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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
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リアトーレあふたーRe01

湖の岸辺には紅い館がある。

悪魔の住まう館、霧に浮かぶ城、紅い吸血鬼の領地、その名も紅魔館。

そこを治める者こそ幼き紅い月、レミリア・スカーレット。

そして、その夫こそが俺こと○○である。


吸血鬼の朝は遅い。

俺が目を覚ますのは既に太陽が高い位置にある頃、人里で言うなら昼飯時だ。

当然と言うべきか、俺の寝室は妻であるレミリアの寝室であるが、その寝床は未だに慣れない。


コフィン、ザルク、セルクエーユ……ぶっちゃけて言えば棺桶だ。

俺にデザインについての学はないが、凝った装飾をした大型サイズの特注品である。

具体的に言うなら、心臓が止まる程度の値段という意味で。


まあ、驚くような値段ではあるが寝心地自体は快適だったりする。

紅魔館の主という立場なので寝坊くらいは許されるのだが、それでも習慣になった時間に目は覚める。

あまり音をたてないように静かに棺の蓋を開け、外に出た俺は寝間着から部屋着に着替える。


ばりっ、ばりばりっ


「この寝間着も、もう変えた方がよろしいですね」


着替え終わった後で洗濯ものを取りに来るメイド長。

血液で固まった寝間着の寿命は一ヶ月かどうかだ。

勿体ない精神の持ち主として言っておくが、念入りな洗濯や修復をしたうえでの寿命だ。


なぜ俺の寝巻が血で固まっているかというと、その原因はレミリアにある。

そろそろ朝日が見えそうな時刻、俺とレミリアは特注の棺桶の中に入る。

睡魔がやってくるまで色々なことを語り合うのが日課なのだが、彼女は俺が眠っている間に首筋に噛み付いてくるのだ。


棺桶の方を見るがレミリアは未だに夢の中だ。

どうやら俺は吸血鬼として半端者らしい。

夜更かしと遅起きが定着したとはいえレミリアより早く起床し、最初はあれほど苦痛だった日光もある程度は克服している。


ただ、それが彼女にとって気に食わないらしい。

彼女は寝ている間にも俺の血を飲み、時には自分の血を俺に飲ませる。

少しでも俺が自分に近付くように、と……




「あ、旦那さま、おはようございます!」


外に出たら門番とその部下に挨拶された。

彼女とは悪い仲ではないのだが「こんな立場になったからには」と公の場や部下の目がある場所では一歩退いた態度をとるようになった。

少し寂しいような気もするが、彼女の気質からすると仕方ないのかもしれない。


「ああ、もうこんな季節か」

「ええ、もうこんな季節ですよ」


肌寒いとは感じていたのだが、紅魔館の庭は一面の銀世界となっていた。

豪雪というわけではないが確かな積雪だ。

どこか心躍るのは、もしかしたら記憶にない俺の故郷は雪が大して積もらない地域なのかもしれない。


しかし妙な気分である。

いくら館の中にいたとはいえ雪が積もったことにも気付かないとは、我ながら鈍すぎるのではなかろうか。

だが、似たような経験はいくらでもあった。

少し本を読んでいたつもりが丸一日没頭していたり、軽く書類仕事を片付けようとしたら一山終わらせるまで手が止まらなかったり。

思えばパチュリーは図書館に引きこもっているし、レミリアも一日通して花を見ていたことがあったらしい。


案外それが人間を辞めることなのかもしれない。


「旦那さま、一つ運動でもしてみませんか?」

「お……っと!」


美鈴から投げ渡されたもの、それは練習用の棍だった。

元は自警団で槍を使っていたのだが練習や模擬戦で穂先のついたものを使うわけにはいかないので、棍を槍代わりにしているのだ。

武器を振う機会は少なくなったのだが、全く練習しないというのも格好がつかない。

久しぶりに握った得物に心が昂ったこともあり、俺は美鈴との模擬戦を受けることにした。


「ふぅ……っ!」

「……はいっ!」


