パチェトーレRe01
大図書館
紅魔館の地下にある広大な図書館。
既に膨大な書物が貯蔵されていて、さらに幻想入りした書物が勝手に増えているらしい。
なお、ヴワル魔法図書館とは楽曲名であって図書館の名前ではない。
「ぉぉぉおおおっ!!」
「ふっ、はっ、はいっ!」
俺はひたすら槍を打ち込むが、相手は易々と受け流していく。
まともに当たるとは思っていなかったが、あそこまで綺麗に流されたら流石に泣きたくなってくる。
だが、本当に泣きでもしたら涙で次に来る反撃の拳が見えなくなるだろう。
攻守は逆転し、今度は自分が守る側になる。
一発、二発、三発、最初はどうにか防いでいくが次第に攻撃のスピードは上がっていく。
音ゲーやテトリスの高難易度とでも表現すればいいだろうか。
辛うじて軌道は読めるものの、目の情報に手の動きがついていかなくなる。
刹那、軽快な音とともに衝撃が響く。
右の頬に鈍い熱を感じ、体から何かが抜けたような感覚がした。
それも僅か一瞬の出来事で、気が付いたら俺はぐったりと寝そべって空を眺めていた。
「お疲れさま、大丈夫かしら?」
「……ああ、大丈夫だ」
ただの一般人には分からないが、どうやら「気」というやつで殴ったらしい。
盛大に吹き飛んだのにもかかわらず歯が折れるどころか大した腫れもないのは、そういったカラクリである。
時間にして一分が経ったかどうか、紅魔館の厚い門は動くどころか欠ける様子もなかった。
紅美鈴、彼女こそ紅魔館の門番である。
「たかだか人間相手に動かせるような門だったら、とっくにお役御免よ」
「しかし、だなぁ……」
紅魔館のパーティーで自分が人里の自警団であると話した際に、たまたま同席した彼女が話に食いついたのが始まりだった。
最初は軽く手合わせをしたつもりなのだが、欠片も敵いそうにないところがスポ根魂に火をつけたらしい。
「自警団なら実力が上がって困ることはない」と、以降は毎週のように槍と拳を打ち合っている。
「いやあ、惜しかったね?」
「どこが惜しかったのやら……」
紅魔館の浴室を借りた後、俺はベランダの茶会に呼ばれていた。
遠慮していたのは初めのうちで、今となっては夕食まで頂いている状態だ。
目の前で笑いながらクッキーをかじるのは紅魔館の主、紅く幼い姫君である。
これで俺が敵わなかった門番を上回る力を持っているというのだから、世の中どういったモンか分かったものではない。
ちなみに美鈴は汗一つかかずに門番を続けている。
「最初は一度目で吹っ飛ばされていたのに、今では受け切って反撃まで出来てるじゃない」
先攻は美鈴が打ち込み、後攻で俺が打つ。
確かに攻防にはなっているのだが、美鈴の二度目の打ち込みから先に進むことが出来ない。
こちらの一度目の打ち込みで仕留められたらいいのだが、恐らく今の段階でそれは無理だろう。
「結局は基礎不足ということか」
「相変わらず汗臭い話ね」
この場に無かったはずの声に驚いて振り向く。
レミリアほど小さくはないが、それでも少女としては小柄な体躯。
元々が華奢だからこそ広がって見える、ふわりとした服装。
床に届きそうなロングヘアは艶がなく、光すら呑みこみそうなシックな紫。
その肌は病的に見えながら、なぜか魅了されそうな白。
パチュリー・ノーレッジ。
人里に、竹林に、何処とも知れぬ場所に、幻想郷には数多の賢者がいる。
そして彼女もまた、紅魔館の賢者である。
「いい暇潰しだと思うけどね?」
「一方的にやられてるようにしか見えないわ」
どうやら、俺の必死の修練も彼女たちにとっては活劇か何かにしかならないのだろう。
「それより、用事が終わったなら図書館の仕事を手伝ってちょうだい」
彼女は席にも着かずに言い放つが、それはいつものことである。
紅魔館には妖精メイドやホフゴブリンなど多くの手があるのだが、彼女を満足させる人材というのは少ないらしい。
人間とは言え多少の学があり真面目に働く、俺はそんな人材に該当するようだ。
多少、持ち上げすぎな気もするが。
とにかく、俺は城主に軽く断って地下の図書館に向かうのだった。
「3冊目……『ホントはいけない間違った一般常識』と」
俺は新たに入手した本をカバンにしまい込む。
ここでの俺の仕事は本棚と目録を照合し、外れた本を新規入荷品として持ち帰ることだ。
持ち帰った本はパチュリーが内容を確認した後で、分類に沿って本棚に追加される。
