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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
17/36

パチェトーレRe02

パチュリー・ノーレッジ

紅魔館の大図書館に引き籠りながら読書にふける魔女。

先天的な魔法使いで、幻想郷でも最多種のスペルカード保有者。

「あーくそ、ようやくここまでか」

「はい、ご苦労様」


やっとの事で散らばった残骸を集めた俺は、背後から突然に声をかけられて驚いた。

背後にいたのは時を駆ける従者だった。

怪奇現象や大騒動は慣れてきたが、未だにこれだけは何度やられても驚いてしまう。


「……というか、あんたが手伝ってくれればもう少し早く終わったんじゃないのか?」

「あら、女性に重いものを持たせるのは紳士的とは言えませんわね?」


ナイフを何十本も投擲するような体力はあると思うのだが、言ったところで口では敵いそうにない。

無駄な問答をして体力を消耗するのも癪なので、さっさと作業に戻るとするか。

瓦礫は集めたら集めたで今度は纏めてゴミに出さなければならない。

ホフゴブリンも手伝ってはくれているのだが、今回は範囲が広すぎるためにこちらまで手が回ってこないようだ。


まさかファンタジーな魔法図書館まで来て瓦礫の片付けをするとは思わなかった。

瓦礫を重ね、束ね、括った後に紐を切る……切る?

