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頼まれる『色欲』

幼馴染、というのはなかなかに魅力的な言葉だ。


若さと同じで、普段気にしていないから気付きにくいが、その魅力に気がついたときには決して手に入らない。幼少期を共に過ごし、そしていまだにこうして仲良くできているというのはとても貴重なのだと思う。

いや、貴重だ。貴重なはずだ。


……普通なら。





 僕の朝は早い。

 家の前をジョギングで走る近所のOLさんや犬の散歩をするマダムを見るためだ。

 僕自身も健康やOLさんと仲良くなるためにジョギングしようかとも思ったが、汗だくで走るお姉さんを間近で見ていると色々と不健全になりそうだったので辞めておいた。何事もほどほどが一番です、はい。

 そんな僕の日課を邪魔するように今日も呼び鈴が鳴る。

 隣に住む幼馴染の花巻薫はなまきかおるだ。

 毎日のように僕の家にやってきては朝飯を食らっていく。


『幼馴染』――いい字面だ。


 玄関が閉まるのがわかる。


『幼馴染』――甘美な響きだ。


ドタドタと階段をあがってくる足音が聞こえる。


『幼馴染』――幼馴染、ああ幼馴染、幼馴染(大分字余り)


 ガチャリと僕の部屋の扉のドアノブが動く。


『幼馴染』――それが可愛い女の子だったらどんなに良かったか……。


 扉が開き、幼馴染が顔をだす。


「おい~っす」


「ラブコメ舐め過ぎだバカヤロー」


「ゴフッ!」


 その瞬間、僕は狙いすまして躊躇なく扉を蹴りつけた。

 扉におもいきり顔をぶつけて僕の幼馴染――花巻薫(♂)は顔面強打した。


 なんだよ、幼馴染がヤローって。誰得だよ。ボーイズラブかよ。マジLOVE1000%かよ。

 だったらせめて中性的な美少年連れてこいよ! 

 だれが好き好んで「見た目は体育会系、中身はオタク。掛け値なしの一般ピーポー」をチョイスすんだよ!

 パワプロでいうかれんちゃんとかなの? 威圧感とか手に入るの?


「イタタタタ……と、おぉ、高良! 今日もちゃんと起きてるな! ……ってちょっと待て! 今、扉を蹴ったのはお前か! 俺の綺麗な顔が台無しだろうが!」


「あぁ、悪かったな。だが、もとはと言えばお前が女に生まれてこなかったが悪い。よって謝れ」


「おう! なんかわからんが悪い! ……ってなんでだよ!」


 俺の幼馴染の彼の頭が残念すぎる。


 これでコイツの方が偏差値の高い高校なのだから余計タチが悪い。

 なぜ、これに学力的な負い目を感じなければならないのか。名誉棄損とかで公的機関に訴えたい。提訴だ、提訴。


「で、珍しく苛立ってるけど何かあったのかよ?」


「別に。たまには自分ん家で食って来いよ」


「ウチで食ってきてもここに来るまでに腹が減るんだよ」


「そんな身体でどう学校まで行くんだよ」


 ウチまで歩いて三歩とかだぞ。アヒルの知能とコイツの胃袋は同程度なの?

 そして、そういうキャラは既にいるから。男の幼馴染でキャラ被りとか何様のつもりだよ。


「同じ暴食でもお前じゃなくて芽吹が幼馴染だったらよかったのに」


「誰だよ、それ? ……女子か? 女子なんだな! 女子とみた! 紹介しろ! 今すぐ! ナウ! ギブミー女子マネー」


「えぇい! やめんかうっとうしい!」


 むやみやたらと「!」マークを使うな! そしてさりげなく金でも要求するかのように女子マネージャーを欲しがるな! 


「くぅ、お前一人だけうらやまけしからん思いをするなんてみとめん! みとめんぞぉぉおお!」


「自分の学校で探せよ。お前んところだって共学だろ?」


「……ウチは部の方針で女子との会話は最低限しか出来ない」


「……流石、強豪校」


 薫が通う常雨高校とこあまこうこうは甲子園出場経験もある野球の強豪校だ。部員数も三桁近くはいるって話だ。

 薫も野球部に在籍しており、公式試合はまだらしいが一年生ながらに練習試合などにはすでに出ているらしい。さすが、円山つぶらやま中学期待の星。


 家がご近所、幼稚園から中学校まで同じで、小学校までは同じ野球チームにも入ってた。いまだに野球の続けてるコイツとは違って僕は早々に自分の可能性に見切りをつけてしまったのだけど。


「はぁ……女子と話したい女子と出会いたい女子と青春したい!」


「………………」


 育ってきた環境がほぼ同じせいか、長い時間を共に過ごしたからか。俺とこの幼馴染は考え方や好むものが似ている。

 それは当然、女性に関することにも言える。

 どちらがどちらに影響を与えたのかは定かじゃないが、こいつも僕同様、女性に対しては並々ならぬ関心を持っている。


 いや、こいつには勝てると思いたくない。


 中学入学と共に学年別の「スタイルの良い女子ベストスリー」とか「各中学の主な可愛い女子」とかをリストアップしてたヤツには流石に勝ちたくない。

 なんだよ「リコーダーの先端部分をすり替えられた回数が多い女子ベストスリー」って。ただ可哀そうなだけじゃねぇか。苦い経験が甦るよ。


 ……ちょ、おいおい僕を疑うなよ?

