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待ちうける『強欲』

「さ、着いたよ」


 そういって活発少女の手は離れたところで僕の脳が機能を復活させた。

 まず、最初に思ったことが「この綺麗な手をぺろぺろしたい」だったので、大丈夫、通常運行だ。


 そして、次に少女は少女を廊下に下ろした。

 これではわけがわからないが、ようは僕を引っ張ってきた活発少女が背負っていた大人しめの少女を廊下におろしたわけだ。

 ということはココが目的地なのだろうか。


「ここは……?」


 僕達の教室がある新校舎から見て東の方角にある旧校舎、そこの一階だった。

 ここは現在、数多く存在するマイナー部の巣窟として使われているらしいのだけど……まさか。


「私達の部室よ。さぁ、入って入って」


 力強く背中を押された僕は勢いよく扉にぶつかった。そして、少しだけ開いていた隙間からなだれ込むかのように部屋のなかに倒れ込んだ。

 僕が倒れたことで背を押していた少女ズも倒れてきて、僕の背中に豊かに育った果実と今後の成長が期待される果実が経四つ押しつけられて「ハラショー!!!」といいたかった。

 なんだか、いい匂いもするし……と、そこで嗅覚に訴えかけてくる香りが女性特有の良い匂いだけで無い事に気がついた。

 食欲をそそり、腹の音がついなってしまい、胃を刺激するような匂い。

 すなわち食事の香りである。

 顔をあげると、そこには昨日同様美辞麗句で彩ることのできる素敵で可憐な春茜先輩の顔があった。

 おまけに今日制服の上にエプロンをつけていた。

 それを見た瞬間、僕の中の『エプロンに似合いそうな服装ランキング』でスクール水着を追い越し、見事制服が一位に躍り出た。(ちなみに裸エプロンは殿堂入り)


「ふふ、来たわね。新入生たち」


 不敵な笑みで僕らを出迎えた先輩を目の前に、倒れていることを好機とばかりに僕はなんとか先輩のスカートの中を網膜に焼きつけようと奮闘したが、エプロンが鉄壁の防御を誇っていた。

 そのせいで制服は僕の中の『エプロンに似合いそうな服装ランキング』一位から見事にランク外へと転落した。

 この間、約3秒である。


 立ち上がり、先輩に問いかける。


「え?春茜先輩?……これはどういう?」


「ん? 梅ちゃんや芽吹ちゃんに聞いてない?」


「梅……芽吹?」


 謎の単語に僕は首を傾げる。そして、それが二人の名前なのだと数拍送れて気がついた。

 呼ばれた二人の内、まだ倒れたままでいる小柄な方はうつ伏せで顔が見えない。

 活発少女の方へと目をやると、視線があった。


 ぱちり、と僕が瞬きをすると彼女もぱちりと瞬きした。

 か、かわいい。


「おっおっー、そういやなんの説明もせずに連行してきちゃいました!」


 春茜先輩のほうへと向き直り、けろりと笑う活発少女。彼女はどこまでも活発だ。しかし、細身の女性に連行されたというのはちょっと男として情なかったので、あまり喧伝しないで欲しかった。けど可愛いから許す。


「ふむ、ではまずは二人を紹介しようかな。キミを連行してきたのが野々原芽吹ののはらめぶきちゃん。そして、その後ろで突っ伏したままでいるのが太刀洗梅たちあらいうめちゃんよ」


