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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
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スズトーレRe02

鈴奈庵

幻想郷の人里にある貸本屋で、本の貸し出しから販売、製本まで手掛ける。

阿礼乙女によって記された幻想郷縁起の依頼も受けている。

両親と一人娘の小鈴の三人で切り盛りしている。

暗い鈴奈庵に灯る光。

LEDの明かりに比べたら数段劣る、外の世界では博物館ものの手持ち式ランプだ。

薄暗い明かりに浮かんだ顔、それはこの店の一人娘だった。


「いらっしゃい、どうかしましたか?」

「いや、こんな遅くにすまない……寄るつもりはなかったんだが」

「うふふ、あなたならいつでも大歓迎ですよ」


軽く酒にでも酔ったかのような声だった。

屋内灯すら消えた中で見る彼女の顔は幼さを削がれ、艶のようなものまで見えた。

違和感に気付いたのはその時だった。

急に「何かがおかしい」という気がしたのだ。

その何かが何なのか良く分からない理由なのだが、確かに感じたのだ。

もっとも何故かこの場から退出することが出来ず、喉に小骨が引っ掛かったような感覚で彼女との会話は続いた。


「今日は本を返してくれないんですね?」

「すまない、他からの仕事が続いてたんだ」

「最近、会話も少なくて寂しいですよ?」

「すまない、なかなかやり甲斐のある仕事で……」

「私とのお話は退屈ですか?」

「すまない、そんな意味で言ったわけじゃないんだ」

「○○さん、謝ってばかりです」


なんでそんな話になっているんだ、まるで痴話喧嘩か何かじゃないか。

そもそも、粗相をしたばかりの自分がこんな場所で話せる状態か。

だが先ほどに比べて体の調子は悪くない。

むしろ、ひと眠りした後のような清々しさと落ち着きまで感じる。


「お体のほうはどうですか?」

「ああ、平気だ」

「お洋服は汚しませんでしたか?」

「大丈夫だ、臭いもないと思う」


以前から思ってはいたが、よく気が付く娘だ。

自分が必要とする本をあらかじめ用意してくれたり、自分の好みに合わせて珈琲を出してくれたり。

よく注意してみれば机の上には手拭いらしきものが見える。

夜遅くに来た俺を心配して……


「なぜ、知っている」


よくよく考えたら奇妙な話だった。

確かに鈴奈庵には外来本が多数揃えてあるが、どれが談義の題材かは俺と阿求にしか分からない。

俺が珈琲党なんて話した覚えはない。

むしろ人里では茶に比べて割高なため、人里で生活を始めてから飲むことを避けていたほうだ。

それこそ俺が嘔吐した話なんて、どうやっても知りようがないはずだ。


「私はあなたのことなら何でも知っていますよ」


媚びたような、甘えたような、湿気を持った色気のある声が響く。

童女というほどでもないが女と呼ぶには遠い、少女のものとは思えない声色だ。

俺の知っている小鈴とは違う何か……もし狸が化けたと言われたら納得してしまうだろう。

今宵は狂気の満月か、あるいはスキマの仕業か、いつもと違う何かが空間を歪めているのではないかと錯覚する。

しかし、それでも俺の足は動かなかった。

この期に及んでなお、この場所に留まりたいと駄々を捏ねているかのようだ。


「すてきな本を手に入れたんです」

「お店に置くつもりのない、大切な本なんです」

「屋根裏の私の部屋に大事にしまいました」

「でも、あなたにも読んでほしいんです」

「これから二人で本を読みましょう」

「読みにくい文字でも私がいれば平気です」


「私があなたに読み聞かせしてあげますから」




「……とまあ、こういった事があったのさ」


俺は妻との歴史を語り終えた。

あの運命の夜からしばらくして、鈴奈庵の若旦那は誕生した。

そう、言ってしまえば俺は婿養子という訳だ。

若旦那というがお義父さんに比べて若いという程度で、俺と妻との年齢差は結構な開きがあった。

まあ、俺たちの愛は不変のものなのだが、裏があると疑う者がいるようだ。

例えば目の前の女教師のように。


「なんだ先生、信じてないね?」

「彼女との付き合いは短くないからな、あの子がそれほど情愛に執着しているとは思えん」


失礼な、彼女は見た目に違わず一途で可愛らしい娘さんだ。

目の前の教師は子供を見る目が無いと思う。

彼女の名は上白沢慧音、半人半妖の歴史家。

普段は人里の寺子屋で子供たちに勉学を教えているのだが、そのせいか生真面目で融通が利かない所がある。


「あなた、ご飯が出来ましたよ」

「ああ、今行くよ……先生、食べてくかい?」

「む、私が?」

「今日はお義父さんもお義母さんもいないんでね」


ならば不埒な真似をしないように見てやろう、と言われた。

本当に失礼な、二人の齢の差くらい分かっている。

彼女がそういった時期になるまでは傷付けないようにしているつもりだ。

珈琲を飲みながら長々と話していたので花摘みにでも行くとするか。




戻って来たら女教師が面白い顔をしていた。

いや、白というよりは青い顔に見えるのだが。

今日は鍋なのだから、もう少しはしゃいでも良かろう。

幻想郷で水辺の幸は川のモノが大半なのだが、今日は奮発して海の幸である。

それにしても妻の料理は美味い。

普段はお義母さんの味付けなのだが、二人きりの時に出て来る赤出汁は滅多に味わえない逸品だ。

もし、彼女が貸本屋の娘でなかったら料理人の道を歩むのではないだろうか。


「……すまない、やはり失礼する」

「なんだ、好き嫌いはよくないぞ?」


まあ、帰るというなら止めはしないが。

二人きりになった俺たちは談笑をしながら鍋をつつく。

俺が魚を皮ごと食べたら彼女は「腹に良くない」と注意して、彼女が杯を求めたら俺が「飲みすぎだ」と止めて……

曖昧な記憶の外の世界にも、明確な記憶のある自警団時代にもなかった、そんな細やかな幸せ。

そうだ、きっと俺はこの場所を目指して生きて来たのだろう。


互いに飲んだ後なので、のぼせないように気を付けながら風呂に入る。

洗い物なんて明日に放り出してしまえばいい。

今夜は誰もいないので少しばかり夜更かしをしよう。

小鈴と寄り添う鈴奈庵の屋根裏こそが俺たちの本当の居場所だ。


二人で毛布に包まって、同じ本の世界を夢見よう。

こういう寒い日こそ素敵な彼女と布団の中で……いねーやい、そんなん

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