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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
21/36

ラントーレRe03

うーん、今回はネタ無し

~狐の記憶~


最初はただの人助けだった。

彼の必死な声を聞いた私は咄嗟に腕が動き、あの狼藉者をはたき飛ばしてしまった。

それが原因で彼を気絶させてしまい、その詫びに甘いものを奢ろうとしたら遠慮され、最後は自分の手料理を振舞うことを決め……


全てはそこから始まった。


会話をするのも忘れて料理に夢中になる彼を見て、久しぶりに温かいものが胸の奥に生まれた。

橙の世話をしていた頃は同じような感情を抱いていたのだろうか。

それをもっと欲しくなった私は、彼のもとに通い続けることを決めた。


ちなみにその時の言動は、傍から見れば不自然なくらいに自然を装っているという滑稽な振舞いだった。

柄にもなく、私は恥じらっていたのかもしれない……男の家に通い詰める行為に。




彼の家に訪れる回数が増えていくにつれ、私は彼について情報を集めるようになった。

食べ物の趣向はどのようなものか、職場ではどんな様子なのか、無駄な浪費をしていないか、健全な人付き合いをしているか。

調べによると、どうも彼は記憶喪失の外来人らしい。


これは危なかった。

人里の者たち全部が心優しい人情家というわけではない。

現に彼の金銭は盗まれて、狼藉者のたまり場に逃げ込もうとしていたではないか。

あの場で彼を助けなかったら、彼は本当に干乾びていたかもしれない。

これで良かったのだ。


しかし正直なところ、私はスリに感謝したかった。

奴が彼の財布をスリ取ったことが最初の縁に繋がるのだ。

不幸が幸福の始まりとは悪趣味な縁ではあるが、今はそれに感謝するとしよう。




元が妖獣であった以上、私も鼻が利く。

鼻を鳴らして匂いを嗅ぐなど、あまり行儀の良いものではないので普段は自重しているのだが。

それでも、油揚げを選ぶときや知らない土地を歩くときは自然と鼻を鳴らしている。


彼の匂いも知っている。

直接会わなくても自警団の詰所近くの通りを歩くだけで嗅ぎ分けられるくらいだ。

彼は体を動かす仕事をしている割には土臭くなく、今日は酒の香りが仄かに漂っている。

仕事中に酒宴とは考えにくいので、恐らく昨晩の酒を引きずっているのだろう。

ならば、今日は二日酔いに優しい料理を出すとするか。


そんなことを考えていたら、いつの間にか彼の隣を歩いていた。

彼は自ら相手に語りかけることはしないが、こちらから語りかけたことにはしっかりと答える。

外来人の中には会話することを避ける者もいるので、その真面目な姿勢は良いと思う。


「ひゃはは、お熱いじゃねーか!」


実に不愉快な奴に出会った。

以前、私が叩いた下賤な外来人だ。

確かに多少は感謝しているが、好感などとても持てそうにない男だ。

無視しよう、そう思った私だが奴は気になることを言っていた。


「昨日も姐さんを引っ掛けて……」


誰だ、姐さんとは?

私が知る限り彼の交友関係にそんな親しい女はいなかったはずだ。

彼と別れた後、私は里中に使いをやった。




姐さんと呼ばれていた金貸しの正体は化狸であった。

狸とは人を馬鹿にするために化ける、私にとっては良い気のしない気質である。

しかし、それ以上に彼の居場所に入り込んでいるのが我慢ならなかった。

部屋から、台所から、食器から、玄関から、服から……そして彼自身から奴の臭気が漂ってくる。


臭い、臭い、臭い……

臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い

臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い


「ごぼっ、がぼっ……がばばっ!?」


臭いものは水洗いするに限る。

これで彼も目が覚めて一石二鳥だろう。



~狸の記録~


人里から一人の男が姿を消した。

名前は○○、自警団の一員である。


記憶喪失の外来人で素行は良好、やや無口で無愛想なこと以外は目立った所のない地味な人間である。

交友関係も深く狭くを地で行く男で、軽はずみな真似は滅多にしない。

それ故に自警団の同僚や近所でも心配するものが多いようで、里では小さな騒ぎとなっていた。


あれから三日が経った。

ゴロツキ通りにも手が入ったが成果はなく、恐らく今日辺りにも近隣の森か山への捜索が入るだろう。

だが、見つかりはしないだろう。

なぜなら、儂も探したからだ。

自分で言うのもなんだが、儂こと二ツ岩マミゾウは相応の力を持った古狸である。

その儂が見つけることの出来ないものを、ただの人間たちが見つけられるだろうか。




何も考えずにぶらぶらと通りを歩いている時だった。

そろそろ自警団による捜索隊が里を出るだろうかと思われる時間。

だが詰所の中から聞こえたのは明るい騒ぎ声だった。

それは聞きなれた声じゃ。

騒ぎの中心部にいたもの、それは紛れもない○○だった。


「お前、本当に心配したんだぞ」

「今までどこにいたんだよ」

「いやあ、良かった良かった」


○○は仲間たちに囲まれて質問攻めにあっている。

当の本人も対応しきれないのか、すまない、申し訳ないと同じ言葉をを繰り返しているほどだ。

自警団の誰もが仲間の無事を喜んでいた。


ところが暫くして、仕事に戻ろうかというタイミングで○○が皆を引き止める。


「すまないが、今日限りで仕事を辞めるよ」


あまりにも唐突すぎる言葉だった。

人里において仕事を捨てるということは真っ当に生きる手段を捨てるということだ。

次の仕事が決まってなければ里の外で生きるか、真っ当でない生き方をするかに限られる。

当然、仲間たちは引き止めようとするが○○は簡単に荷物を纏めて詰所を去って行った。




「まて、そんなに急いでどこに行く?」


早足で歩く○○を引き止める。

道のりからして自分の部屋に向かうのは分かっているが、儂には何処か別の場所に消えてしまうのではないかと思えた。


「ここ数日、どこに行っておった?」

「すいません、言えないことになっているんです」

「なら、自警団を止めた理由はなんじゃ?」

「すいません、それも言えないんです」


何を聞いても言えぬ言えぬの一点張り、このままでは埒があかん。

ならばと、儂は少しばかり捻った質問をする。


「八雲藍はどこにいった?」


八雲藍、奴は○○が失踪すると同時に人里に姿を見せなくなった。

別に人里に住んでいるわけではないのだから姿を見せない時があってもおかしくないだろう。

だが○○の周囲にいるもので怪しいのは儂か奴くらいだった。


「藍さまでしたら人里の入口ですよ」


それでも儂の望む答えは得られなかった。

本当に何もなかったのか。

納得のいかない結論だが納得するしかない、そう思った時だった。


「あの、失礼ですがどちら様でしょうか?」


ああ、そういうことだったか。




かくして狐に見初められた男は里の外へと消えていった。

まあ、儂も狙っていなかったと言えば嘘になるが。

だからと言って流石に他人の幸せを奪うつもりはない。


末永く幸せに、心の奥で祝福した儂は残っている借金の取り立てに向かうのだった。

一人称形式で一話中での変更は反則技だと思うのだが、元が短すぎたので伸ばしようがなかった……

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