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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
25/36

アヤトーレRe01

犬走椛

妖怪の山を見回りしている白狼天狗。

ダブルスポイラーにて射命丸文との不仲が発覚したが、逆に不仲が題材となったり「表向き不仲」とされたり、二次創作での仲は未だに続いている。

肌寒さに新たな季節の訪れを実感する今日、俺は雲の少ない快晴の空の下を歩いていた。

人里から大分離れた妖怪の山の入り口、目の前に広がるのは鮮やかな紅葉である。


「なかなか遠くまで来たな……」


壮大な風景に対して思わず独り言が出る。

一見して暇人の自然散策にも見えるだろうが、これは立派な仕事である。

幻想郷における人間の行動可能域の調査……ようするに人間が幻想郷をどこまで歩き回れるかの調査である。

これは妖怪の賢者から自警団に渡された仕事であり、過去にも何度かあったらしい。


なぜ自分が選ばれたかというと、この仕事に必要なのは「土地勘」ではなく「土地勘の無さ」である。

土地勘のある、幻想郷を歩きなれた者が調査しても行動範囲が広くなるのは当然である。

今回取りたい一般的な人間のデータとは別の結果になってしまうのだ。

とにかく、喜んで良いのか悪いのかいまいち判断に困るが、白羽の矢は俺に立ったというわけだ。

いや、まあ喜ぶべきかもしれない。

妖怪の賢者が出した仕事というのは伊達ではなく、今までの道中で襲われたことは一度もなかった。

理性のある妖怪には話が通され、理性の無い野良妖怪には圧力がかけられたか。


「人間にしては中々の健脚のようですね?」


ぼんやりと考えに浸っていると、いつの間にか背後には少女が立っていた。

白い法衣に赤い袴、頭には小さな帽子(?)をかぶった、犬耳の少女だ。

彼女は犬走椛、数多の天狗の中でも山の見回りを担当する白狼天狗らしい。

彼女が言うには、妖怪の賢者からの話は来ていたものの念のために確認に出て来たとのこと。


「妖怪には通達していますが、不慮の事故までは責任が取れませんから自重してくださいね?」

「ああ、心得ているよ」


それにしても良い風景だ、これならば良いものが撮れるかもしれない。

そう思った俺は愛用のリュックサックからカメラを取り出す。

WANON2006、販売された当時は世界最強と呼ばれた頑丈なインスタントカメラだ。

幻想郷から流れ着いた後は河童の技術で更に頑丈になったらしく、それを運よく知人から譲り受けたのだ。


俺は自警団の仕事をこなす傍ら、副業としてカメラマンをやっている。

仕事の都合で人里の外を歩くことは少なくないので、人里の中で発行されている情報誌で使ってもらっている。

人里から出ない人たちからは評価が高いようで、応援の投書も僅かながら来ているほどだ。

今回の件は今まで行くことが出来なかった場所にも立ち寄り、編集の方からも期待を受けている仕事だ。


ふと、誰かに見られているような感覚がした。

その視線の主は隣にいた天狗だった。

どうしたかと尋ねてみると、どうやら知人の事を思い出したらしい。


天狗たちは新聞を作っては仲間内で発表し合っているらしい。

幻想郷にどれだけのカメラが流れて来たかは不明だが、中にはカメラを使う天狗がいてもおかしくはない。

しかし、天狗の新聞は外の世界の新聞と違う。

道具屋の店主が言うには「物事を大げさに、面白おかしく、やたらと詰め込んだ大ボリューム」という酷い紙面らしい。

しかし、そんなゴシップ新聞と自分の風景写真を一緒にされるのは気分が良くない。

もし次回があれば、この天狗に自分の写真が載った情報誌でも持っていくべきか。


「あら、こんな所に人間とは珍しい」


不自然な突風が木々を打った。

地面の落ち葉も、根元が弱い紅葉も関係なしに吹き飛ばしていく黒い風。

あまりにも強い風に俺は思わず目を閉じた。

目を開けた時、自分の対面にいたのは黒髪と高下駄の少女だった。


「椛、これはどういうことかしら?」

「人間が入山すると伝えていたはずですが?」


嘘くさい笑顔で尋ねる少女と、棘の見える口調で答える少女。

もしかしたら白狼天狗の彼女からは好かれてない相手なのかもしれない。

しかし、そんな様子はお構いなしに、黒髪の少女は俺の方を見ている。


「はじめまして、文々。新聞の射命丸文です」


文々。新聞、人里においては評価の高い新聞だ。

他の天狗の新聞に比べて内輪のネタに偏らず、概ね事実の内容で、同僚はカフェに置いてあるものを愛読しているらしい。




「ほうほう、貴方は人里のカメラマンさんでしたか」

「小遣い稼ぎの副業だよ」


数分後、俺の横で歩いているのは白狼天狗でなく鴉天狗だった。

最初は「人里からの調査員へのインタビュー」という話だったのだが、互いに写真を撮る仕事に就いていたためか話が弾んでしまった。