槍についての知識は皆無である。

強いて言うなら自己流、自警団でも流派に則って武器を振うものは僅かしかいない。

だからと言って何も勉強しなかったわけではない。

自己流ながらも創意工夫はしているし、同僚との模擬戦で悪いところを見直すこともしてきた。


だが当たらない。

確かに棍を手にするのは久しぶりだが、感覚が鈍ったような気はしない。

紅魔館の門番の名は伊達ではないということか。


「……っ!!」


美鈴の姿が揺れたかと思うと、次の瞬間には俺の真横に立っていた。

拳の位置は俺の頬、棍を戻す時間はおろか、振り払うことも出来ないだろう。


「まいり、ました……」

「はい、お疲れ様です」




折角、寝汗と血を風呂で流したのに再び運動の汗を風呂にて流す。

やや不経済に感じるが成り行きと付き合いということで納得しておこう。


朝食には遅いが昼食にも早い時間、我が妻はそろそろ起きるだろうか?

そんなことを考えながら、俺は館内を見回っていく。

特に仕事というわけでもないのだが、館の主人がロクに館を見ていないのは問題だろう。

だからこれは当てもなくブラブラ歩いているのではなく、ちゃんとした目的のある行動なのだ。


俺が通りかかると妖精メイドたちは一度、作業の手を止めて俺に挨拶する。

メイド長の教育の賜物か、妖精ながらもメイドの礼節を持っているようだ。

その事実に感心しつつも俺は食堂に入る。

だが、お目当ての彼女はいなかった。

そろそろ空腹が応えて来たのだが、彼女を抜きにして食事にするわけにもいかない。


「あらお兄様、誰かをお探し?」


レミリアより柔らかく甘い声。

背後にはレミリアに対を成す美しい少女がいた。


紅い悪魔の妹、フランドール・スカーレット。

表向きには「恐るべき能力と気が触れた性格故に幽閉されている」とあるが実際はそこまで恐ろしい娘さんではない。

少なくとも、遊び半分に弾幕を出されたことはあっても命の危険を感じたことは少ししかない。

……命の危険を感じる時点でおかしくないか、とも指摘されたが。


「お兄様ったら最近フランとちっとも遊んでくれないんだもの」


無茶を言うな。

彼女の言う遊びとは弾幕ごっこの事だが、こちらは弾を出すはおろか空を飛ぶことも出来ない身だ。

上空から迫り来る弾を全力疾走で避けたのに、真横から潰されるのだから堪ったものではない。


「お姉様はお寝坊さんね、素敵な旦那様が待っているというのに」


何気に彼女の言うことには毒が混じっている。

もちろん彼女も姉を愛し、敬っているだろうが、かつては幽閉された過去があるので複雑な心境なのだろう。


「お兄様、フランのお部屋で遊びましょう?」

「悪いな、お腹が減って力が出ないんだ」

「それならフランのお部屋でお食事しましょうよ?」


それは魅力的な提案だが遠慮しておこう。

彼女の部屋にある食事は原形を留めていることが多い。

食事の大半は「悪魔を討って名を挙げよう」と考えた不埒者の成れの果てである。

彼らにとって最大の不幸は地下に迷い込んだことだ。

スペルカードのルールに沿っていたら命だけは助かったのかもしれないが、勝手に入ってきて暴れ出した輩に温情をかけるような悪魔はいない。


とにかく空腹のときに、こうガッツリと頂いたら逆に腹を壊してしまいそうなので遠慮しておく。

それに、先程からフランの背後からレーザーのような視線が浴びせられている。

もし被弾したらリカバリ困難な不可能弾幕になりかねん。


「ふ、ら、ん、ど、お、る?」

「あら、笑う門に鬼が来た」


笑顔だ、我が妻の表情は愛らしい笑顔だった。

しかし体から滲み出るオーラはスカーレットデビルそのものである。


「お兄様、寂しくなったらいつでも呼んでね?」

「あいにく、妻一筋なんでね」

「恐妻家なのね」

「愛妻家なのさ」


流石に分が悪くなったのか、フランは食堂から退室する。

嵐の原因は去った……ただし嵐は去っていないのだが。

転職転職と言っておきながら既にどれだけの時間が……だめだこりゃ

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