表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲンソウトーレ  作者: 黒須
15/36

リアトーレRe03

レミリア・スカーレット

紅魔館の主で幼い見た目に反して凄まじい力を持つ。

尊大だが我儘で飽きっぽく、常日頃から楽しいことを探している割に一日中花を凝視していたりもする。

吸血鬼らしく日光も炒った豆も流れる川も苦手だが、十字架だけは「なんで?」と怖くないらしい。

当たっていた、ドンピシャだ、ど真ん中に的中していた。

程よい塩加減に柔らかな肉質、香りが鼻を抜ける時には仄かな甘味まで漂った。

ハムの評価なんて分かりはしないが、評価基準を調べて再検討してもコレが絶品という意見は譲らないだろう。


そんなに美味しい一品が唯の一言で禍々しい何かに変わった。

豚でも牛でも鳥でもない、吸血鬼の肉……目の前で楽しげに微笑んでいる彼女の肉体の一部だ。

そんなものを俺の身体が留めているはずがない。

感情を通り越し、飲み込んだ彼女の欠片が胃からはじき出され、喉を遡り、口まで届き……


「飲み込みなさい」


ゴクリと戻った。

彼女の肉も、胃の中身も、一切合切が俺の腹に逆戻りした。

俺の肉体は俺のモノだというのに、臓物連中は俺より彼女に仕えているようだった。

彼女の肉片は胃液の不快感を口元に残したまま俺の腹の中へと消えていった。


レミリアがチリチリとベルを鳴らすと、俺の前には様々な料理が並べられていた。

どれもこれも小皿に盛られていて、腹が満ちてきた俺でも食べきれそうな量だった。

すでに吐き気は消えているが、反対に食欲はみるみる湧き上がってくる。

もはや俺の神経すら俺の軍門から離れたというのか。

恐らく物理的に胃から食事がはみ出しても晩餐会は幕を下ろさない。

仮に腹が破れそうになっても、今の彼女なら食べることを強要するような気がする。


「さあ、めしあがれ」


美しい少女は愛らしい声色で俺に食事をすすめる。

それが、どういったものかも語らずに。




頭がグラグラと揺れる。

結局、全ての料理を完食した俺だが意識は朦朧としており、館で一夜を過ごすこととなった。

柔らかなベッドに埋まっているにも拘らず、俺の気が安らぐことは無かった。


俺はレミリアに愛されているのだろう。

それは、とても嬉しいことである。

気兼ねなく語り合え、見目愛らしく、友人以上と言っても過言ではない彼女。


しかし、あれはどうかしている。

別に自分の感性が世間一般の感性だと言うつもりはない。

だが、自らの一部を食わせるなんて、明らかに度が過ぎている。

古い少女雑誌の付録にあった「ラブラブ黒魔術」だって削った爪や血液がせいぜいじゃないか。


気が付けば窓から朝日が差していた。

どうやら考えている間に一睡も出来ず夜が明けてしまったようだ。

この後、俺はどうなってしまうのか。

頭の中からモヤモヤは消えず、せめて意識だけでもハッキリさせようと顔を洗うためににドアノブに手を伸ばした。


「ぎゃっ!!!!」


直後、俺の体は真後ろに跳んで、絨毯の上を転げまわった。

バタン、バタン、調度品やベッドの足に何度もぶつかったところで、ようやく落ち着いた。

俺の腕は、まるで科学の実験で酸をかけられた金属のように、じわじわと音をたてていた。

何が起きたのか、とドアを見て気付く。


ドアは太陽に照らされていた。

俺は再び、恐る恐るドアのほうへ指を伸ばす。

だが、ドアに触れる前に手が日差しに照らされて、先程の焼けるような痛みが指先に再燃する。

間違いない、オカルト小説では使い古された結果だが、それを現実と認めるしかない。


俺は、吸血鬼になっていた。


レミリアの血肉を食らったのが原因だろう。

そして、もう元の生活に戻ることも出来ないだろう。

確かにレミリアのことを好きかと言われたら首を縦に振るだろうが、今までの生活に未練があるかと聞かれても首を縦に振る。


色々なものがグルグルと渦を巻いて、床に座り込んでいる時だった。

俺は焼けるような痛みを感じ、反射的にその場を飛び退いた。

部屋を照らす日差しの面積が増えていた。

よく注意して部屋を見て、俺はさらに恐ろしい現実を知る。


ジリジリ、まだ太陽が上がりきらないうちに部屋の半分以上が明るくなる。

