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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
20/36

ラントーレRe02

八雲藍

九尾の狐に八雲紫が式を被せた幻想郷でも有数の力を持つ妖獣。

性格は穏やかで真面目だが、自分の式である橙を扱いきれなかったり、主人の考えを悟れなかったりと、どこか抜けている面もある。

あれから暫くの時が経った。

彼女は宣言通り、俺の部屋に訪れては色々と料理を作っていく。

油揚げを使った料理は毎回出されるが、全品とか極端な出し方はない。

俺としては普段の食生活がずさんな為に有難く完食させてもらっているが、それが良く見えたのか徐々に料理のグレードがアップしている気がする。


「しかし、なぁ……」

「おや、景気の悪いツラをしてるのぅ?」


気が付けば横にいたのは狸だった。

二ツ岩マミゾウ、いわゆる金貸しである。

個人的には近付きたくない職業だが、彼女は中でも比較的マシな部類である。

暴力に訴えることはなく、理由さえあれば猶予を与え、同業者相手にも顔が利く。

俺自身も同僚から金を借りられなかったら頼む予定だったのだ。


「てっきり干乾びているかと思ったが、存外持つものじゃの?」


意外だった。

それくらいの情報は既に知っているかと思ったのだが、どうやら何も知らないらしい。

彼女にこれまでの経緯を話してみるが、今度は今度で黙り込んでしまう。


「おい、どうした?」

「むう……よし、行くぞ!」


俺はサトリ妖怪ではない。

唐突な事を言われても困るのだが、彼女は強引に俺の手を引いて歩き出す。

待てと言っても止まらず、言わなければ歩き続け、辿り着いたのは裏通りの小さな酒場だった。


「一晩ほど付き合え」

「わけが分からん」

「狐の飯は食えて儂の酒は飲めんというか?」


鬼ではあるまいに店に入る前から酔ったか、良く分からない理由で酒場に押し込められた。

知らない店で飲んでボッタクリだと怖いのだが、マミゾウがそんな詐欺を働くとも思えないので素直に従っておく。




「…………」

「どうしたんだよ、そんなツラして」


昨夜は飲みすぎた。

どれだけ飲んだかは覚えてないが、日付が変わる頃に部屋に着いたのと帰り道でドブ穴に腹の中身をぶちまけたのだけは覚えている。

外の世界で俺がどれだけ飲めたか覚えていないが、恐らくは大して飲めないタチだったのだろう。

少なくとも二日酔いが中々抜けない体質なのは、ただいま身をもって確認中である。


「おい、本当に大丈夫かよ?」

「心配するなら話しかけんな……」


幻想郷で酒を飲む機会は少なくないが、これでも可能な限り自制はしてきた。

それ故に、この二日酔いは過去最大のものと言っても過言ではない。

詰所の奥に引っ込んでいるというのに、寺子屋から出てきた子供たちの声が脳を握り潰してくるかのようだ。


「おい、もう帰っていいぞ」


流石に先輩からストップがかかる。

こんな状態で働かせるくらいなら後日、残業でもやった方がいいだろう。

俺は帰り支度を手短に済ませて入口に向かうが、そこには見慣れた人影があった。


「やあ、近くを通り……どうしたの、顔色が悪いわよ?」


顔色が悪いのは二日酔いのせいもあるが、後ろでヒューヒュー言ってる同僚のせいでもあるだろう。

一方の先輩は同僚と違って、俺と同じように青い顔をしている。

恐らく同僚の方は彼女が誰なのか気付いていないのだろう。


先輩の「さっさと行け」という無言の圧力に押し出され、俺たちは職場を後にした。




「ひゃはは、お熱いじゃねーか!」


実に不愉快な奴に出会った。

以前、藍にぶっ飛ばされて自警団にお縄となったチャラ男である。

屈強な農家の雑用を命じられたチャラ男は自由の身となるために渋々と従っている。

逃げ出そうにも、捕まるような間抜けをゴロツキ通りは受け入れず、かといって人里の外で生きる度胸もない。

最初から程々に真面目に生きていればよかったものの、結果として里でも厳しくて有名な農家の元で生きることとなった。


