運ばれる『怠惰』
放課後。
僕は部活にいかなくてはならなかったけど、どうせなら可愛い女の子と一緒に部室まで手と手をとっての逃避行というヤツをしてみようと瀬能の情報をもとに7組を目指した。
新校舎はそれはそれはとてつもなく、ひとつの階の大きさが途方もないので、7組までは軽く面倒な距離だし、旧校舎とは方向的に逆になるので、ただただ走行距離を引きのばすだけなのだが、それはそれ、これはこれである。僕は可愛い女子のためならば脚にマメが出来ることも厭わない屈強な猛者なのだ。
放課後の校内はあわただしく、ほとんどの生徒がこの後に控える部活動のために忙しなく行動しているのに対し、7組の教室にいた梅はそんな様子を微塵も見せなかった。
「よー梅、相変わらずお昼寝中か?」
「……ねてない」
ちょうど教室の中央の席にいた梅はそういって顔をコチラに向ける。
そして、周囲の視線が僕を射ぬいてることにも気がついた。
みんながこれだけ注目するとはどうやらクラスのマスコットという評価も嘘ではないのかもしれない。
まぁ、別のクラスからの来訪者が珍しいだけかもしれないけど。
「……どうしたの?」
「一緒に部活行こうと思って、迎えにきたよ」
「……めんどくさいの……」
「まぁ、折角だしさ。どうせ、集まってそんな大したことしないだろうし。それに最初に出ておけばしばらく出なくてもいいかもしれないじゃない」
「…………わかった、いく」
僕の言葉にしばらく黙って眠たそうにしていた梅はそう漏らした。
「よかった、じゃあ廊下で待ってるよ」
流石にこの場にとどまって、彼女の帰り仕度を待つのは居たたまれなかくなりそうなので、するりと部屋を出ようとすると、
「まって」
またしても裾をぎゅっ、ってされた。
可愛すぎて思わず失禁するところだった。
「どどどどうしたの?」
100エーカーの森に住むちっこいのみたいにどもってしまったが、なんとか尿道だけはきつく閉ざすことが出来た。
危ない危ない。「教室でお漏らし」なんてとても興奮するワードではあるけれど、それをする対象が僕じゃあ、全然高まらない。
しかし、彼女が上目遣いでした次の発言に僕の尿意は、また脅かされることになる。
「……おんぶして」
ちびる!ちびっちゃう!
なにこの可愛いの。僕を学園の笑い物にするために謎の組織が送り込んで来た刺客か何かなのか?
刺客でもいい、お持ち帰りしたい。
「……あるくのめんどくさい」
僕が反応するにできない状態になったのを見て、後押しするかのように理由を述べる梅。
怠惰、ばんざい!
僕は諸手をあげて喜びたいところではあったけれど、流石に衆人環視に監視されているような中でそんなことをしたら、別の理由で両手をあげることになりそうだから自重。
ホールドアップ。おまわりさん、こっちです。とか。
「僕としては全然構わないんだけど……」
というか喜んでおんぶするのだけど。だっこでも四つん這いでもいい。というか女性のお尻の感触を存分に楽しめる気がするのでその三択なら四つん這いがいい。
え? おんぶだって楽しめる感触があるじゃないかって?
うん……ほら、梅はまだ成長期じゃないっぽいから……。
ま、まぁ、貧乳はステータスだよね!
「僕はおっぱい党じゃないから安心して!」
「……たから、またまたえろい?」
「大丈夫、普段となんら変わりないさ!」
住吉高良はいつでもどこでも、非常に不浄です!……オレ、1時期流行った脳内メーカーとかやったらエロで埋め尽くされるんじゃなかろうか。
いやまぁ、それ以外特に好きなものはないから、いいんだけどせめて学生なんだから少しは勉強について考えているようであって欲しい。
ま、それが四捨五入しても1パーセントに満たないってんなら仕方ないけど。
話が逸れた。
おんぶの話。
本人が望んでいるのなら、僕としては一向に構わない。友人の頼みは聞いておかないとね。
彼女に背を向けて屈む。
「じゃあ、背負うから胸をこうこすりつけるようにしてしがみついてね」
「……めぶきの時と違う……」
アレ? さっきまでひらがなオンリーだったのに急に漢字がまじったような? 気のせいだよね?
僕のちょっとした精神疾患のせいで梅の口調が急に変わっちゃうとかそういうことはないよね?
……うん、疑いだしたらキリがないのでこの話題はやめよう。
「落ちないようにしっかり掴まれって意味さ」
「わかった」
すると彼女は躊躇う様子を微塵もみせず、僕の背中へと飛び乗った。
そういって、彼女を背負うと軽いどよめきが起きた。
そこで僕はいまの自分がとんでもないことをしたことに気がついた。
同様して言葉遣いが変な言葉遣いになってしまった言葉遣い。
あぁ、落ち着けオレ。
落ち着いて状況を整理しよう
此処は他のクラス。いまだに結構な人数がいる。梅と僕は注目を集めてた。僕らは高校生。梅は可愛い。梅は胸がない。貧乳はステータス。今もまったく感触は掴めない。僕の背中におぶっている。
途中推理に必要のない情報がいくらか紛れ込んでいた気もするけれどこれから導き出される簡潔にして明快な答えは。
『変な男が太刀洗さんをかどわかそうとしている』
そう思われて仕方がない状況だ。
芽吹が背負っていたのを見ていたから、僕もこんなにあっさりOKを出してしまったが、男性がやるのと女性がやるのとでは全然見え方が違うのに今更ながら気がつかされた。
このままでは本当に「おまわりさん、こっちです」状態だ。
この状況でポリスと鬼ごっことか冗談じゃないぞ!
いま、僕に残された言い訳はひとつしかない。
僕はおぶさっている梅を一旦下ろし、お姫様だっこへとスタイルチェンジする。
そして、できるだけ大きな声で、
「どうしたぁああああ、梅! 何ぃ、体の調子が悪いだと!? 大丈夫か!いまオレが保健室に連れて行ってやるからなぁああああああ!」
そういって、教室を飛び出した! この時にしっかりと彼女の鞄も持ってきたことを評価して欲しい。
「搬送」という名目なら、彼女と体を密着させてても何ら不自然じゃない。
普段からあまり動きのなさそうな梅のことだ。本当に病気かどうかなんて傍から見ているだけじゃわからんだろう。
クソ、折角のお姫様だっこなのに柔らかさとか良い匂いとか感じてる暇が全くないっ!
どうにも僕は逆境に弱いらしい。
人の眼は旧校舎に入るまで続いていたので、心休まる時がなかった。
思ってた理由とは別の理由で心臓をバクバクさせながら、僕らはなんとか部室へ辿りついた。