「よっろしくー」と手を挙げる野々原さんと、「…………」無言で突っ伏しながらも片手だけはピースを出す太刀洗さん。


 アチラさんは僕のことを知っているようではあったけど、「住吉高良です。よろしくお願いします」と挨拶をしておく。挨拶は大事だ。

 しかし、こうしてみるとなんともユニークに対照的な二人だ。

 静と動というか。漲るやる気と漲る眠気というか。捗ってたり、滞ってたり。

 プラスマイナス。

 攻めと受け。

 サドとマゾ。

 ……えへへへへ。

 連想ゲームが妄想ゲームになってきたので自重する。


「どうしたの? 住吉くん」


「いえ、持病が発症しただけです。女の子以外のことを考えればすぐ収まります」


「……なんとなく理解したわ」


 そういって先輩は僕から一歩距離をとった。

 心の距離は一歩どころじゃない気がするがまぁ、いいだろう。


「二人とも大罪部の新入部員なの。言うまでもないと思うけど仲良くするようにね」


「えっ! じゃあ、二人にも『大罪』があるの?」


 驚きと好奇心から僕は二人に話題を振ってみた。単純にして純粋なる好奇心と早く仲良くなりたいという下心から僕の口から飛び出した質問だ。

 挙手して大きな声で晴れやかに答えてくれたのは野々原さん。


「私は『暴食』! 人一倍食うよ!」


「え?暴食?」


 ちょっと意外だ。見た目がとてもスマートなだけにそんなに食べるようには見えない。

 あ、このスマートは「細い」の方な。「賢い」じゃなくて。

 流石の僕も「もりもり食うよ!一日七食だよ!」とか言ってる子が賢いとは思わない。なんだよ七食って。

 バカかよ。

 いや、間違えた。

 カバかよ。


 けれど、春茜先輩に大罪部の一人として選ばれたからにはこの学校でも屈指の大食漢なのだろう。


「全然、そんな風に見えないけどな」


「私は運動が趣味な上に燃費が悪くてねー。一時間の運動するをのにお弁当二つくらい食わないともたないのさー。それで食費が大変でね。この部に入れば目一杯食わしてくれるっていうから入ったんだよ!」


 あぁ、スポーツ女子か。

 確かにさっき見せた走りも凄まじかった。あれは日頃からスポーツをやっている人間なならではの動きだな。

 しかし、食い物で人を釣るとか、先輩も手段を選ばないな。それで釣られる方も釣られる方だ。

 まぁ、本人たちもそれでいいようだし僕が口を出す問題じゃないか。


「何のスポーツ?」


「水泳とかテニスとか陸上とか、色々掛け持ちしてるよん。それとは別にバスケやサッカーなんかで助っ人で入ったりもしてる」


「へぇ……」


 そこまでくるともはや運動が趣味とかそういうレベルじゃない気がする。マニアというのはなにか違うがライクやフェイバリットで出来ることでも無い気がする。

 そりゃあたくさん食べるわけだ。燃費の問題は置いておくにしても消費カロリーも相当だろう。


「太刀洗さんは?」


「……たいだ……」


 体はうつ伏せのまま、顔だけをこちらへと方向転換して、彼女はそう一言だけ発した。


「うん、まぁそんな感じだね」


 さっき野々原さんに背負ってもらっていたのも単に歩きたくなかっただけか。

 こちらは予想できた。

 まぁ、予想を裏切って憤怒とかいう驚きの展開でもよかったんだけど。

 驚きといえば彼女が大罪部ここにいることもある意味驚きだ。


「よくそのやる気のなさで部活なんて入ったね」


「……にゅうぶして……たまにかおみせるだけで……いいっていったから……」


 なるほど、それならば彼女にとってもプラスなわけだ。どこかしらの部活に入部しないのなら課外活動ってことになるし。

 これは流石だと先輩の手腕を褒めるべきだろうか。

 けど、それにしたって。


「先輩もよくそんな人を選びましたね」


 初対面の女子を指差して「コレ」扱いする男子とか絶対モテないよな、と心の中で自分を傷つけながらさんを指差す。

 どんな部活なのか知らないがやる気が全くない人をそんな条件で入部させていいのだろうか。


「まぁ……現在の3年にいる怠惰が同じようなタイプがいてね。扱いには慣れているわ」


「あれ?『大罪』ってひとつのテーマにつき一人じゃないんですか?」


 事前情報からそう思っていたのだけど。 どうやらそれは間違っていたようだ。


「いや、別にそういった取り決めはないわ――というか歴史の浅い部だからいままではそういったことがなかったといったことが正しいかな?」


「けど、部員の募集もカタチだけでしたし、積極的に人員確保してるわけでもないですよね?」


「まぁ、そうね。活動としてやらなければならないことなどもあったりはするが、前にもいった通り『仲良しグループの形成』が基本だから、あまり多すぎるというのも、ちょっと困るしね」


 だから、七人くらいがちょうどいいの。

 そう言われれば成るほどというしかなかった。


「人数が決められてないのは解りましたけど、どうしてわざわざもう一人怠惰を入れたんですか?」


 むしろ同じようなタイプがいるのならば、部員数を増やす必要はないんじゃないだろうか?


