ラントーレRe01
ゴロツキ通り【オリジナル】
人里でも不良、悪漢、ならず者が行き付く場所。
人里でも悩みの種ではあるが、無ければ無いで悪人が里中に拡散してしまうという問題も抱えている。
稗田家をはじめとする里の有力者からの命は辛うじて聞く。
「はっ、はっ、はっ……!!」
「こンの……待てコラ!!」
走る走る、夕方の混雑した通りをひたすら走る。
追うのは俺、追われるのは前方のチャラ太郎。
悪くないのは俺、悪いのはスリのチャラ太郎。
数日前に俺の財布をスリ取って、数日ほど飢えた末に限界が来て、仕方なく同僚から借りた金をスリ取った奴は金髪ピアスのチャラ太郎に決まっている。
だが、この追跡劇にも終わりが近づいていた。
数日ほどまともな食事をしていない俺の腹は、空腹すぎてキリキリと痛み出している。
痛みはハッキリと分かる癖に頭はフラフラと揺れ、少しでも足の出し方を間違えれば傍らの人混みに突っ込みそうになる。
「ひゃはっ、ははははっ!」
あのチャラ男には見覚えがある。
俺と同様に結界の外からやって来た外来人だ。
ただし、出身以外は同種と見られたくない輩でもある。
ロクに働かず、何かと暴力をふるい、稼ぎの手段は脅しとスリという。
恥以外の構成物質を見つけたらノーベル賞間違い無しの、人類の恥さらしである。
「この……スリ野郎が!!」
せめてもの悪足掻きに怒鳴りつけてみるが虚しいだけである。
妖怪たちに怯えるからこそ団結力の強い人里だが、そこからはみ出した者はいくらでもいる。
恐らく、財布の中身は嗜好品や娯楽品に変えられるので、問い詰めても取り返すことは出来ない。
強制労働をさせようと思っても、やくざ者が集うゴロツキ通りに逃げ込まれたら働かせようがない。
ほとぼりが冷めるまで何日でも逃げ込むだろうし、また追いかけてもUターンするだけだ。
ああ、悔しいな。
やり場のない怒りはあるのに、それを晴らせる肉体は動きようがない。
道の先を見れば、奴はゴロツキ通りの入口に差し掛かろうとしていた。
あの金髪の女の横を過ぎればすぐだ。
すぱこーん
その時、小気味のいい音が響いた。
次の瞬間、チャラ男は格ゲーの敵キャラみたいに盛大に吹き飛んでいた。
ザマぁ見ろと言ってやりたいくらいだ。
ただ、一つだけ不満もあった。
チャラ男の落下予測地点は立ち止った俺の真上である、という所だろうか。
「いやあ、申し訳ない。まさか人がいるとは思わなくて」
目の前にいる金髪の美女は深々と頭を下げた。
気絶したチャラ男から財布を取り戻し自警団に引き渡した俺だが、奴をぶん投げて縛り上げたのは俺ではなかった。
とりあえず礼の一つでも言っておこうと思った……のだが、俺はあることに気付いた。
これでも自警団の一員である以上、人里に来訪する妖怪のことは把握しているつもりだ。
中国の道士のような服装、獣の耳のような帽子と金髪、背後に見える無数の尻尾。
「八雲、藍……?」
「ああ、どこかで会ったかしら?」
会ってない、会ってないが知っている。
人里では妖怪に対する知識を深めるために、多くの者が一度は幻想郷縁起を目にしている。
幻想郷の賢者たる八雲紫の式にして幻想郷有数の妖獣、それが八雲藍である。
その正体は九尾の狐とされ、伝説の妖怪に八雲紫自らが式を憑けたのだから、その実力は人智に計れるものではないだろう。
「あれって八雲の妖狐さまだよな?」
「おお、ありがたやありがたや……!」
目の前の出来事に呆けていたら人が集まってきた。
妖狐といえば傾国の美女として玉藻前や妲己などの悪いイメージもあるが、同時に平安の吉兆や幸福の象徴として信仰の対象ともなっている。
彼女は人里に訪れる妖怪の中でも人格良し、実力良し、見た目良しの三重○である。
