入部する『色欲』
「『七つの大罪』は知ってる?」
「ゲームや漫画でよくみかけるヤツですよね?」
「まぁ、間違いではないかな。で、その七つの大罪というのがどんなものかは知っている?」
僕は首を横に振る。
漫画はそこそこ見るがゲームはしない僕にはよくわからない。漫画も往年の名作なんかがほとんどだし。
僕が読んだ漫画の中にはその設定が使われていたのはハガ○ンくらいか。昔のオリジナル路線のアニメも面白かったよな。
けど、あれにしたって言葉とキャラクターばかりに目がいって、それが何を意味するのかはよくわからなかった。ボインのねーちゃんと綺麗なかーちゃんと可愛い幼馴染とクールな女性狙撃手がいたってことぐらいしか覚えてない。え? 野郎どもとか見る価値ないでしょ? 多くの大佐ファンを敵に回しそうなのであえて言わないけど。
「『七つの大罪』というのは簡単にいってしまえば、本来人間がもっている、人間に悪い影響を与える感情や欲望のことよ」
意気揚々と説明を始めた先輩。どうやら説明キャラらしい。
「『怠惰』『傲慢』『嫉妬』『色欲』『暴食』『強欲』『憤怒』……この七つの人間が持つ罪を纏めて七つの大罪と呼ぶの」
怠惰に嫉妬……確かにあまり人に良い影響を与えるイメージはない。どうにもこうにも悪い影響ばかりを与えそうだ。
「それはわかりましたけど……それが部活の名前になるってのはどういうことなんですか?」
そもそもどういった活動に繋がるのか、不透明で不明瞭だ。
しかし、春茜先輩はさもありなん
「さっきも言った通り、これらの罪は人に悪い影響を与えてしまうおそれがある、と昔の思想家は説いているが、私達はそれでいいんじゃないか、と考えるグループよ」
「…………宗教か何かですか?」
そういう話ならお断りだ。
その僕の言葉を聞いて、先輩は「そういうのじゃないわよ」と笑う。
「う~ん、なんていうのかな? 例えば怠惰という罪があるわ。これは怠け者という意味だけど、別に周りがどう思おうと本人がそれでよければよいとは思わない? それで友達が離れていこうが家を追い出されようが本人がその現状に満足しているのなら良いとは思わない? それに傲慢。何が悪いの? 不遜な態度をとって誰かに嫌われようとも本人がそれを納得した上でやっているなら構わないとは思わない?」
先輩の抗弁は止まらない。
「欲や負の感情が本当に悪いものなのか? 人の為にならないものなのか? 改善しなくてはいけないのか? そういったことを、実践を交えつつ考えようっていうのが大罪部の主な活動よ」
「……一気によくわからなくなりました」
「まぁ、平たく簡潔にいえばそういった短所を長所として伸ばしていこう、ってことよ。部として認めて貰う代わりにやらなきゃいけないこともあるから完全に『なにもしない』ってわけではないけれど、そう大きなことを成すわけでもない。こういうと少し語弊があるかもしれないが大学なんかにある仲良しサークルみたいなものよ」
仲良しサークル。
その言葉には柄も言えぬ魅力があった。
それはさながらガーターベルトやスリットといったような語感までもがエロティシズムな単語のような。
いや、それらの単語は別にエロくないですけどね。それをエロイと感じる僕の心がエロイんですけどね。
と、まぁ、それは良いとして。
「なんで、僕がその部に入ることになるんでしょうか?」
正直、それが一番よくわからない。
なぜ、僕のような普通の高校生がそのけったいな集団の一員として見初められたのか、甚だ疑問である。
「……それを聞く?」
どうやら当然の疑問と思っていたのは僕だけらしく、先輩には説明するまでもないと思われていたようで、
「……いい? 入学式から土日を挟んでの九日間、私達は多くの生徒に様々なアプローチを掛けて見た。現在、候補がいない『暴食』『色欲』『嫉妬』を筆頭にそれ以外でも来年以降の候補生や上級生の面目躍如になりそうなスーパールーキーを。そしてそのなかでも一際、その才能の片鱗を見せていたのがキミ――住吉くんだよ」
「オレが何を見せたっていうんですか? 僕はただのちょっとエッチな今時の高校生ですよ」
「キミでちょっとだったら、この世界に変態と言うのはいなくなるわね」
「いや、だから、僕は別に変態じゃないですってば」
「エロ本拾うのが?」
「普通です」
誰でも一度はする行為だろう?
