輝き放つ『傲慢』
さっき来た時はわからなかったけど、どうやらこの部屋はもともと家庭科室だったようだ。
確かにそれなら料理が作れたことも頷ける。
しかし、これだけの設備ならば欲しがる部は多かっただろうに。まぁ、先輩が欲したんじゃなかろうか。そんな気がしてならない。いや、きっとそうだ。そうに違いない。
他者を薙ぎ払い、部を獲得するためにありとあらゆる手練手管を駆使する先輩の姿がありありの脳裏に浮かび上がる。
あまり可愛いものじゃなかったので、『この世は私のものよ!』と頬を染め可愛らしく主張する春茜ゆとりちゃん(3歳、CV:釘宮○恵)に置き換えておいた。
よし、お兄さんがアイスキャンディーか、チョコバナナを買ってあげよう。
そういいたかった。
現実にはない少女に想いを馳せるのにも言い加減限度がきたので、普通に扉を開ける。
「どもー」
「ちゃんと来たわね」
こゆる先輩はティーカップを片手に優雅な午後を過ごしていた。放課後ティー○イムってやつだ。
「予想通り梅ちゃんも連れてきてくれたみたいね」
「予想されてたんですか……」
「普段の言動からある程度予測はつくわ。ただ、その格好は予想外だったけど……」
お姫様抱っこの梅を見て、目を丸くしている。
「てっきり背負ってくるものだと思ったわ」
私の予想が甘かったわね、と先輩。
「次からは候補にお姫様抱っこと四つん這いもいれておいて下さい」
「……最後のは本当に候補に入れていいの?」
いや、多分無理だけどな。
お姫様抱っこでこれだけダメージを受けたんだ。恐らく、四つん這いなんてやったら最後、学校中の人間から汚物を見るような目で見られてしまうことだろう。
いや、だから、それはそれで快感だけども!
せめて定年退職するまではこの性癖を公にする気はなかったのだけど、僕もそろそろ年貢の納め時だろうか。
梅に乗っかられて馬のごときに扱われるなら、それはそれでいいかもしれない。
にしても僕らだって相当早く辿り着いた筈なのに、いつも先輩は僕らより先にこの部室についている。昼休みにしてもそうだ。昼休みになるやいなや拉致されて連行されて食事をおごってもらったけれど、そんな僕らよりも早く、しかも料理まで作り終わっていたとかどういうことだ。
その辺りは今後、明らかになっていくのだろうか? まぁ、成りそうになければ普通に聞けばいいだけの話か。
話せる内容なら話してくれるだろうし、無理なら無理で人様に話すことでないということがわかる。
この話は置いておこう。
それよりも、
「見た所先輩だけですけど、部長さんはまだ来てないんですか?」
この部の部長、(学校に登校してきていない先輩を除いた)唯一の3年生という話だったが、まだ姿は見えない。
「部長はあれでも忙しい人なの、もう少し時間がかかると思うわ」
「部長さんなのに、他の部と掛け持ちでもしているんですか?」
確かに掛け持ちしている生徒は多いので、その内のどれかで部長などに抜擢されることもあるが、大抵はその部一本の生徒の方が時間やその姿勢から融通される。仮に多くの部を掛け持ちしている生徒が部長などになることもある(色んなことに挑戦している分だけ、行動力や能力的には申し分ない)が、そうだとしても既に3年なのだし、部長になった部以外は辞めたり、たまに顔を出すだけというのが多い。3年になっても複数の部を継続するというのはあまり聞かないし、他の部では役職なしというのが普通だから、この部の長を務めているのなら大罪部に重きを置くべきではないだろうか? 「重きを置く」という言葉に対して、僕の上に重しを置いて欲しいと思ったがどこかにないだろうか?
