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ゲンソウトーレ  作者: 黒須
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スズトーレRe01

本居小鈴

人里の貸本屋、鈴奈庵の一人娘で漫画『東方鈴奈庵』の主人公。

外国の雑誌から妖怪の本まで、様々な文字を読む能力に目覚めた。

幻想郷の空を灰色の雲が覆う。

そろそろ着膨れでもしたくなるような寒々しい空気。

人里の一角にその店はあった。

大きな看板のうち最後の一文字が傾いた貸本屋。

鈴奈庵、俺は今週の休日もそこに入り浸っていた。


「お茶のおかわり、どうですか?」

「ああ、頂くよ」


鈴を転がしたかのような声が響いた。

それは赤い着物にエプロン姿の小柄な少女で、赤み掛かった髪には小さな鈴が揺れていた。

彼女は本居小鈴、この鈴奈庵の一人娘だ。

彼女は貸本屋でありながら長時間居座ることを許可し、更には茶と菓子まで用意してくれる。

小鈴が言うには俺は本を大切に扱う手のかからない客ということらしい。

もっとも、俺も流石に気にはしているので時折開かれる本の読み聞かせに参加している。


「あの、今日は何を読まれているんですか?」

「多様化する現代語、2010年までの現代語を扱った本だよ」


そういって小鈴は俺の横にちょこんと座る。

どうやら外の世界と幻想郷では知識に大きなズレがあるらしく、彼女も時折こうして分からないものを尋ねてくる。


「外の世界の若者は様々な物事を『ヤバイ』の三文字での表現に頼る傾向が多いんだ」

「そんなに使い勝手の良い言葉でしょうか?」

「いいや、ヤバイという言葉の語源を知っているかも怪しい」


彼女が本の中身に疑問を浮かべ、俺がそれを説明していく。

俺はこんな時間を毎週のように過ごしていた。

ここに来たのは午後からだが、来てからは彼女と語らいながらも本を読み続けていた。

もう結構な数を読破したはずなのだが、この店の蔵書は一角も崩せたとは思えない程の数が残っている。


「それじゃ、また」

「はい、お待ちしてます」


花のような笑顔、とでも例えればいいのだろうか。

人里ではじめて親しくなった少女は、そんな笑顔で俺を見送ってくれる。

俺は風呂敷に包んだ本を割れ物のように大切に持ちながら帰るのだった。




穏やかな日常が続いたある日、俺は休日に職場に呼び出された。

自警団の詰所に向かうまでに理由は把握できた。

人里は銀世界、つまりは雪かきだ。

うっすらと積もっていれば微笑ましいものだが、ケーキの断面ような分厚い雪となると恐ろしさすら感じる。

幻想郷の建物は外の世界の建物と違って古めかしい技術によって作られたものだ。

故にメンテナンスも古めかしく、小マメにやらなくてはならない。

全団員を投入しての里中雪かき大会がはじまった。


「……どこよ、ココ?」

「目が覚めたのですね?」


雪かきをしていたはずが、いつの間にやら布団の中にいた。

訳が分からず呆けていると突然、声をかけられる。

上品さと聡明さを併せ持った顔立ちと、花の髪飾りが印象的な少女だ。

そして、彼女を見たことで俺は今に至る経緯を思い出す。


「厚い雪の上とはいえ屋根から転げ落ちたのですから、具合が悪いようなら遠慮せずに言ってくださいね?」


彼女の名は稗田阿求。

人里の名門である稗田家の当主であり、幻想郷縁起を纏めて発行している人里の賢者だ。

確か俺は稗田家の雪かきにまわされ、盛大に足を踏み外して……


非常に間抜けな経緯である。

しかし、不可抗力とはいえ賢者の屋敷の一室をいつまでも占領しているわけにはいかない。

特にどこかが痛むわけでもないので手短に礼を言って立ち去ろうとするが、彼女自身から少し待つように言われる。

しばらくして、俺の目の前に置かれたのは大量の書物だった。


「空想科学考察にアイアムサイボーグ……まさか」

「はい、稗田家の書庫にある外来本です」


どうやら、山の巫女の話に触発されて外の世界の知識を漁っているらしいが、一人では限界があったらしい。

以前から俺に話を聞くつもりだったらしく、自警団にも話をつけようとしていたらしい。

それにしても中々の蔵書の数だ。

流石に鈴奈庵ほどではないが、それでも一日二日で読み切れる数ではない。


俺は彼女の頼みに首を縦に振った。

僅かながら謝礼は出るというのもあるが、それ以上に俺の高まっていた知的欲求が影響していた。

これらの本には何が書かれているのか、そこから得た知識は俺に何をもたらすのか。