「髪留め拾うのが?」
「……普通です」
警察に届けはしないけど。
「グラビア雑誌拾うのが?」
「……普通、だと思います」
エロ本より敷居は低い。
「靴下拾うのが?」
「……普通か?」
………………あれ?
「フィギュア拾うのが?」
「……普通じゃない!?」
なんということでしょう。
「ストッキング拾うのが?」
「……変態?」
僕の心で疑問が生まれた。
「リコーダーを披露のが?」
「……変態だ!?」
僕の心で確信に変わった。
「もう一度聞こう、エロ本拾うは?」
「大変な変態行為です!」
あれ? 僕、変態だったのか? ……全く気がつかなかった。
確かに僕には綺麗な女性を見ると思考がえろえろになるという欠陥はあるけれど、それって思春期男子なら普通じゃないの?
「普通じゃないわよ」
考えてることはお見通しとばかりに先輩が僕の思考に割って入った。
……ちょっとおませさんなだけか思ってたけど、そうじゃないのか?
いや、見事にそう誘導されただけかもしれない。ミスディレクションってやつだろう。ミス・ディレクションなら外国の貴婦人みたいでそそられるなんだけどなぁ。
……はっ!? この考えがダメなのか!
「というわけで、キミは逸材なの」
にっこりと満足そうな笑みを浮かべる先輩。
七つの大罪。そして、先輩があげた現在候補のいない罪っていうのは……
「……もしかして僕は『色欲』ですか?」
「それ以外なにがあるっていうの?」
「うわぁ」
にっこりと笑う先輩の言に僕はまた呻き声をあげる。
この年で色欲とかなんか物凄くイヤだ。そういうのは年齢を重ねてダンディズムが全身に行き渡ってからで良いのに。
「今更、何をいっているのよ? だったら、あんな下らないものを拾わなければよかったじゃない?」
「下らないとはなんですか! れっきとしたリサイクルですよ! 時代はエコなんですから!」
「……ちなみに聞くがそのリサイクルとは具体的にどういうことなの?」
「落ちていたストッキングその他諸々はスタッフがおいしくいただけました☆」
嘘だけど。流石にそこまでの修羅道には落ちていない。変態と呼ばれたことに対する僕の意趣返しだったのだけれども、しかしそれを冗談とは知らない春茜先輩はにっこりと上質な笑顔を作り「地獄に堕ちるといいわ」と言って、僕の大事な部分を蹴り上げてきた。
「おぉっ!? ……おおぅ」
かんしんのいちげき。やばい、マジで性別変わっちゃう。けど、そうなったら女湯入れるからそれはそれでオッケー。
しかし、僕がそんな妄想でダメージをなんとか軽減しようとしている最中も彼女の追撃は続き、地に蹲った僕をげしげしと足蹴にしてくる。流石の僕もこうも女性に乱暴されると思わないところがないわけでもなく、ふつふつと内側から湧いてくる感情を抑えきれなくなる。
そして、彼女に一際強く踏みつけられた時にソレが弾ける。
「あぁ! ごちそうさまです!」
蹴られて喜んでいる僕がいた。
「ごちそうさまって……もしかしてキミってマゾなの?」
僕の様相に距離をとる春茜先輩。その汚いモノを見るような目で僕をもっと見るがいいさ。
「どっちでもイけます。両刀使いですから」
「いや、両刀使いってそういう意味じゃなかったと思うんだけど……」
「そういう意味でも両刀使いだから問題ありません!」
そういうと先輩は口を大きくあんぐりと開け、
「本当にキミは見境がないのね……」
「まぁ、ヤローは美少女と見紛うくらいの男性しか受け付けませんけどね」
「意外と制限があるんだね……」
「まぁ、そのルールさえ守ってくれれば、揺り籠からシルバーシートまで大丈夫です!」
「やっぱり見境ないわ……」
そうだろうか?