「それがその怠惰の先輩――立花志たちばなし先輩というのだけれど、彼は今学期になってから一度も来ていないのよ」


「部活にですか?」


「いや、学校に」


「…………それって」


「退学届も休学届も出てないようだから、おそらく只の休みボケだとは思うんだけどねぇ」


「休みボケで一月……」


 怠惰すぎるにも程があるだろ。


「どうにも不安でなのよねぇ……携帯には出ないし家に電話したところで繋いで貰えないし……もう、だからあの人は!」


 なにやら思い出していた春茜先輩はご立腹の様子だ。

 しかし、学校始まってもう一月近く経つというのに一度も学校に来ていないというのは……登校拒否とかじゃないんだろうか?


「もしかしたらこのまま二、三カ月くらい来ない可能性もあるし、だから言い方は悪いけど梅ちゃんはその代わり。特に部室に滅多に顔を出さない『怠惰』が二人いたところで大して面倒なことにはならないと思うわ」


 確かに。

 これが他の大罪だったら、面倒なことになるかもしれないが(憤怒が二人とか、この小説がバトルものへと変貌していきそうだ)、なにもしない怠惰が二人いたところで寝ているだけっぽい。

 二人も寝ちゃって部屋が狭く感じるとか、そんな程度だろう。

 しかも滅多に来ないとなれば、そんな面倒事もどこへやらだろう。


「ま、補欠とは言っても別に来なくて良いと言っているわけではないけどね。正式に入部届けを出したんだからしっかりとその立場を貫いてくれると助かるわ」


 けど、それならば瀬能が入れる可能性もあるわけか。後で話してやろうかな。……いや、アイツもハッスルしそうだから、辞めておくか。

 放課後まで瀬能と一緒というのは色々と厄介なことになりそうだ。


「まぁ、その先輩の話は置いとくとしても……今日はなんなんですか? 用があるなら早くしてください。昼飯を食べる時間がなくなっちゃうので」


 流石に午後の授業を、このまま何も食べずに受けるハングリー精神は僕にはない。

 上手い事言った。


「大丈夫よ。いまからみんなで昼飯を食べるんだから」


「へ?」


「いや、芽吹ちゃんも大罪部ウチに入る時に約束した件で『学校のある日は昼飯をごちそうする』ということになっての。どうせなら顔合わせ、そして親睦を深めるためにみんなで一緒に食べようかな、そう思って芽吹ちゃんにひとっ走りして住吉くんと梅ちゃんを連れてきてもらったの」


 そう言う春茜先輩の手元をよく見れば綺麗に彩られたお皿の数々。


「だからエプロンなんですね」


「……いままではなんのためのエプロンだと思っていたのよ」


「普通にファッションかと」


「エプロンは重ね着ファッションの為にあるわけじゃないの!」


 おかしいなぁ。僕が読む雑誌にはこういう格好の人が大勢出てくるのだけど。

 まぁ、約半分くらいは何も着てないんだけどな。

 まぁ、着てようが着てまいがさしたる違いはない。

 どうせ、妄想の中では全部脱がすのだし。えへへへ。


「……住吉くん。また、顔が気持ち悪いことになってるわよ」


「直球ど真ん中の悪口は辞めてください!」


「真実を言っただけよ」


「なお悪いわっ!」


 流石にそれをMだという理由で受け流せる度量はまだ僕にはない。


「もう少しオブラートに包んで下さいよ……」


「住吉くん。気持ち悪いわ」


「短くまとめないで!」


 オブラートの日本語訳が「短くまとめる」とかじゃない限りその発想はなかった。

 せめて「緩んだ顔をどうにかしろ」とか「にやけ顔を晒してどうするつもりだ」とかもうちょっと歪曲表現で指摘してほしかった。……いや、それにしたってそこまで歪んでもないし曲がってもないな。

 曲がっているのは僕の根性だけ!

 なんだろう……うまいこと言った筈なのにそこはかとなく虚しい。


「まぁ、確かに住吉くんのいうようにあまり時間もないし、早速昼食にしましょうか」


 おたま片手に笑顔でそう言う先輩はとてつもなく可憐だった。

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