俺はポケットを探すが刃物は無い。

続いてテーブルや周囲を見回すがやはり無い。


「はい、ナイフでいいかしら?」

「ああ、ありがとう」


流石というべきか、彼女から借りたナイフはよく切れる。

荷造り用の紐ゆえに触れて分かるほど硬いはずなのだが、このナイフの前にはビニール紐でも切っているかのようだ。

しかし使っている途中で気付いたのだが、彼女が渡したのは鞘付きの綺麗なナイフだ。

俺には装飾とか芸術とかは良く分からないのだが、少なくともチープな安物でないことくらいは分かる。

……そんな代物を使っていいのだろうか。


そうこうしている間に瓦礫の束が完成した。

流石にこれを運ぶのには無理があるので、途中で投げたようにも見えるがホフゴブリンに任せておこう。


「そうだ、ナイフありがと」

「持ってなさい、全くの丸腰もないでしょう?」


失礼な、とは言えなかった。

本来の目的は美鈴との手合わせなので武器は持ってきたが、長柄の棒を屋敷の中に持ち込めるわけがない。

しかし、せめてもう少し安価で手荒に扱っても気にならないナイフにしてほしいものだ。

……と伝えようとしたが彼女の姿はそこに無かった。


「次に会ったときに返せばいいか」


しかし思わぬところで時間を食ってしまった。

腕時計に目をやれば、そろそろ夕食の時間だ。

地下図書館の探索は夕食までと決められているので次の作業は明日となる。

紅魔館において俺の立場は賓客らしく、食事は必ず同席することになっている。

ご丁寧なことに、お嬢様方は俺の着席を待ってくれるので遅れたら厄介なことになるのは間違いない。

諦めて食堂に向かおうとした、そのときだ。


「ん……こんなんあったか?」


俺の目の前には一冊の本が置いてあった。

瓦礫を片付けている最中には目に入らなかったが、熱中している間に棚から落ちて来たのだろうか。

ハードカバーで重量感たっぷりの古そうな本だが妙に惹かれるものがある。

まあ、今までの経験からして俺が読めるような本ではないのだが。


「…………」


読めた、読めてしまった。

いつもの英文や古代文字のようなわけの分からない文字でなく、ごく普通の日本語が記されていた。

しかも珍しいことに、俺が読めるにも拘らず内容は魔法に関することだ。

何かの魔道書の日本語写本ということか。

そこまで考えて、俺の脳裏に後ろ暗い考えが浮かんだ。




「そっちに行ったぞ、気を付けろ!!」


木々の奥から叫び声が聞こえてくる。

この季節は食料を狙って山から下りて来る妖怪や獣が多いのだ。

新人と呼ばれるには経験が増えてきた俺は、俺より経験の浅い後輩を連れて山道の入り口を固めていた。


「俺が盾で止めるからお前達で刺せよ」

「う、うっす!」

「わかりました!」


突っ込んできた敵の足を先輩が止めて後輩が止めを刺す、これは自警団でよく使われている新人研修だ。

今回のような山狩りは比較的易しいために新人の訓練にされているのだ。

そう、易しい相手だったはずだ。


「○○さん!!」


背後から何かがぶつかり、俺は肺の中身を一気に吐き出した。

その勢いのままに倒れた俺の上にはぎらついた目をした妖獣が立っていた。

咄嗟に俺は妖獣の顔面を両手で抑えるが、敵はそれを振り払おうとする。

そう、俺の喉笛を食い破るために。


「……っ、ぐっ!!」

「ぐっ、ぎゃっ、がぅっ!!」


先輩も後輩も、俺の同僚が助けに入ることはなかった。

長いように思えたが、どうやら短い時間だったのだろう。

敵の力は一向に衰えないのに、俺の腕には限界が来ていた。

「諦めてはいけない」「希望を捨てるな」というお決まりの文句に対し俺は「無茶言うな」と返したい。

本当に命の危険が迫った俺の頭の中は、自分でも呆れるほど余裕があった。


ぼかん、と目の前で何かが弾けた。

肉を黒焦げにしたような嫌な臭いが漂い、目の前には頬肉の抉れた妖獣が転がっていた。


「しっかりしろ、大丈夫か!?」

「先輩、しっかりっ!!」


妖獣の涎や砂利で汚れた俺に駆け寄ってくる同僚たち。

火矢や火薬の類でも持ってきたのか、と尋ねるが皆一様に首を傾げた。


「やったのはお前だよ」

「湖の屋敷で魔法を覚えて来るなんて、大したもんだよ」




それにしても素晴らしいものだ。

目の前に広がる光景は、俺が一生かかっても見られないだろう。

いや、訂正する……見られな「かった」だろう。


「凄いじゃないか!」

「お前がいてくれたら里の守りは完璧だな」


同僚たちから称賛の声をかけられる。

他人から褒められるのはとても懐かしい気がする。

何だか恥ずかしく感じるが、同時に嬉しくもある。


ああ、これこそが俺の為すべきことだったのだ。

俺は妖怪の死骸の後始末を同僚に任せ、軽い足取りでその場を立ち去った。

この力は人里のために、平和のために、俺のために使われるべきなのだ。


もっとだ、もっと自分の力を高めたい。

そう思った俺は貸本屋の鈴奈庵に来ていた。

魔力を強化する方法でも、新しい魔法でも何でもいい。

より多くの声を得るためには実力をつけることが一番なのだ。


「わっ、すごい勢いですね」

「ああ、すまん。散らかしたか」

「いえいえ、破ったり汚したりは困りますけど……」


しかし、思ったような本が見つからない。

貸本屋に置いてあるのは普通の本ばかりで、魔法に関する本に見えてファンタジー小説の設定資料なんて詐欺もある。

やはり人里にある物は人に扱えるものということか。

適当なところで切り上げた俺は大通りの露店を廻ることにした。

露店の中には無縁塚から漁ってきたものを売りに出している店もある。

結界が綻んで外の世界の物が入ってくるなら、魔界や異世界の魔法の品も入っているかもしれない。

だが、善は急げと足を進めた時だった。


「よう○○、今日は吸血鬼の屋敷に行かないのか?」


そうだ、あそこがあったじゃないか。

幻想郷における知の宝庫、書の迷宮、紅魔館は地下図書館。

もとはそこから魔道書を引っ張り出したのが始まりなのだ。

そこに何もないはずがない。


「○○、もうすぐ夜になるぞ!」


知ったことか、邪魔な妖怪は蹴散らしてやればいい。