 僕はそんなことしないからね? 僕は好きな子のリコーダーを勝手に吹くような少年じゃなかったからね?


 リコーダーを忘れたといって、学校で貸し出してる奴を肩っぱしから俺色に染めたりはしてたけど。


 そうすれば、女子がリコーダーを忘れたとき合法的な間接キスとなる。

 リコーダーを忘れるようなズボラは男子だけだよとか考える人間は浅はかなり、だぜ。ズボラな男子はリコーダーを持ち帰ったりしないからな。

 忘れるのは学校にリコーダーを置いておくと勝手に笛口を交換されそうになる可愛い女子ばかりだ。 そういう子はしっかりしてるから大抵忘れ物とかしないんだけど、たまにうっかり忘れることがあるみたいで、そういう時は僕の口付けたリコーダーをその子が使うことになる。

 まぁ、女子が使ったあとは争奪戦のようになることもあるので、そこには参加しない。そんなことをすれば、女子の心証を悪くするだけだからな。これ豆知識な。



 僕は女子からの好感度にも割と気を遣っているのだ。


 そのおかげか中学の時は「優しい人ランキング」で一位だった。

 なんだよ、優しい人って。

 それ、あれだよね? 「優しいけど恋人にはちょっと……」っていう「優しい」だよね? もう少し評価すべきじゃね?


 その後、お互いがお互いに勝手に傷ついて二人してしばらくうなだれていたわけだが、ふと薫が思いだしたかのように話を切り出してきた。


「あ、そだ。お前、例のブツは手に入ったのか?」


「例のブツ……?」


 すっかり過去の出来事に心をぐさりとされて、しょげかえってた僕にはそれが何を意味しているのかさっぱりわからなかった。


「あれだよ、ほら、オークション用の……」


「ああ」


 その言葉に僕は頷く。


 オークション。

 

 ここで僕らがいうオークションは一般的に知られているオークションで間違いはない。競売、競りと呼ばれるアレだ。

 しかし、そこは高校生。何も絵画や彫刻を扱うわけじゃない。

 僕らが扱うのはある意味もっと貴重でもっと価値のあるものだ。


「で、瀬能さんの私物は手に入ったのか?」


 そう。僕らにとって美術品よりも高い価値のあるもの。


 それは人気の学生の私物。


 学区内外の高校生が集まって秘密裏に行われ、私立公立関係なく学区内の高校に通う生徒達の様々な物品が競りにかけられるこのオークション。


 僕は瀬能と仲が良いという噂がまことしやかに流れ、中学の同級生連盟から「是非、瀬能さんの私物を!」という無茶なオファーをされた。


「いや、ムリだろ」


「そこをなんとか!」


「ちなみに聞くが……瀬能に『私物をくれ』と頼みにいったバイヤーはどうなった?」


 バイヤーとはオークション用の私物を持ち前の明るさや容姿で調達してくる人物を指す。女ったらしや女子ウケの良いお調子者などが多い。逆もまた然り。


「凍えるような笑顔のまま無言で十分経ったころに諦めたそうだ……」


「……うわぁ」


 正直、罵倒されるよりもキツいかもしれない。


「ますますやりたくねぇ」


「後生だ! この通り!」


 そういうやいなやいきなり土下座までしてきた。

 だが、こいつの土下座は安いので気にする必要はなし。

 ラーメン屋で「そっちの方が具が大きい気がするから俺のと替えてくれ」と云って土下座するようなヤツである。


「他にも仲の良いヤツいるんじゃないか? 特に女子とか」


 コイツは知らないがアイツは女子はめっぽう弱い。頼めばそれこそすぐにでも何かくれるだろうというのが僕の予想だ。


 この学生私物オークション。話だけ聞くと男ばかりだと思われがちだが実はそうでもない。憎きイケメンの私物が出品されることもあるし、同性のかっこいい女子に憧れを抱くのは中学生までの特権というわけでもない。

 ま、ゆるゆりもあればガチゆりもあるという話だ。


「いや、瀬能は女子ウケいいからなぁ。あまり出回んねぇんだよ」


 そう言い放つ薫。

 通常、男子受けの良い美人というのは、女子グループにおいて表面上はどうあれ裏ではあまり良く思われてないことも多い。

 その為、そういった女子達から私物が回ってきたりもするのだが、瀬能は裏でそういう扱いもされてないので流れてこないのだとか。


「だから、お前だけが頼りなんだよ! 頼む!」


「いや、そう言われても……オレがそれ言ったら多分殺される気がする」


 僕と瀬能の『仲の良さ』とはそういう類のものだ。その辺りを勘違いしないでほしい。


「大丈夫だ、骨は拾ってポチにやる」


「結局捨てるんじゃねぇか」


 そして、骨になる気もさらさらない。

 よし決めた。

 

 絶対にやらない。





 高良は仲の良い男友達や(ときどき)瀬能には「俺」を使います。あと女子と接する時とは若干テンションというかキャラクターが違います。

 キャラをつくっている訳ではなく、その場その場での立ち位置を弁えているといった感じです。


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