紅魔館の大図書館は蔵書が勝手に増えていくという。
内容は雑多、魔道書から外の世界の書物から果ては同人誌まで。
この膨大な書物の管理、最初は小悪魔や妖精メイドにやらせていたようだが、作業内容と性格の不一致か思いのほか効率は宜しくなかったらしい。
次は新しく来たホフゴブリンに任せてみたのだが、読めない文字があるという根本的な問題が発覚した。
そして最後に収まったのが俺である。
勿論、魔法の書物に関しては触れることが出来ないが、それ以外の外来本なら話は別である。
妖精やゴブリンに対して作業スピードは落ちたと聞くが、確実な結果を残せているとうのが俺への評価だ。
昼過ぎから夕方にかけて、新たに発見された本は3冊。
連休二日目は朝から昼まで作業を手伝うつもりだが、せめて10冊以上は見つけたいものだ。
弾幕ごっこが出来ない俺なりのスコアアタックである。
「パチュリー、ここに置いておくよ」
「ええ、ありがとう」
書斎に籠っているパチュリーの言葉は簡素である。
彼女が一度、本を読みだすと大抵はこうなのだ。
部屋の外に出れば多少の人付き合いもするが、彼女の世界で周囲に見えるのは本しかない。
侵入者でも暴れたら図書館の防衛に向かうのだが、そうでもなければ食事も睡眠も捨てて本を読み耽る。
仕事に一段落ついた俺は予備の机で本を広げる。
自分が読書家だった記憶はないが、娯楽の少ない幻想郷において読書ほど気軽に楽しめる娯楽はない。
この時間はメイド長が夕食時を告げるまで続くのだった。
「おお、実に仕事熱心じゃないか」
「そんな君は泥棒熱心じゃないか」
この日も追加蔵書を調査していると、モノクロでブロンドな鼠に遭遇した。
幻想郷において有数の知名度を誇る魔法使い、霧雨魔理沙だ。
彼女と会うのは初めてではないが、ここで遭遇するのは初めてじゃないだろうか。
「探求心に心躍る冒険者は、外の世界では滅んだのか?」
「滅んじゃないと思うが、お前が心躍るのは別の理由だろ?」
「酷いぜ」
彼女は魔法の森で何でも屋を営んでいるらしいが、その肩書は口の上でコロコロと変わる。
冒険家だったり、探検家だったり、歴史家だったり……もっとも、職業ごとに行動が変わることは無いのだが。
「あまり長々とうろついていると、またパチュリーから睨まれるぞ?」
「やれやれ、同じ読学の輩を睨むとは厳しいものだぜ」
「読学の輩なら人の管理している本を勝手に持ち出さない」
急に背後から声をかけられて振り向いてみれば、そこには図書館の主がいた。
「たまたまお前がそこにいないだけで、いる時は声をかけてるぜ?」
「持ってくなと返事をしても持っていくじゃない」
ご尤もである。
俺も何度か止めようとしたのだが、空を飛べない凡俗の身が空を翔る魔女を捕らえることは難しい。
弾の一つでも撃てたなら話は別なのだろうが、残念ながら俺にその手の才覚は無いようだ。
「いい機会だから軽く炙ってあげるわ」
「おぉう、図書館は火気厳禁だろ?」
「白々しい……ご存知の通り、我が図書館の蔵書は防火防水その他もろもろ対策済みよ」
前言撤回、弾が撃てる程度では話にならん。
頭上では炎と光の嵐が渦を巻き、そして俺は入っていく自信がない。
防火防水と言っているが爆発の衝撃で散々になるのではないかと思うのだが、そんな弾幕を真っ向から撃ち合っている当事者が施したのなら問題は無かろう。
しかし調度品までは対策が追いついていないのか、流れ弾が机や照明に命中して派手に壊れていく。
「あ、当たった」
どうやら雌雄決したようである。
二人とも俺を巻き込まない程度に離れていたが、それ故に勝者がどちらか判断することが出来なかった。
俺が残骸の山や散らばった本をかき分けて進むと、地面に寝転んでいたのは魔理沙のほうだった。
「うへぇ、全然元気じゃないか」
「邪魔な鼠を追っ払うのも一苦労よ」
どうやら勝者は我らが図書館の主様らしい。
これ以上そこに留まっていても無駄だと悟った魔理沙は出直しと称して図書館から出ていった。
「どうやら守り切ったようだな」
「あら、これを見てそう言える?」
振り返ると目の前には盛大に散らかった図書館が広がっていた。
俺も強引に道を作って進んできたつもりだが、それが見えなくなるほどに瓦礫が散乱していた。
「空は飛べなくても瓦礫運びくらいできるでしょう?」
「酷いぜ」
歯が痛い……急に痛み出した上に歯医者に行っても未だに痛い
今年は災難が多すぎる