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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
30/36

イクトーレRe01

永江衣玖

竜宮の使いと呼ばれる妖怪で、幻想郷の最高神である龍神の言葉を伝える。

空気を読むことが得意で、その場にすぐ馴染むことが出来る。

その一方で控え目かつ面倒くさがりな一面を持ち、それがトラブルの元になったこともある。

生涯の伴侶に絶世の美人は困る。

随分と唐突に述べたが、これは俺の持論だ。

他人様に誇れるような造形をしていない身としては恐れ多くて付き合えないし、いつか浮気をされるのでないかと思うと気が休まらない。


そういうわけで生涯の伴侶は程々の美人で性格のいい女性であってほしい。

そういうわけだから俺は、つい先日に近所の娘さんに愛の告白というものをした。

先程も述べたように外見は程々に可愛く、性格は素朴で大人しい控えめな娘さんだ。


俺の方はアラサーに手がかかった年齢なので若々しい彼女とは距離があるのだが、それでも諦めることは出来なかった。

外の世界にいたころの記憶は未だにあやふやだが、色恋沙汰にここまで動いたのは初めてだと思う。


そして……玉砕した。

聞けば将来を約束した幼馴染がいるらしい。

名前を聞いて自警団の後輩だと知ったのだが、彼と彼女が並んでいるところを想像したら見事にお似合いだった。

男の方は程々にイケメンで、真面目で、純粋な心の持ち主だ。

彼ならきっと彼女を幸せにできる、俺にやれることは後輩たちの幸せを祈ることくらいだった。


……というわけで、その日の夜。

居酒屋に入った俺はいつもより早いペースで杯を空にする。

ここの店主とは全く知らないわけではないので俺の事を気遣ってくれたのだが、ヤケになった俺は店主の制止も聞かずに新たなビンに手を伸ばそうとする。


「お酒に逃げるのもいいですが、逃げただけの対価を支払わなければならないことを忘れないでくださいね?」


隣りの女が何か言ってくるが知ったことか。

生憎だが財布の中身は購入予定が未定に終わった指輪の代金で潤っている。

こういった金は勢い任せに使い切った方が良い気がするのだ、そうに決まっている。

そう、自分に言い聞かせながら俺は遅い時間まで飲み続けるのだった。


~野郎噴出中~




目が覚めた時、俺は慣れない痛みに蹲った。

それが頭痛だと気付くのに数分ほどかかり、それが二日酔いだと気付くのには更に数分が必要だった。

吐き気こそないものの歩くことすら儘ならず、どうにか四つん這いになって布団から抜け出した。


「お目覚めですね、大丈夫ですか?」

「大丈……見える……か?」

「そう思って先程訪ねて来た同僚の方には病欠と伝えておきました」

「あ……ありが、と……」


もはや会話するのも頭に響く有様だ。

せっかく布団から出て来たというのに再び畳で寝転ぶのだから出た意味はあったのだろうか。

まあ、少しは頭が冷えるので意味はあったとしよう。

五分か十分か……いくらかの時間を経たことで、どうにかちゃぶ台に着く程度に回復してようやく気が付いた。


「あんただれ?」

「いまさらですか?」


目の前に現れたもの、それは美人だった。

フリル付きのブラウスの似合うセミロングの美しい髪。

俺の美的な感性が世間一般の感性と同等かは不明だが、おそらく大抵の人間が口をそろえて美人と評するのではないだろうか。


「私は竜宮の使いの永江衣玖と申します」

「これはご丁寧に、自警団の○○と申します」

「その竜宮の使い様が一体どのようなご用件で?」

「昨晩、あなたを介抱した用件です」


ああ、どこかで聞いた覚えのある声だと思ったが昨日の居酒屋で隣にいた女か。

隣にいたというだけで面倒を見てもらえるとは、竜宮の使いとやらは中々面倒見が良いのだろう。


「唐突ですが、しばらくこちらの方で御厄介になります」


本当に唐突である。

理由を尋ねてみると俺は庭の方に通された。

自宅で通されるという表現はおかしく感じるが、それ以外の表現も知らないので通されたことにしておく。

この長屋はボロい割には小さいながらも庭があったり、比較的プライバシーというものが守られている。

どうやら幻想郷で稼いだ外来人が同胞のために拵えたものらしく、故に外来人に優しい造りになっているのだ。


庭にはフリルのついた布が干されていた。

俺はこんなものを買ったり貰ったりした覚えはないので、おそらくは彼女の所有物だろう。

しかし、見事なものである。

自分に衣服の鑑定が出来るわけでもないが、これは相応に値が張るのではなかろうか。

俺は近付いてよく見ようとして……


「うぁ……」


臭い、なんか強烈な臭いが漂ってきた。

酸味がかったというか、醗酵したというか、そんな感じの悪臭だ。

これが彼女の持ち物であるとしたら、俺は世の中の美人に対する見方を変えるかもしれない。


「あ、いや、失礼……」

「構いませんよ、貴方が付けた臭いですから」


そこまで来て察しがついた。

なぜ酒に弱い俺があれだけ飲んだのに吐き気が抑えられているのか。

答えは「既に吐き戻している」だ。


「これでも仕事柄、人前に出るものですから羽衣から臭いが抜けるまでお願いしますね」




