろう。
吸血鬼の人生は長いのだ。
数百年越しの知人になるかもしれない相手に頭を下げた俺は永遠亭を後にした。
「あら、もう帰っちゃうの?」
後にした直後に永遠亭の姫が現れた。
彼女とは入院していた頃からの付き合いだが、その美しさは知人として贔屓目に見ても他者を惹き付ける魅力を持っている。
もしかしたらレミリアが永遠亭を嫌っているのは俺が彼女に魅了されることを危惧しているからだろうか。
ならば彼女との距離を少し考えるべきか……
「あら、何か考え事かしら?」
「そういう姫様はご機嫌なご様子で」
「うふふ、分かる?」
そう言って彼女は黒い模様のリボンを取り出す。
いや、黒い模様のリボンというよりは赤黒い染みの……
「あの、姫様、これは……」
「勝ったわ」
まあ、蓬莱人同士なら気にする必要はないだろう。
永遠亭の帰り道、俺は人里に立ち寄っていた。
あれから人里には数えるほどしか訪れていないが全く無いというわけでもない。
流石に友人や同僚との仲は切れてしまったのだが、永き時を生きるのなら何時かは切れていただろう。
『過去は無限にやってくるのだから、今を楽しむべき』
永遠亭の姫様はそう言った。
確かに過ぎ去ったことを悔やんでもどうにもならない。
過去の絆が切れたというなら今の絆を大切にするべきなのだ。
そういうわけで、俺は今ある妻との絆のために何か良い土産はないかと探している。
贈り物を選ぶのは嫌いではないのだが、今日はどうも心にググッとくる品物が見つからない。
「なにか探しですか」
「いえ、ちょっと……って、稗田様」
ふわりと墨の香りがするほうを見てみると、いつの間にやら見知った顔がいた。
稗田阿求、人里の名家の娘にして幻想郷縁起という書物の書き手。
レミリアを紅魔館の姫、輝夜を永遠亭の姫とするなら彼女は人里の姫といっても過言ではない。
ただ人里で暮らすだけなら知り合うこともなかったのだが、紅魔館に婿入りしたということで半ば強制的に知り合うこととなった。
時折、妙にしつこく積極的なのが玉に瑕だが、人里では数少ない人間妖怪の区別無しに付き合ってくれる人間でもある。
「どうですか、悩みごとでしたら相談に乗りますよ?」
妻に釘を刺されたばかりなのだが、このままでは膠着状態だ。
少しだけ、そう自分に言い聞かせて俺は彼女の後をついていくことにした。
……もっとも、そういって本当に少しだけに終わった例は無いのだが。
目当てのモノは手に入ったのだが予想以上に時間がかかった。
既に時は夕刻から夜に差し掛かるころである。
吸血鬼の身なら三下妖怪に襲われる心配もなく、紅魔館から永遠亭や人里の間を僅かな時間で往復できるが移動時間が皆無になるわけではない。
これは里の外に出たら気合いを入れて走るべきか、そう思った俺は近道である路地裏に入った。
「よう、久しぶりだな」
路地裏に入ったのだが止められた……いや、道を塞がれたのだ。
それは俺にとって懐かしい顔だった。
自警団でも古参の男、仲間内ではオヤジ殿と呼ばれた男だ。
厳格で面倒見が良く、頼りになる男なのだがどうにも様子がおかしい。
「ついてきな」
ついて行くも何も道を塞がれてるのだが。
時間もないのでどうにか断ろうと思ったのだが、オヤジ殿の横には他にも人が控えていた。
それは「逃がすつもりはない」という圧力に見えた。
後ろから羽交い絞めにされるのも困るので、俺は渋々とついて行くことにした。
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