覚えている限りこの部屋は人間用の部屋で、この季節は清々しい昼の日光が部屋を満たす構造になっていたはずだ。

すでにドアのある方角は光に満ち溢れていて、残すはベッド周辺の僅かな空間だけだった。


「……うそ、だろ?」


誰に尋ねたのか、あるいは俺自身に言い聞かせたかったのか。

気の抜けた声が情けなく紡がれた。




「……とまあ、こんな感じかな」


ようやく俺は、自分が辿ってきた道を語り終えた。

一息ついて窓の外を見るが陽は傾きかけている。

それほど話し込んだつもりはなかったのだが、どうやら結構な長話となってしまったらしい。

目の前の少女も、休み無しに続いた俺の話をカリカリと手帳にとっている。


「自分から語っておいて何だが、面白いのか?」

「面白いかどうかは別として、吸血鬼の館に婿入りした人間という記事は魅力的ですね」


随分とハッキリ言ってくれる彼女の名は射命丸文。

彼女は妖怪の山に古くから住む鴉天狗の一人で、こう見えても500歳というレミリアすら上回る古参の妖怪らしい。

普段は飄々とした態度をとっている彼女だが、取材の際には見た目も相まって受験中の女学生のような真剣さを感じる。

今さら言うのもなんだが、幻想郷の妖怪は年齢サギくさい娘さんが多いと思う。


「それでそれで、囚われの身となった男の結末とは!?」


囚われの身とは人聞きが悪い。

確かにこれまでの状況からすれば拉致監禁の類だろうが、今の俺は今の生活に満足している。


「まぁ、簡単に纏めるなら……」


あの日の夜、俺は身内だけのささやかな宴の席でレミリアとの婚約を発表した。

翌日から外の方にも知らせるようになり、人里の自警団にも退職願を出してきた。

驚く者、戸惑う者、奇異の目で見る者……様々な目で見られたが、自分が吸血鬼になったことを知ったところで目の種類は一つになった。


人間を捨てた相手に対する視線。


本当のことを言えば少しだけ傷付いたのだが、本当に少しだけだった。

これからは自分も紅魔館の主としての仕事が待っているし、今まで以上に厄介な問題も待っているはずだ。

こんな所で豆腐メンタルをやっているわけにはいかなかった。


「あら、お客様ね?」

「あやや、お邪魔しています」


気が付けば午後のティータイムとなっていた。

レミリアは吸血鬼だが真夜中しか起きていないという訳ではない。

一方の俺も吸血鬼だが人間としての習慣が残っているのか、そこそこな遅起きという程度だ。


「さて、一区切りというところだし何か用意するか?」

「いえいえ、夫婦の一時までお邪魔するわけには行きませんので」

「む、噂に聞くブン屋にしては素直じゃないか」

「どういった噂ですか」




「…………」

「あー……ホラ、機嫌直してくれ」


鴉天狗が帰った後、彼女は急にヘソを曲げた。

思えばブン屋とは楽しく話していたので、それが原因だろう。

最初から適当に流しておこうと素気ない態度をとったつもりだったのだが、流石はプロというべきか。

彼女の話術は簡単に俺を巻き込んで延びに延びってしまった。


「どうせ私は拉致監禁くらいしか出来ないわよ」

「こんな可愛らしい女の子の用意した籠の中なら本望だよ」


俺は声色を滑稽なピエロのように変えて彼女を抱き上げる。

岩の一つや二つ、ワンパンで粉砕できそうな彼女の肩は狭くて華奢だった。

真夜中の女王、だが彼女は王である前に少女なのだ。

そして紅魔館の主であり、俺だけのお姫様であるのだ。


「ほら、今日はレミリアの話を聞かせてくれよ」

「なによ、西蔵で」

「いや、そうじゃないくて……なら、終わらない春の宴の話なんか聞かせてくれるかな?」

「ああ、これは話してなかったわね」


話の方向を逸らせることに成功したのか、レミリアはかつての武勇伝について語り出す。

さて、話のネタが尽きたらどうしようか。

図書館の探索をするのもいいし、森の道具屋から暇潰しの道具を仕入れてもいい。

もし弾幕が使えるようになったら、彼女と一緒に博麗の巫女にちょっかいを出してもいいかもしれない。


ただ一つ願うなら、どんな時でも彼女と共に歩いていけますように……

眠いぜ眠いぜ、だけど眠い時に限って筆が進むぜ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