麺処『異風堂々』

麺に関することなら和洋中、資料さえ持っていけばマイナーな民族料理まで取り扱う店だ。

常に向上心豊かな店主の開いた店は、外の世界に憧れを持つ客や外の世界を懐かしむ客から人気が高い。

かくいう俺も幻想郷でラーメンやパスタにありつける珍しい店として利用している。


俺はシフトの都合上、普通よりやや遅い時間に昼食をとっていた。

この日は偶然、人手が余っていたので後輩と一緒に異風堂々を訪れていた。

目の前の後輩は居心地悪そうな表情をしているが、それは「人里出身故にパスタを食べ慣れていない」というわけではなかった。


「あの、先輩……その、すいません」

「全く話が見えないんだが、何のことだ?」

「いや、ええと、市子のこと……」


市子……そういうことか。

この件は既に決着がついていると思ったのだが、どうやら当人は未だに気にしていたらしい。


「その、先輩が市子のことを……!」

「そう思うのなら、ちゃんと幸せにしてやれよ」

「……はっ、はい!!」


俺の無謀な恋愛は実ることなく終わったのだ。

彼女が選んだのは目の前の男であって俺ではない。

恨むのも、妬むのも、ましてや彼が謝るのも筋違いというものだ。


「ところで先輩、その……彼女が出来たんですか?」

「……どういう意味だ?」

「藤崎先輩が言ってましたよ、あいつは美人と同棲しているって」


決めた、明日の模擬戦では全力でぶん殴ってやる。

恨むのも、妬むのも、この点に限っては筋が通っている。




俺がここに住み着いてどれだけの時間が経っただろうか。

最初は同じ見た目ばかりで迷った長屋の通路も、今となっては泥酔したままでも帰宅できるほどになった。

共用の井戸では住人が夕時の井戸端会議を開いているが、その構成は外来人と人里の住人による混成だ。


外来人と人里の住人の交流があることは良いことだと思うのだが、巻き込まれるほど話題の弾数が厚いわけではない。

軽く会釈をして通り過ぎた俺は自室の戸を二度ほど叩いて一呼吸を置き、ゆっくりと扉を開く。


「ただいま」

「おかえりなさい」


今までの一人暮らしと違って、一時的なものだが同居人がいる。

故に配慮は自然に身に着いたのだ。

いや、外の世界でもそういったことはしていただろうから、身に着けなおしたのかもしれないが。


「今日は吉川さんの奥さんからお野菜を譲っていただいたので、お味噌汁とお漬物にしました」

「そうか……貰い物だが天城庵のお菓子があるから今度持って行って」


突然の同居人ながら彼女は驚くほど馴染んでいる。

普段は聞き手に回りつつ、必要なときは前に出て来るが決して出しゃばることはない。

周辺からの受けは良いので何かとお裾分けされることが多いのだが、これはこれでお返しを考えなければならないのが悩みの種だ。

とりあえず、余分ないざこざが起きないだけマシというか。


「衣玖、○○、お夕飯にしましょう!!」


どんがらがっしゃん、と盛大に扉が開いた。

目下、一番の悩みの種は彼女に会いに来たという娘さんだ。

確か比那名居天子という、どこぞのお嬢様らしい。

お嬢様というだけあって気品と美しさが溢れ出ているが、その溢れ出したものを吹き散らすような振舞いが多いので、どれほどのお嬢様なのかは想像がつかない。

衣玖が言うには「以前は大して面識が無かったのだが異変を切っ掛けに交流を持つようになった」というので、少なくとも普通の人間のお嬢様ではないのだろう。


「何よ、まだ出来てないわけ?」

「申し訳ありません、しばらくお待ちください」

「仕方ないわね……○○、トランプで勝負よ!」


最初に僅差で勝ってから彼女との対戦は毎度のように行われているのだが、俺の方は既に何度か負けている。

しかし、どうやら彼女の方は大差で勝たないと気が済まないらしいので夕食前の恒例行事となってしまったのだ。

それにしても衣玖一人に食事の準備を任せるのは心苦しいのだが、生憎この部屋の台所は設備の良さに反比例して非常に狭い。

仕方ないと割り切りながら、俺はトランプを二人分に分けていくのだった。




夜も遅くなってきたので引き分けという形で彼女は帰っていった。

夜も遅くといっても外来人の感覚では早い時間だが、幻想郷の夜を支える灯りは行灯やランプといったクラシックなものだ。

物書きでもない限り、そこまで灯りをともす必要もないだろう。

それに、その事で生活に不便したことは少ない。

もちろん店が閉まるのも早いというのもあるが、幻想郷には外の世界にはない素敵な灯りがあった。


「それで月見酒とは、懲りない人ですね?」


久しぶりに晴れたのだ、飲み方には気を使っているので勘弁してくれ。

彼女も俺との付き合い方を分かってきたのか、最初のころに比べて波風の立つような皮肉も言うようになってきた。


「しかし、そろそろいいんじゃないか?」

「ええ、それもそうですね」


晴れの日が少なかったとはいえ、流石に悪臭も落ちてきたはずだ。

彼女にも彼女の役目があって、いつまでもここに居るわけにはいかないのだ。

徒歩で外出中に大雨に降られてびしょ濡れになり、帰宅して着替えて車に乗った瞬間に小雨となる。

ああああああああ、もうっ!!!!

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