と、そうではなく。
「ウチの部長は委員会にも所属しているからね」
「あぁ、ソッチですか」
その言葉に僕は合点がいった。
その校風や設備からあまり取り沙汰されることはないが、静院大学付属高校にも委員会は普通にある。
まぁ、コチラは部活と違って、特に変わったモノがないから僕も忘れていた。精々、文化祭や体育祭とは別にあるいくつかの特別行事の委員会が設置されている程度。
ちなみに僕は瀬能と一緒に保険委員だ。「気分の悪い生徒を保健室に連れていく」というのに憧れて立候補したのはいいものの、女子は同性である瀬能が連れていくことになるので、結局僕は男子の付き添いしか出来ないのだ。
それを知ってからはもう興味をなくしてしまった。
僕はバイみたいなこと言ったけれど、それは二次元に出てきそうな女子のような外見をした男子という話で、極端な極論であり、基本的には常に女性にしか目がいかないようになっている。そういう仕様なのだから仕方がない。
「その部長ってのは、どんな人なんですか?」
僕のそんな問いに先輩が珍しくなんともいえない顔をした。
「悪い人じゃないんだけど、ね……。あの人と二人でいた数日間の部活は苦痛でしかなかったかな……」
「なんか、一瞬でげっそりとしましたね」
そりゃあもう、一目見てわかるほどにげっそりと。
僕の言葉に力なく笑みををつくった先輩が言う。
「性格を一言でいうとすれば、それこそ、罪そのものみたいな人ね」
先輩の言に僕は思案し始める。
えーと、残っている『罪』ってなんだっけな? 『色欲』が僕で、『強欲』が先輩、梅が『怠惰』に芽吹が『暴食』で決まってないのが『憤怒』と『嫉妬』だから――
僕が答えを出しそうになったその瞬間にバタンと勢いよくドアが開いて『答え』の方からやってきた。
「グッモーニング、諸君! グッアフタヌーン、諸君! そして、グッナイト、諸君! おはようからおやすみまで諸君らの健やかなる身体と精神の成長を助ける全知全能の部長の登場だ! 派手に盛り上げてくれたまえ!」
ハッハッハッハッハ、と大声で笑うのは長身の男性だった。いや、おそらく男性、というべきか。というのも、線が細く中性的な顔立ちをしているのと髪がこゆる先輩以上に長いので、パッとみは女性だった。
男性と判断したのは声がよく通るアルトボイスだったのと、本人が「部長」を名乗ったからだ。
部長の名前は部活紹介の案内を見て知っている。あれはどう見ても男性につけられる名前だ。
「なんだね。私こと咲野凛太郎のオーラに圧倒されて何もいえないのかね?
まぁ無理もない。キミ達のトップがこれほどまでに完成された美で彩られていたなんて予想だに出来なかっただろうからね!
よかろう! 新入部員への挨拶と歓迎代わりに特別にこの私が「かっこいいポーズ」をしてやろう。その眼に特と焼き付けるがいい!
まぁ、オーラが眩しすぎて見えない、もしくは感涙に咽び泣き見えない、などと言ったことがあるだろうが、その際は申し訳ないが自己責任で頼む。では、いざ!」
そういって、部長は腰に手をあて、謎の方角を指差してポージングを決めていた。勿論、オーラも視えないし、涙も出ない。変な汗は出てきたけど。
大罪部最後の一人にして部長。
こゆる先輩が「罪通りの性格」と称したその人物は確かに、まさしく言葉通りに『傲慢』だった。
僕らが唖然としている最中、部長はこゆる先輩に向かって話しかける。
「ふむ。しかし、私の推参前に全員が揃っているとは、今年の新入生はなかなかに見所があるな。見事な観察眼だ、こゆるくん!」
「はぁ、どうもありがとうござ――」「まぁ、全てはキミに一存した私の判断力が正しかったということだがな!」
相変わらずポージングをとったままこゆる先輩を褒めているっぽく部長は自分をほめたたえた。
こゆる先輩がまた得も言えぬ顔をしている。
この人が眉を寄せてるのは僕を見る時以外はじめてだ……ってことはアレ? おれ、この人と同列に扱われている?
いやいやいや………………いやいやいや。もしそうだとしたら僕、首吊るぜ?
「では改めて。貴兄らの崇め奉る信仰対象にしてこの部のリーダー、咲野凛太郎。野原に凛と咲いている太郎、と覚えてくれ」
いまだかつてそんな太郎にはお目にかかったことがねぇ。
っていうか、この人……。
「先輩」
「ん?」
「なんだね?」
こゆる先輩と部長が同時に僕の方を見る。そういえば部長も先輩か。
「あ、いや、どっちでもいいんですけど……咲野部長の顔になんか見覚えがある気がするんですが、何処かで会ったことありましたっけ?」
「……おいおいおいおい、それはないだろう。まさか、そこなる新入生は私の顔を忘れたというのかい?」
あ、やっぱり会ったことあるのかな? それにしてはなんか部長の方も僕の名前覚えてないっぽいけど。
僕がうんうん唸っていると横からこゆる先輩が助け舟を出してくれた。
「……住吉くん。彼は生徒会長よ」
こゆる先輩が如何にも遺憾だが、といった風な顔でそう告げた。
「せ、生徒会長?」
あぁ、確かに言われてみれば。入学式の時に壇上にいた気がする。
けど、入学式でこんな風に喋られれば確実に覚えていると思うんだけど全く覚えがない。
それに僕の記憶が正しければ新入生歓迎の挨拶は女の人だったような。
その疑問をみてとったのか、部長ではなく、こゆる先輩が答えてくれた。
「生徒会長がこんなのだからね。基本的には副会長の椋鳥美々美さんが全体を取り仕切っているので、知らなくても無理はないわ。スピーチなんかも大抵は彼女が喋ることになってるし。生徒会長がこんなのだからね」
さりげなく「こんなの」って二回言いましたね。
大事なので二回いいました、ってやつですね。
「はっはっは、褒めてもオーラとフェロモンくらいしか出んよ」
「いまのを褒められてると勘違いできる辺り、とんでもない大物ですね」
しかし、先輩の答えで得心がいった。それならば、この人のことを覚えていなくても仕方がないと言える。
たとえ、
「まぁ、私が演説をするとそれだけで私に心酔する輩が出来てきてしまうからね!
