イクトーレRe02
新地区【オリジナル】
徐々に増えつつある外来人の土地として開拓された地区。
ただし、妖怪の賢者から良くない声が上がっているという噂もあった。
「お前なに考えてんだよ!!」
お前こそ何を考えているんだ。
公共の飯処で食べ物を口に入れたまま叫ぶお前に言われたくはない。
また模擬戦でぶん殴ってやるべきかと考えたが、野蛮な手段に訴えるのもどうかと思うので保留しておく。
……我ながら乱暴になったものだ。
「遠目にしか見たことないが、あんな美人さん他にいないぞ!」
「そういう気持ちは湧かなかったよ」
「かーっ、てめアッチの欲望枯れてるのかよ!」
失礼な男だ、やっぱりぶん殴るか。
そう考えた俺は店の外を見る。
灰色の空に舞う紅葉は幻想郷に冬が近いことを示している。
欲が湧かなかったと言えば嘘になる。
この寒々しい空の下を彼女と歩きたいと思ったこともある。
だが、それを叶えようとは思わなかった。
ただの一度の失恋が俺をそこまで臆病にしたのか、叶えるほどの欲望が湧かなくなったのか、はたまたセンチメンタルなアレなのか。
「ん……雨か?」
秋雨というには遅い時期だろうが、今年は雨が多いような気がする。
別に雨は嫌いではないのだが、それは休日に屋内でくつろいでいる時に限る。
屋外に出たり仕事をしている間に来られるのは御免だ。
人肌が恋しかったのだろうか、どうにも彼女の顔が離れない。
「だからさ、お前は押しが足らないのよ!」
「だからさ、お前は少し黙ってろ」
「貴方なに考えてるのよ!!」
お前こそ何を考えているんだ。
仕事から帰って早々、人様の家で大声で叫ぶような娘さんに言われたくはない。
どうやら天子は衣玖が帰ったっことを知らなかったようで、蚊帳の外にされたのかと思ったらしい。
「ほら、腹減ってるなら食べていけ」
「そういうことじゃないわよ!」
そう言いながらしっかりと食べている。
しかしお嬢様というのは伊達でなく、割と乱雑な野菜炒めと卵焼きを綺麗に食べなさる。
「はじめてなのよ」
唐突に何の話か。
彼女の実家では野菜炒めや卵焼きのような庶民的な料理は出てこないのか。
「衣玖があんな感じで人と過ごすのは初めてなのよ」
本当に何の話か。
確かに浮いた話なんか無さそうな貞淑で大人な雰囲気の美人に感じたが、別にそれだけの話だろう。
「貴方はそれで良かったの?」
そろそろ切り上げてもいいだろうか。
俺と彼女の関係は本来その程度にすぎん、大人とはそういうものなのだ。
「貴方は感情の揺らぎが無軌道すぎるわ、そんな生き方ではいつか大きく転ぶわよ」
どこぞの閻魔みたいな口ぶりで忠告する彼女。
人伝に聞いた話では時折、威厳を振りまいて他にも忠告して回っているらしいが、その忠告癖がここでも出たのか。
まあ、実際に耳が痛い忠告ではあるので素直に受け止めておこう。
この日はゲーム勝負をすることもなく、軽く飲んだ程度でお開きとなった。
あれから数日が経った。
衣玖も天子も俺の家に立ち寄ることはなくなった。
周囲からはその事について詮索されたのだが、それもようやく落ち着いてきた。
空は相変わらず暗い。
こういう時に限って里の外に出る仕事が多く、こういう時に限って雨に降られることが多いから困ったものだ。
俺は外の世界から流れて来た合羽を持っているからマシだが、団員の中には稲藁を使った蓑しか持たない者もいる。
最初は俺も蓑を借りていたのだが、あれは外来人には馴染みそうにない。
そんなことを思いつつ詰所に出勤すると、そこには珍しい顔があった。
「お久しぶりです、○○さん」
東風谷早苗、俺と同じように外の世界からやって来た人間だ。
もっとも彼女は凡俗の俺とは違った、現人神と呼ばれる類のようだが。
「遅いぞ、○○……さ、続けて」
「はい、先程話した通り最近の悪天候で山の地盤が脆くなっています」
俺は速やかに手近な場所に着席し、ここ最近の空を思い浮かべる。
確かに空は灰色の曇り空が多かったが、極端な大雨や長雨は無かったはずだ。
いや、それは人里の話であって妖怪の山では違ったのだろう。
そして早苗は今までより真剣な顔つきで、声色を強めて告げる。
「山からの濁流が人里の一部を飲み込むでしょう」
「こっちは駄目だ、崩れるぞ!」
「馬鹿野郎っ、下がれ下がれ!」
現人神の予言の通り、あれから暫くして濁流が人里の一部を飲み込んだ。
そこは新しく開発された地区であり、建てかけの家やら資材やらが次々と飲み込まれていく。
更に開発された土地は緩やかながらも深い谷間の土地だったために水の流れが集中、加速し地形を削って濁流の幅を広めていった。
傷付いた土地は他の土地を傷付け、被害はまるで扇状のドミノの如く広がっていく。
「おい、どこまで見た!?」
