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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
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アヤトーレRe04

幻想闊歩【オリジナル】

○○と射命丸文が共同制作した情報資料。

幻想郷縁起を研究し、足りないと思われる部分を独自の視点で補完している。

その為か幻想郷縁起と合わせて読むことではじめて真価が発揮される書物である。

『なかなか頑張っているじゃないか』

『まあな、それより頼んでおいた原稿の添削は?』

『特に問題ないだろう、だが本気か?』

『何がだよ?』

『この資料の密度では完成までに何年かかる事やら』




「こうしてお爺ちゃんと天狗様による『幻想闊歩』の執筆が始まったのです」


子供へ孫へ、もう何度も同じ話をしただろうか。

亡き夫が手掛けた幻想闊歩は幻想郷縁起と対を成す、人間のための情報資料となっている。

彼が予定していた内容から若干変化したが、縁起に足りなかった情報を保管しつつも外来人特有の視点で考察を加えている。


「なぁなぁ、本当に曽爺ちゃんと天狗様って知り合いだったのかな」

「どうせ曽爺ちゃんのホラか曽婆ちゃんのホラだろ」

「でも、私たちが風の力を使えるのは天狗様のご加護だって聞いてるよ?」


子供たちは代を経るごとに彼と天狗との交流を疑うようになったが、それも時の流れというものだろう。

真実は知るべき人間が知っていれば良い、彼もきっとそう言うだろう。

そんなことを考えていると、何やら庭の方から言い争うような声がする。

急いで駆けつけたいものだが、この格好では上手い具合に動けないのが困りものだ。


「嫌だ、俺は写真屋なんか継がないぞ!」

「バカ、婆さんの前で失礼だろう!」


やれやれ、親子揃って元気の良いことだ。

この子は兄弟の長男であり、この親は兄弟の長男にして天句写真館の三代目だ。

本来なら四代目はこの子が継ぐものだが、御覧の通りに嫌がっている。

今の幻想郷は外の世界の情報も増えて来たので、このように実家を継ぐのを拒む子供もいるのだ。

もっとも、勢いだけで独立しても失速して頭を垂れる者もいるのだが。


「家を継がなくて何になるつもりだ!」

「俺は風の力を使って疾風の侍になるんだ!」


子供の言い分を聞いて思わず笑いそうになってしまう。

彼の言っていた「チューニ」という病だろうか。

何らかの能力に目覚めた人間は、それが戦いに使えるものだったら大抵はこんなことを言い出すのだ。

歴史は繰り返されるということか。


「あやや、疾風の侍VS突風の忍とは大スクープだねぇ」

「婆ちゃん……って、突風!?」

「婆ちゃん、いい加減忘れてくれよ!」


実に賑やかな事だ。

この光景も子供、孫、曽孫と今回で三度目だ。

もし番狂わせでもなければ今回もまた親の勝ちで終わるだろう。

ぼやぼやしていると庭中の落ち葉や砂が巻き上げられるので、家の中に避難しておこう。


「お婆ちゃん、寺子屋の先生が来ましたよ」

「ああ、いま行くよ」




『こんな所に呼び出されるなんて……人気者も楽ではありませんわ』

『単刀直入に聞くが、これは幻想郷で出版して良い書物か?』

『あらあら、恋文にしては随分と厚いのね?』

『それで、どうなんだ?』

『せっかちな殿方は嫌われますわよ……』




「毎度ながら実に大した資料だな」


そう言いながら、寺子屋の教師は資料を書き写していく。

幻想闊歩は鈴奈庵により印刷されているが、写真館の資料室には清書されていない原稿が残っている。

生原稿の存在を知っているのは稗田の使者や人里の守護者などのごく一部に限られている。


これは彼が距離を縮めすぎたために見つけてしまった妖怪たちの姿を記したものである。

中には弱点や欠点なども含まれていて、使いようによってはスペルカード無しで大妖に一矢報いることも出来るだろう。

使い所が良ければ人間と妖怪の不要な衝突を避けることに役立つだろう。

そして、無暗に使えば人間と妖怪の間に決定的な溝を作ってもしまうだろう。


だからこそ、これは公開してはならない資料なのだ。


「ふう、ようやく終わったよ」

「今回はえらく時間がかかりましたねぇ」

「あなたよりは短いよ……百年も続く人間の真似ごとよりはね」




『あやや、お疲れのご様子で』

『ああ、八雲紫に原稿の検閲を頼んだんだが……』

『見事に真っ赤ですね』

『本来、聞きたかった『発行による妖怪への問題』より『読み物としての面白さ』の点でダメ出しを喰らった』

『くすくす……』

『どうした、そのニヤけた顔は?』

『だって……○○さん、とても楽しそうですよ』




そうだ、あれから百年の時が経った。

私は彼と結ばれてからずっと人間のふりをしている。

私と彼は共に笑い、泣き、悲しみ、喜び、人里に写真館を構えた。

仕事の合間に書き綴ってきた幻想闊歩が完成し、子宝にも恵まれ……彼は先に逝ったのだ。


しかし私はまだ逝かない。

そして子供たちに私の血が流れているとはいえ、薄まった血なら私よりも先に寿命が尽きるだろう。

長い間、子供たちを見守ってきたが流石にそろそろ限界だろう。


「鴉天狗ともあろうお方が、ここまで人の世に付き合うとは思ってもいませんでした」

「そうですね、もう少ししたら棺に入るふりでもしますよ」

「出来るだけ穏便に済めばいいのだがな」


仮とはいえ、人の末期を鬱陶しそうに扱うとは失礼な女教師である。

人里を見守ってきたという意味では先輩なのだが、その真面目さは今でも健在ということか。

まあ彼女に言った通り、私もいつかは術なり何なりで作った人形を棺の中に入れて姿を消す予定ですが。


『カラス天狗ともあろうオカタが人間のオスに尾をフルか?』


そんな私には、あの日の出来事が色褪せずに思い出せる。

灰狼天狗が侮蔑の色を込めて放った言葉、私は言葉に出さなかったものの答えは決まっていた。


「振りますよ、好きな男ですもの」


さて、今日は何をしようか。

曽孫の勉強を見るのもいいし、孫に料理を教えるのも悪くない。

天狗に戻るのは、もう少し後にするとしましょう。

鈴奈庵特装版、三月精復活

まだまだ人生捨てたもんじゃないな

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