全校生徒の前でスピーチして皆が私の虜になって、国からやれ私設軍隊だやれ新興宗教の教祖だのといった間違った指摘を受けるのは御免だからね!」
とか言っている人がほとんど印象に残っていなかったとしても不思議はない。
僕が生徒会長だと思っていた、件の椋鳥美々美先輩が名前やら容姿やらと色々インパクトのあるお方だったのでそちらに目がいっていたんだな。うん。
美々美先輩は可愛かったなぁ。可愛いというか凛々しい感じの人だったけど。
……この「凛々しい」って言葉が脳裏に浮かんだときに部長の顔がでてくるのどうにかならねぇかな。部長は「凛々しい」ってよりも「不敵不敵しい」って感じだから、この際「咲野不敵太郎」にでも改名すべき。
わるいけど、もうこの人に対して若干の苦手意識持ってきちゃったよ。
イケメンなのに、この残念感は異常だ。
「しかし、生徒会長がこんな部活に入っているんですね」
「こんな部活とはなによ、こんな部活とは」
春茜先輩がハムスターのように可愛く頬を膨らませる。
そのほっぺを食べちゃいたいぜ。
「いや、ほら、生徒会長ってなんでもこなすみんなの代表みたいなイメージだから、普通は学業優秀者がなったりするんじゃないかな、と」
この人はどう見ても全校生徒のお手本になるような人間じゃないと思う。なっちゃいけない人だと思う。
「その点ならば、安心したまえ。私は学年主席だよ!」
「間違っている! 世の中間違ってるよ!」
「そうだな……確かに私は神が間違ってつくりたもうた存在なのかもしれないね。ルックス・性格・頭脳。どれをとってもパーフェクトなのだからっ!」
「間違っているのはその認識と方向性だと思います」
僕が部長にそういうとこゆる先輩は僕に向かって言ってきた。
「キミもひとのこと言えないけどね」
「そんな! 僕の方向は限りなく正しく女性を向いてますよ!」
「その方向はあってるかもしれないけれど、向けてる代物が違うと思うのよ」
「女性に対して愛情を向けてはいけないと?」
「キミが向けているのは間違いなく劣情よ」
こゆる先輩の呆れ声が一層深くなる。
「たから……またまたまたえろい?」
梅がわずかばかり顔をあげ、僕に聞いてきた。
「またまたまたまたって繰り返してたら、確かにエロく聞こえるよね!」
「やっぱり、たからえろい」
「それが駄目だといっているのよ……」
白い眼で見てくる梅とまたまたこめかみを押さえるこゆる先輩。
こうして複数の女性がバッシングを受けるなんて……まるでオレが駄目人間だと思われてるみたいだな。
え?いや、そんなことないよね?
いやいやいやいや。
なんで、僕が裁判にかけられるみたいな感じになってるんだ。
逆転裁判ってこんな感じなのか? 異議ありってこういうことなんだな。
明らかな誤審であることを此処に宣言します! ……アレ?宣言とかってなかったっけ?
まぁいいや。とりあえず、風向きの悪い時は話を変えるのが一番だ。
まるで風向きで進む方向変える僕が如く。やっぱ向かい風の方がいいよね! スカートめくれやすいし。
そんなこんなで話題転換。
地味に本筋。
「で、こうして集まったはいいですけど、何するんですか?」
これこそが僕らが聞かなければいけない問題。
大罪部の活動内容。
あれよあれよといつの間にやら入部させられていたのはまぁ仕方がない(人間諦めが肝心)として、その具体的な内容をよもや知らずに今後のスケジュールを決めるというのは無理がある。ここはちょっと強引にでも部活の内容を問いただしておきたい。
「なんだね、こゆるくん。新入生に何も説明せずにつれてきたのかい? そいつはいけないね、彼らには知る権利があるし、キミには教える義務があるのだよ」
「こういう時ばっかりまともなこと言わないでください。一応、入部を打診した時に軽く触れたんですけど……」
「それがよくわからなかったのでこうして聞いているんです」
なんて言ってったけな……。確か、
「僕らの罪を人々に有益になるように使う、でしたっけ?」
そんなようなことを云っていた気がする。
僕が言うと部長は顎に手を添え、数拍考えてから僕に向き直った。
「ふむ……では、その辺りのことは私が説明しようか」
ここにきて名前通りの凛々しい顔を見せて、部長はそう言った。