「東区と中区の一番、二番。それ以外は確認中です!」
思いのほか住人の避難が進んでいない。
開発中なだけあって人は疎らに住み着いているうえに、自警団の中には土地の全体図を把握できない者もいる。
東区は「既に確認している」と言うが、実際は濁流に飲み込まれていて「確認のしようがない」という状態だ。
このままでは新地区の全滅は愚か、既存区の土地の低い場所にも影響が出るかもしれない。
「住民帳の確認が取れたら既存区の詰所に避難させろ!」
「分かりました!」
小粒で大量の雨と、寒くて強烈な風がビニール製の合羽を打つ。
濁流は遠目で見て建物の影からチラつくほどに近付いていた。
この濁流の根源は人里に近い小さな山なのだが、それでも山全体に降った雨の水量はここまで膨れ上がっていた。
新地区は完成したら主に外来人に渡される予定だった。
定住する外来人の中には自警団や農業でなく、商人や職人として身を立てようとする者もいた。
生活のために与えられた仕事をこなしつつも新たな夢を見つけ、実現するために学に励んだ者達がいたのだ。
「ああっ……くそっ!」
生きていればどうにかなる、という無責任なことは言いたくない。
生きていても、どうにもならない事が世の中にはいくらでもある。
だが、ならば何も出来ないと言うつもりもない。
自警団に所属する以上、自警団として出来ることはやってやる。
だから、せめて一人でも多く……
めきめきめき、と倒壊した家屋の屋根が引きはがされていく。
屋根の下には住人と思われる者たちが倒れていて、このまま放置されていたなら建物ごと水没しただろう。
なんたる豪腕か、これだけの仕事をこなしたのは僅か一名だった。
「さあ、早くこちらへ!」
自警団の外套を纏った女が住人を救助していくが、そこで疑問に思った。
あんな女、うちの自警団にいたか?
だが、よく注視してみて彼女が何者であるか思い出した。
「それでは……超人『聖白蓮』!!」
雨で輝きは失せているものの、豊かな金髪をした女。
命蓮寺が住職、大魔法使い、マスタープリースト、聖白蓮だ。
そのスペルカードは伊達ではなく、常人では数人がかりの瓦礫を軽々と押し退けて人命救助をしていく。
とにかく、この地区は大丈夫そうだ。
俺は怪我人や老人、女子供を避難場所へ誘導しつつも新たな地区へと向かう。
やはり新地区の住人は外来人が多いようで、今度は逆に既存区の避難場所への行き方が分からなかったらしい。
どれだけの人を捌いただろうか。
気が付けば、この地区も安全とは言い切れなくなっていた。
予想の通り濁流は勢いを弱めるどころか、更に川幅を広げていく。
これ以上は限界かと思ったとき、どこからか悲痛な叫びが聞こえて来た。
「太助ぇっ!!」
「姉ちゃん無理だ、あんたまで巻き込まれるぞ!」
見れば濁流の中に浮かぶ屋根の上に子供が取り残されている。
逃げる際に離れ離れになって、辛うじて屋根に上がり込んだのか。
流れからぎりぎりの場所で子供の名前を叫ぶ親らしき女性、彼女を止めようとする男たち。
だが、俺は飛沫の中に続いている屋根の足場を見つけた。
「誰かぁっ!太助がぁっ!!」
「止めてくれ、絶対に無理だ!」
確かに無理だ、彼らは身形からして新参者の外来人か。
二次被害を防ごうとしているのは事実だが、実際は足が前に進まないのもあるだろう。
自警団として経験を積んだ俺ですら、この濁流は恐ろしく感じている。
増してや、荒事をこなす必要のない住人では足が動かないのも当然といえよう。
「馬鹿野郎っ、死にたいのか!?」
「戻れっ、戻るんだっ!!」
気が付いたら俺は濁流に足をかけていた。
足場は辛うじて水面から顔を出している程度で、踏み込む位置を間違えたら体勢を崩すかもしれない。
唯一の救いは、これだけの濁流にも関わらず足場が揺れない事だろうか。
元が何の建物だったか忘れたが、建てた職人たちは一流なのだろう。
そうこう考えているうちに俺は子供の所まで辿り着いた。
だが、ここで一つ問題が発生した。
子供の足で歩くのは難しいだろうが、だからと言って背中に乗せたら余計に危険なうえに共流されもあり得る。
つまりだ……どうやって戻る?
そう考えたのは僅か一瞬だった、僅か一瞬で全てが変わった。
「太助っ、太助ぇっ!!」
しくじった、俺は非常事態にしてはひどく冷静に考えていた。
いや、あまりの事態に精神が百八十度ほど回転して逆に冷静になってしまったのか。
どうやら職人仕事の頑丈な屋根も、土台の浸食までは防げなかったらしい。
俺と、太助と呼ばれた少年は望みもしない人里クルーズに突入してしまった。
非正規に年金の支払いはツライ
次の選挙で少しは……期待するだけ無駄かなぁ
ま、それでも無い知恵絞って行きますワ