「昨日も姐さんを引っ掛けて、随分と派手に遊んでるじゃねーか?」


煽るような声色でデカデカと叫ぶチャラ男。

そうでもしないと気が済まないのだろうが、最初に悪事を働いたのはそっちの方だ。

挑発など乗らずに帰るのが一番だ。

俺は極力、表情を変えないように早足でその場を立ち去った。




「ただいま」


部屋に誰かいるわけでもないが、俺は必ず帰りの挨拶をするようにしている。

人里で暮らし始めた時、俺たち外来人は寺子屋の女教師や自警団の者から幻想郷を教えられる。

幻想郷に住む人間以外の隣人について、深い自然の中に潜む危険な領域について、そして人里における人間のルールについて。

その話の合間で聞いた余談であった。


見知った顔のない幻想郷で生きる以上、財を築くまでは外来人用の長屋が自分の領地である。

たとえ誰かが待っていなくても、そこに帰って来た時は必ず挨拶をしろ。

それは自分が自分の居場所に帰ってきたという儀式である。


決して大したことではないが、それでも俺たち外来人は共通してそれを行うようになった。


「……藍、どうした?」

「む、あ、いや……お邪魔します」


藍も俺の部屋に上がるが、その様子は歯切れ悪く感じる。

やはり真面目な彼女にとってチャラ男と出会うのは不快でしかないのだろう。


「…………」


そう思っていたら、藍は部屋の隅々を見回す。

彼女が家に来るようになってからは部屋の掃除を小まめにしていたのだが、その場凌ぎの掃除では流石に元々が分かってしまうのだろうか。


「ひどく……臭うわ」


そこまで言いなさるか。

いや、彼女は妖狐に式が憑いたものだから人間には気付けないほど鋭い嗅覚をしているのかもしれない。

とりあえず俺は障子を開けて風通しを良くすることにした。




「ひどく……臭うのぅ」


流石に連続で言われると気になる。

今度は妖怪狐ではないのだが、金の匂いという言葉があるのだから彼女も嗅覚が鋭いのだろうか。

そんな馬鹿なと思った所で俺の前に料理が出された。


マミゾウ曰く、前に酔い潰した詫びだとのことだが、中々に豪勢なものが出てきた。

川の幸なら居酒屋でも見かけるのだが、幻想郷で海の幸となると稗田の家でもなければ出ないのではないだろうか。

そして料理自体も素材の良さの上に胡坐をかいたものではない、それに見合った腕前で調理されていた。


「どうじゃ、美味いだろう?」

「ああ、大したものだ」


あいにく悪食なので一般的な美味さは分からないが、口に合わないわけではないので美味いのだろう。

刺身、煮物、かき揚げに味噌汁と、モノは様々だが全てが魚介類という豪華っぷりだ。


「いくら詫びでも少し豪華すぎないか?」

「なに、知り合いからの頂き物じゃて」


こうも豪華だと背筋が寒くなってくるので、つい聞いてしまった。

どちらの知り合いか気になるが、アチラの知り合いだったら嫌なのでそこは伏せておく。


「ところでお前さん、八雲の妖怪狐とは随分と仲が良いようじゃの?」


この手の話をされるのも久々である。

最初は職場の同僚や大通りの露店で何度も言われたが、人の噂も何とやら。

ここ最近はすっかり慣れたのか、誰も尋ねたり彼女を崇める様なことはしなくなった。


「随分と今更な事を聞くな?」

「まぁな、それより気を付けることじゃな」

「何がだ?」

「狐とは嫉妬深いものじゃ。此方はちぃっと仲良くしたつもりでも、向うはそう思っていないかもしれんぞ?」


マミゾウはドスの効いた声を出す。

彼女がこんな声で話すときは端からふざけているのか、それとも本気で警告しているかだ。

だが、俺には藍が俺に対してそんな感情を抱いているとは思えなかった。

互いに打ち解けたとはいえ、聡明で理知的な彼女のスタイルは変わっていない。

俺は話半分に聞きながらマミゾウの料理を完食した。


ちなみに残った煮物の汁は飯に混ぜ込み、立派な味付けご飯にさせてもらった。

魚の生臭さを消しつつもショウガの臭みを感じない絶妙な味付けである。

インフルくらって月曜日からダウン中……

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