何なら帰る際には粗方、掃除してきてやる。




素晴らしい、まさに宝の山とはこのことだ。

高い天井にまで届く本棚には数十、数百と書物が収められていて、その一冊一冊が本物の魔法の本だ。

ページを捲るたびに実感する、満たされるという感覚。

俺は次々と本を読破し、気付けば手近な本棚を全て制覇してしまった。

しかし俺の飢えは未だに満たしきれていない。


新たな本棚は無いか。

既に知っている内容ではなく、俺の知らない内容が記された本は無いのか。

そうやって図書館を彷徨っている間に、俺は馴染みのない通路を見つけた。

俺には分かる、この先に目当ての本があるということが。

歩みを進めるにつれて期待は高まるが、そこであることを思い出す。

ここの魔女に言われたことなのだが、果たして何だったか。


「「ここある本は貴方の手に余るものだ」」


ああ、そう言えばそんな感じだったような……そんな事はどうでもいい。

目の前にいる魔女、それが俺の邪魔をするかどうかで話が変わる。


「どけよ、俺は今ものすごく本が読みたいんだ」

「どかないよ、ここの蔵書はあんたみたいな無礼者が読むものじゃない」


ボウっ、と俺の腕から弾幕が放たれる。

だが魔女は易々と避けてしまった。

いくらひ弱な魔女とはいえ、弾幕ごっこには一日の長があるということか。


「そこの凡俗、私の書庫で暴れるな」

「そこの魔女、俺の探求の邪魔をするな」

「火符『アグニシャイン』!」

「水符『ベリーインレイク』!」


魔女から放たれる赤い炎と俺から放たれる青い水流。

二つの光は正面からぶつかり、激しい爆発へと変わった。

咽る様な白い煙が晴れるが意外にも、目の前の魔女は顔色一つ変えなかった。


「へえ、驚かないのな?」

「あんたの行動と本の内容からすれば予想はつく」


魔女の言う通り、俺は本に書かれている魔法を習得した。

普通の魔法から幻想郷で多く使われているスペルカードまで。

人里の中にも妖怪退治を生業とし、中には魔法を使うものもいるが、恐らく今の俺ならそれ以上の魔法を使えるだろう。

そして……


「そこをどけよ、俺がもっと多くの魔法を得るために!」

「聞き分けが悪いわね、どかないと言ったはずよ」

「木符『グリーンストーム』!」

「土符『レイジィトリリトン』!」


今度は俺の竜巻が先に魔女を襲うが、敵はあっさりと泥の壁で防いでしまった。

まあ、その程度で終わらないことも予想している。

今日の俺は機嫌がいいのだから、そんな手間も楽しいショウ気分だ。


「まったく、手癖の悪さは鼠並みね」

「褒め言葉としてとっておくよ」


俺は自警団で使っている槍を構えて飛びかかるが、穂先は魔女の持っている本に防がれてしまった。

防火防水その他の中には防刃も入っていたのだろう。

二発、三発、次々と攻撃をいれていくのだが魔女に届いた攻撃は無かった。

訂正する、ひ弱でも何でもないじゃないか。

恐らく魔法で補強しているのだろうが、魔法の力を得るまでは槍を振っていた俺と同等の動きをする。


「金符『シルバードラゴン』!」

「金符『メタルファティーグ』!」


俺は竜を思わせるかのような激しい鋼の弾幕を打ち出すが、魔女の方は最小限の鋼の破片で全てを防いでしまう。

ここに来て、はじめて敗北への不安が生まれた。

俺が今まで放った弾幕と魔女が放ってきた弾幕では、五行において俺の方が相性の良いスペルだ。

それでいて相殺されるということは、俺の力量が劣っている証拠だ。


「くっ、土符……っ!?」


突然、視界がぐにゃりと歪む。

立ち眩みのような、風邪をひいたかのような、あんな感じの脱力感が全身を襲った。

俺はその感覚を初めて味わったが、それでも漫画やアニメの中では知っていた。


「魔力、切れ……!」

「考えもなしに撃てばそうなるわ」


やはり魔女は顔色一つ変えず、今度は俺に近付いてくる。

ヤツの手にあるお札のような護符のようなカード、俺の本能はアレを危険なものと感じている。

やばい、やばい、やばい、一歩近付くたびにアレから放たれる威圧感が俺の心を押し潰そうとする。

しかし魔力が切れたら体も動かなくなるのか、腕一本も動かせそうにない。


「まったく、余計なものに手を出すからそうなるのよ」


魔女は俺を見下すような表情をしている。

この体にもう少し魔力があれば立場は逆転できたかもしれないのに、苛立ちばかりが募っていく。

他所から持ってきたものには限りがあるということか。

だが、そこまで来て俺に一筋の光が見えた。


「そうだよ……他所から持って来れば!!」

「きゃっ!?」


凡俗の体でも死ぬ気でやれば動くものだ。

渾身の力をつけて立ち上がった俺は、勢いのままに忌々しい女を押し倒した。


「どうせ消されるなら最後くらい楽しませろよ」


ああ、可笑しくて可笑しくて笑いが止まらない。

あの不愛想な魔女の体で楽しめるかと思うとfu、気分が良くて興奮zaしっぱなしだ。

ダブつkeいた上着に手をかruけ一気に引きはがnaせば、白くて華奢daな肩が見えmaた。

この期にre及んで魔女の表情はku変わらないが、すぐsoに苦痛か快ya楽の表情roに変えてuやるさ。


「あら、ちゃんと出て来られたじゃない」

「え……あれ……?」


俺は間抜けな声を出してその場にうずくまる。

腹からは刺すような痛みが響き、呼吸もロクに出来ず、目元からは涙が滲んでいた。

歪んだ視界の大半を占める図書館の床には真っ赤なナイフが落ちていた。

それはメイド長のナイフに似ているが、刀身まで赤いナイフは見たことがない。

しかし、ナイフが落ちている場所の周囲が赤くなっていることに気付いてようやく理解する。

俺が俺を刺したのだ、と。


腹はジンジンと熱くなっているのに指先はガタガタと冷えていく。

流れ出した血液は命と同時に熱まで持っていくのか。

薄れゆく意識の中で最後に見たのはパチュリーの顔と、彼女の後ろに立つ美鈴の姿だった。

食事とか睡眠とかいらないなんて地味に羨ましい種族だ

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