「それで最近は外来本が多いんですか」

「ある程度は纏めておいたほうが話しやすいからね」


あれから結構な時間が経った。

外の世界談義はすでに二桁に入るまでに続いていた。

鈴奈庵には稗田の屋敷に向かう前に本を返し、屋敷から帰宅する途中で本を借りていく。

賢者の肩書は伊達ではなく、こうやって予習でもしなければ簡単に不備を突かれてしまう。

ついでになかなか良い性格の持ち主のようで、そうやって言葉が詰まった際には楽しそうにニヤニヤしているのだ。


「それにしても、ずいぶんと楽しそうですね」

「ああ、今更になって学ぶ楽しみが分かるとはね」


学生時代に分かっていたら親を喜ばせたかもしれない。

顔も思い出せない両親を思いながら、俺は新しい本を借りていくのだった。


「……ずるいなぁ」




違和感に気付いたのは稗田の屋敷の一室だった。

急に「何かをしなければならない」という気がしたのだ。

その何かが何なのか良く分からない理由なのだが、確かに感じたのだ。

もっとも仕事である以上は帰宅するわけにもいかず、喉に小骨が引っ掛かったような感覚で談義は終了した。


「やあ、お邪魔するよ」

「いらっしゃいませ、○○さん」


落ち着かない、焦りにも似た感情を隠しながらも俺は鈴奈庵を訪れた。

きっと風邪か何かで無意識に帰りたくなったのだろう。

そう、自分を納得させた俺は早めに帰宅するために目当ての本を探し始める。

しかしどういうことか、こういう時に限って目当ての本が見つからない。

珍しい本ではあったが誰かに借りられるような人気の本ではなかった筈だ。


「○○さん、そろそろ閉めますよ?」


いつの間にか隣に立っていた小鈴の声を聴いて我に返る。

気が付けば、日はすっかり落ちていた。

以前はそんな時間まで店内で本を読んでいたが、稗田の屋敷に出入りするようになっては明るいうちに帰るようにしていた。

目当ての本は未だに見つかっていない。

しかし、そんな俺に一冊の本が差し出される。

目当ての本、どうやら小鈴が探してくれたらしい。


「ありがとう、助かったよ」

「いえいえ、欧州建築2004年度版でよろしいですね」


彼女の笑顔は本当に見ていて微笑ましい。

俺は彼女から本を受け取ると軽い足取りで店を出る。

不思議なことに、自分の心に留まっていた何かは綺麗さっぱり消えていた。




「……というわけだ、本日はここまで」


あれから暫くして、俺は寺子屋の教壇に立っていた。

前に読み聞かせをした際に良い評価を得たようで、その噂を聞いた女教師に頼まれたのだ。

読み聞かせと授業は違うのだが、構わないと言われたので仕方なくやってみる。

意外にも稗田家での談義の経験が活きたのか、自分でも驚くほど簡単に授業をこなせた。


寺子屋を出た俺は急いで稗田の屋敷に向かう。

たかが授業と侮っていたのだが、思いのほか時間がかかってしまった。

鈴奈庵に資料を返す暇もなく、話が終わるころには閉店しているだろう。


屋敷についた俺はいつも通りに部屋に通される。

全力で走ったせいか頭はガンガンし、喉の壁同士が張り付くような感覚だ。

すでに友人ともいえる仲になった阿求も言葉に出さないが心配しているだろう。

阿求が廊下に出て一言二言と話していると、その手には盆と紅茶が乗っていた。

彼女の心遣いに感謝しながらも、俺は馴染みの薄い紅茶に手を伸ばし……嘔吐した。




何ということか、この齢になって余所様の家で吐き戻すとは。

彼女が理性的で心優しかったことに感謝してもしきれないほどだ。

誰か付添いがいるか、屋敷で休んでいくかと言われたが一人で屋敷を出る。

この選択は彼女を逆に心配させてしまうだろう。

次は一月分の給金が吹き飛ぶような高級菓子折りでも持っていくべきだろうか。

いや、こんな醜態をさらしたのだから屋敷の敷居すら跨げないだろう。


そんなことを延々と考えながら辿り着いたのは、俺の家ではなかった。

人里の一角にその店はあった。

大きな看板のうち最後の一文字が傾いた貸本屋。

鈴奈庵、俺にとって人里ではじめて親しくなった少女のいる場所だ。


時間的にはすでに閉店しているだろう、鈴奈庵の扉は開いていた。

シンと静まり返った店内で俺の足音だけがギシギシと音を立てる。

こんな夜分に失礼だろ、不法侵入じゃないのか、という自制はなかった。

むしろ、この場にいるのが心地よいくらいで……


「いらっしゃいませ、○○さん」

うーむ、機能が全然分からん

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