死んだ人をいれてない時点で結構セーフだと思うのだけれど。世間的にはそうはならなのかしら。
僕は自分の信じてきた現実が覆されてしまった気がしてどうにも釈然としない。
「まぁ、いい……それでまずは一応キミの意思を確認しておこうかしら。大罪部に入るつもりはある?」
「……その『一応』聞くっていうのは、僕が断るのを見越した上で聞いている、ってことですか?」
「あら、断るつもりだったの? 私のいう一応というのは、キミの意思がどうであれ、私がキミを入部させたいと思った時点で、もう既にキミの入部が決定しているという意味よ。必要とあれば他の部活動にも手を回すし教師陣へも手を回すわ。入部しないなら入部しないでも結構だけど、そうすると課外活動72時間は免れないでしょうね」
なんという暴論。というか唯我独尊。邁進あるのみ、前進あるのみ、って感じだ。
そこで先程の『七つの大罪』の話が思い出される。『暴食』『色欲』『嫉妬』を探しているとかいってたけど、それはつまり春茜先輩もなにかしらの大罪をもっているわけで……
「ちなみに先輩の大罪ってなんなんですか?」
「私? 私は『強欲』だよ」
「…………」
『傲慢』とどっちかで迷ったけど、『強欲』だったようだ。
まぁ、『憤怒』や『怠惰』って感じではないわな。
「私は欲しいものは何でも手に入れる。どんなものであれ、強引に、強行的に、強制的に、私は欲しいものは手に入れる。勿論、キミもね」
云って僕の顎を持ち自分の方へと顔を上げさせる。一瞬、プロポーズかと思ってドキッとしたけれど、入部の件だと僕の常識を司る脳の分野がそう答えを導き出した。
クソぅ! 常識人なせいで妄想もままならない!
常識なんて知らなければよかった!
「で、もう一度聞きましょうか。私としても本人の意思での入部の方が気持ち良いから、出来ればそうしてほしいんだけど。大罪部に入る気はある?」
口ではそういうものの、その眼には「何があっても入部させる」という意思が如実に表れていた。
……これはもう入部しかないかな。僕が諦めつつもそのマゾっ気(入部しなくてはいけないこと)と サドっ気(本人の意思での入部をしないこと)から答えを渋っていると、春茜先輩は一言。
「我が部にはあと三人、女生徒がいる」
ピクリ、と僕の耳が動く。体が動く。反応する。
……いやいや、その程度でこの責め苦と攻め苦をやめることは出来ませんよ。それに女生徒っていったって、どんな娘かわからないし。
いや、女性は生きてそこに存在するだけで芸術だ。それに顔の造形やプロポーションを持ちだすのは忍びない。
しかし、しかしだ。
やはり、女性を芸術品としてだけでなく、性の対象に見てしまうのが悲しいかな男の性だ。そして、そちらの角度で見る場合、やはりどうしても容姿や性格で選んでしまうのは仕方がない。
ましてやまだ関わりもない上級生を性格で選ぶとか不可能だし、どうしても容姿で選ぶしかない。
それにさっきいったけど、僕メンクイだし。
その三人とやらがどれだけ可愛いのかで僕の入部率は変わる。
三人とも春茜先輩レベルなら文句はないし、三人とも仁王像やピカソといったそういう類の芸術品なら……ちょっとね。単純に女子の多そうな部に入る。それでこそ男!いや、スケベ!
「女子顔負けのかわいい顔した男子もいるわよ」
「入部します!」
いや、女子と同じくらい可愛い男子とか可愛い女子以上にレアなものを僕が逃すわけないじゃないですかぁ。鼻息が荒くなったような気がするけど気にしない。
「そうか、いい返事を有難う。じゃあ入部っていうことで。ここにサインをお願いね」
「はい!」
先輩がどこからともなく取り出した入部届けに名前を書く。これはあれだな。僕は将来絶対連帯保証人とかになって闇の向こうにドナドナされていくな。
「はい、これで君も晴れて大罪部の一員よ。これからよろしくね」
「はい!」
「じゃあ、これは私が責任を持って顧問の教師に渡してわね」
そういって、先輩はどうやったら上履きからこんな音が出るんだというようなよく響くよく透る足音を立てて、教室から出て行った。
一人になって、思う。
どうしてこうなった、とか。なんで、入部しちゃったんだろうかとか。
不安や後悔も色々あるけれども、春茜先輩の壮絶な笑みを見ていたら、それでもいいかな、って思えてきた。
僕の性癖を知ってまで僕と普通に接してくれた女子と云うのは彼女で三人目だ。こんな僕を受け入れてくれるというのなら、それはそれで価値がある。
そんな人のいる部活動なら面白いこともいっぱいあるんじゃないか。
そう、思ったのは紛れもない事実だ。
……で、この縄はいつまで縛ってあるのでしょうか?
流石の僕も放置プレイには興奮できなかった。