当然、里の中には彼女を信仰する者もいた。
流石に人が集まりすぎたと感じた俺は、彼女を連れて近くの茶屋へと移動した。
どうしてこうなった。
いっその事、大声をあげて踊り出したい気分であるが変人のレッテルを貼られるのもアレなので止めておこう。
目立つのを避けるために茶屋に入ったのはいいが、よく考えたら茶屋にも人はいた。
むしろ屋外より距離が近いだけ彼女が目立ってしまうので、ある意味逆効果になってしまった。
流石に堂々と拝むような人はいないが「ありがたい」だの「めでたい」だのヒソヒソ話が聞こえてくる。
しかし、彼女もなかなかタフだ。
そんな静かな騒ぎの中心人物であるにもかかわらず、平然と団子を頬張っている。
あえて耳に入れないのか、それとも素で気付いていないのか。
「どうした、食べないのか?」
こんな状況で喉を通るか。
目の前にはわらび餅が置かれているが、緊張のあまり口に運ぶことが出来なかった。
現状を抜け出す手段を考えるものの、現状を抜け出そうとしてこんな状況になったことを考えると迂闊な真似は出来ない。
「先刻の詫びなのだから支払いなら気にしなくてもいいわよ?」
「いえ、最近ロクなものを食べてなかったもので……」
嘘だ。
確かに胃はキリキリと痛むが、餡子たっぷりな汁粉でもモナカでもないのだから食べようと思えばどうにかなる。
だが、このまま彼女と一緒にいては何か大きなボロを出してしまいそうで気が気ではない。
やや意地の悪い返し方だが、流石に弱った相手に食べさせるほど無神経でもないだろう。
この埋め合わせは次回ということで……そう思った俺が甘かった。
「……~♪」
「…………」
気が付けば俺の部屋の炊事場にて、九尾の狐が鼻歌を歌いながら料理をしている。
彼女は無神経どころか気のきく女性であった。
具体的にいうと、俺の弱った体を心配して手料理を振舞うくらいに。
「さあ、召し上がれ」
見事な手際の良さで、あっという間に完成した。
流石にここまで来て逃げるわけにもいかず、開き直って有難く頂くことにする。
「…………む?」
「特製の油揚げ粥よ」
彼女が油揚げを買っている場面は、人里でも珍しくない光景だ。
それほど好物なのだから、それに関するレシピも豊富なのだろう。
美味い、素直な感想を述べると彼女は満面の笑みを浮かべた。
真面目で礼儀正しい第一印象からは想像のつかない、幼子のような愛らしさの見える笑顔である。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした、よく食べたわね」
使われている食材は油揚げだというのに匙は早々と進んだ。
病弱設定はどこへ行ったのやら、気が付けば三杯目まで頂戴していた。
しかし、それについて言われることはなく、むしろ母性を感じさせる温かい表情をしていた。
「くすくす」
「あの、なにか?」
「いや……昔のことを思い出すな、と」
昔……誰か大切な人と別れたのだろうか。
興味がないと言えば嘘になるが、だからと言って尋ねるのは無礼すぎる。
「昔は橙によく作ってあげたんだけど、最近は飽きられたのか食べてくれないのよ」
子供の話らしい。
いや、子供とは限らないが、それでも似たような話か。
「やはり完食されると嬉しいものね」
「ええ、そうでしょうね」
私的に料理を振舞うことはないが、自警団の仕事の一環として仲間に夜食を出すことはある。
料理に対する向上心があるわけではないのだが、それでも残さず食べて貰えると悪い気はしない。
まあ、自警団の大半はむさ苦しい野郎なのだが。
「決めた、また私の手料理をご馳走してあげよう」
聞いてねーよ。
お父さんお父さん、トラブルがめっさ来てるよ
落ち着くんだ坊や、人生はそんなもんだ