結果それに呆れた白狼天狗が「後は任せました」と気怠げに山の方に消えたというわけだ。


それにしても、この天狗よく喋る。

事件と風景、新聞と情報誌、カメラで捉えるものは違うのに彼女の話題が途切れることは無かった。

長き時を生きた天狗なだけあって蓄えられた知性は膨大ということか。

しばらく会話をして程なく別れた二人。

しかしこれが予想外の縁になるとは、この時の俺は欠片も思っていなかった。




「いやぁ~お兄さん、今回も良いのが撮れたねぇ?」


俺の目の前で、馴れ馴れしい口調で話す少女こそ我らが情報誌の編集長である。

いや、幻想郷の少女は外見と内面が一致することが少ないので、意外と齢を食っているかもしれないが。


「何か失礼なことを考えなかったかい?」

「……なぜ、そう思います?」

「経験と直感だよ」


年齢を伏せている割には、自分が年長者だということを隠そうとしない。

彼女の年齢について編集部では暗黙のルールとされているが、ここに通い出した当初は訳も分からず睨まれていた。


「まぁ、君が失礼なことは今更だったね」


酷い言われようだが、数十分近い小言よりはマシだ。

彼女は喜怒哀楽の切り替えが早く、熱されてない話題は良いものも悪いものもスッパリと切ってくれる。

もっとも、こちらが得する話題までスッパリと切るので安心はできないが。


「これからも宜しく頼むよ?」


どうやら完全に鎮静化したようだ。

給料袋と見本誌を頂戴した俺は、これ以上のボロを出さないために退散する。

口は禍の元、この滑る口はどうにかせねば。




「ああ、いらっしゃい」


人里の一角にある貸本屋、鈴奈庵。

別に本を借りに来たわけではないのだが、最近は立ち寄る機会が多い。

ここには幻想郷でもフットワークの軽い者が訪れることが多いのだ。

いくら人里の外を歩くとはいえ、流石にあらゆる景色を把握しているわけではない。

依頼に合致した風景に関する情報を集めるには、どうしても他者との情報交換が必要なのだ。


「また少し待たせてもらうよ」


店番の娘さんに断った俺は、その代金として彼女に見本誌を貸す。

実は、この本の印刷は鈴奈庵によるものではないらしい。

幻想郷縁起といったメジャーな本を印刷しているので気付かなかったのだが、ここ以外にも印刷を請け負う店があるらしい。

そうなると彼女がこの本を入手するには中古として売られるか自力で買うかのどちらかとなる。

そこに偶然、俺がやって来たというわけだ。


見本誌を貸すかわりに情報を入手できる相手が来るまで待たせてもらう。

更に交渉が上手くいかない場合は、彼女からの口添えも期待できる。

実質タダで入手した本一冊の割には特典が多い気がするが、ここは素直に甘えておくべきか。


運が良ければ自分が来る前に情報提供者と出会うことが出来るのだが、今回は待たなければ駄目なようだ。

いつもなら店内の貸本に手を出している所だが今日はやる事がある。

給料袋には給料のほかに前回の情報誌に載せた写真への感想が入っているのだ。


『前回の紅魔館の時計塔がとても綺麗でした』

『湖に反射した双子月の発想が面白かった』

『朝靄の紅魔館がボケてるような気がする』


前回の紅魔館特集はそこそこ好評だったようだ。

技術的な面が追い付いてないのが苦しいが、全く便りがなかった時に比べたら大きな進歩というべきか。

そして時々、感想の中に混じっている物がある。


『妖怪の山の紅葉が見てみたいです』

『森の古道具屋ってどんな感じですか?』


そう、リクエストだ。

人里から出る機会がなかったり、出ることが出来ない者にとっては人里の外を知る貴重な資料なのだ。

流石に全てのリクエストに応えることは出来ないので、リクエストが溜まった場所から順に撮影をしていく方針だ。

妖怪の山は次回に掲載予定なので問題ない。

森の道具屋とは香霖堂の事だろうが、魔法の森のリクエストは少ないので後回しにするか。


「迷いの竹林か、再思の道か……」

「どちらも止めておいた方がいいですよ」

「いや、リクエストが溜まってるんだよ」

「普通の人間では遭難するか、毒に中るのがオチですね」


そんな事は知っているのだが、自分の腕を信用されたのなら応えたいというのが人情というものである。

……ふと考える、俺は誰と話している?

貸本屋の娘さんはそんな声じゃなかったはずだ。

疑問に思ってリクエストの投書から目を離すと、そこには意外な顔があった。


「数日ぶりですね、覚えてますか?」

「射命丸、文?」


自分が忘れられずにいたことが嬉しいのか、鴉天狗の少女は満面の笑みで頷くのだった。

よく考えたら繁忙期って楽だよな

仕事のことばっか考えてればいいもん

転職とか保険とか年金とか何にも考えなくていいもん

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