含み持たす『傲慢』
「この高貴にして華麗なる存在である咲野・ブリリアント・凛太郎が特別に説明してあげよう。はっはっは、一文字たりとも聞きもらすんじゃないぞ、私の有り難い美声を使うのだからな!」
ミドルネームは初めて聞いたな。いや、顔立ちだけ見るとハーフと言われても頷いてしまうものがあるので、嘘とは限らないが。でもブリリアントって「輝かしい」って意味だぞ。絶対この人、自分でつけたに違いない。
「我ら大罪部の活動内容は大きく二つある。ひとつは『己が欲に磨きをかけること』もうひとつは『持ち得る欲で世界の平和を護ること』だ」
おい、後半のぶっ飛びっぷりが半端じゃねぇぞ。
「え……っと、嘘ですよね」
僕が視線でこゆる先輩に合図を送ると、先輩は申し訳なさそうにいう。
「残念ながら、どちらも本当よ」
「…………」
おいマジかよ。世界の平和とかもう国連クラスじゃねぇか。何? ぼくら常任理事国? アメリカ? 中国? ロシア? ……あ、ロシアは可愛い娘多いっていうよね!
「まぁ、世界というのは最終目標だ。いわば到達点だな。キミ達は『セカイ系』という言葉を知っているかね?」
「セカイ……なんです?」
「セカイ系。物語のカテゴライズの一種だと思って貰えればいいが、要するに主人公の行動が世界の命運そのものを握っているというタイプのストーリーだよ。まぁ、他にも社会領域を素通りするなどといった細かい注釈がついたり別の解釈や用法もあるのだけれど、今回において、それらは除外しよう」
なにやら小難しいお話になってきた。
セカイ系、ね。なんとなくの雰囲気は掴めた。要は「伝説の勇者が魔王を倒す」とか「隙になった彼女が実は世界の命運を握っていた」みたいな感じの話だろう。そういうのは何度か見たことがある。最近はもっぱら萌え系しか見てないけど。
パンチラは正義、パンモロはギルティ。
パンがなければ、パンツを食べればいいじゃない。
僕の座右の銘は兎も角として、セカイ系のお話。
「さて、このセカイ系、というのは実に興味深い分野であるがなによりも僕がいいたいのは、この類型の主人公は直接的には世界を救おうとしていない、という点だよ」
部長はモデルのような長身美形でモデルのように優雅な足取りで馬鹿みたいにきっちりをポージングをとりながら、説明する。
ちなみに説明には全然関係のないポーズだ。本人の趣味嗜好だろう。
「世界を救おうともしていない――単純に恋だの愛だの欲だのといったモノがあり、それを欲することにより、主人公は多大なエネルギーやパワーを得て、目的を果たす」
つまりはさきほど僕が思い描いた例の一つ「好きになった娘が実は世界の命運を握っていた」パターンのやつだろうか。
主人公は世界とか関係なく好きな人を守りたい、そのためには世界も守る必要がある。だから、主人公は世界も守ることにした。
この場合、主人公の原動力は「愛情」とか「好意」といった感情になるわけだ。
「それと同じように、僕らも持っている欲をパワーに変えて強くなれ、ということですか?」
僕なら「色欲」、こゆる先輩なら「強欲」、梅なら「怠惰」、部長なら「傲慢」。それらはチカラに変換する。
「そう。そして、そのためにはまず物語りの主人公になれるだけの欲が必要になる。それが1つ目の活動内容、『己が欲に磨きを掛けよ』だ」
「はぁ」
それはなんとなくわかる。
つまりは欲することで色んな能力が向上するということだろう。
赤ん坊に何も教えず、身の回りのことを全てやってしまい、赤子には何もさせないでいると、脳の機能も身体的な機能も弱体化して、最後には生きる気力すら失ってしまうという話は聞いたことがある。
つまり欲望と言われるようなマイナスな感情であっても、それ自身は己の糧になるということである。
それを昇華し個性にしろ、ということなのだろう。
「そして、その後にふたつめ『世界の平和を護れ』というのが出てくる」
「それがわからないんですよね」
いきなり話が飛躍する。飛躍というかも飛翔といってもいいレベル。おい大空に羽ばたいていくなよ。
「いいかい? 基本的に私らが人並み以上に持つ欲は愛や友情とは違う。大罪と言われるだけあって、通常あまり人に歓迎されるようなものではない。
適度な食欲、適度な性欲は人間が生きていくうえで必要とはいえ、それらを過剰にもち、持てあましている人間がいるとすればそれはとても危険なことだ」
確かに。
過度な食欲はそれだけ世界を貧困に近づけるし、過度な性欲を持て余せば強引に事に至るという可能性もある。それらは犯罪につながりやすい。それこそが犯罪であるといってもいいくらいだ。
「しかし、それは裏を返せばその人物の食欲なり性欲はそれだけの力があるということだ。世界を貧困に近付けてしまうような、他人の意志に関係なく自分の思い通りにさせるような、そういう大きなチカラが存在するということだ」
世界を引き合いに出すのはちょっと大仰ではあるが、確かに結果だけを見ればベクトルに関してはいざ知らず、それなりのチカラを持っているといっても過言じゃない。
「ならそのチカラをより良い世界を作るために使おう、ということだよ。『世界』というのは比喩表現でもあるのだよ。自分が住む範囲という意味のね」
「狭義の意味での世界ですね」
「なかなか言葉を知ってるね。その通りだよ」
ふむふむ。ちょっとは話が見えてきた。
ちょっと整理してみよう。
一つ目の活動内容は『自分の欲を磨くこと』、これは大罪によって異なるので1人1人違うが僕の場合は色欲なので……もっとエロイこと考えろということか。
うん、問題ないな。
二つ目は『自分の欲望をパワーに変えて世界平和』
前半部分はそのまんまとして、後半部分の「世界平和」が「目に見える範囲の問題に対処しろ」ってことだから、つきつめると「困っている人がいたら、エロのチカラで助けよう」みたいなノリでいい気がする。
つまり、大罪部の活動内容は……
「暇な時はエロイこと考えて、誰かが困ってからエロい考えで助ける。って認識でいいんですか?」
「まぁ、間違ってはないね!」
「間違ってます! 内容以前に人として!」
部長は正解といい、こゆる先輩は不正解という。どうすればいいのだろう?
僕が困惑していると初めて部長が手助けしてくれた。
「エロイこと云々は個人の了見によるところも多い。認識としては『困っている生徒を見掛けたらお手伝いをする』程度に思っていてくれてたらいい。
別に自分から問題を探しにいくようなこともない。必要そうなら私が天才的な直感を元にゴーサインを出すのでな」
勘でお手伝い、というのもどうかと思うが、いまはそこをつつく必要もないだろう。
「いままでの話を総括すると、平時は特にやることがないってことですか?」
「まぁ、ぶっちゃけそうだな。欲を磨けなんてのはやることがない故に捻りだした言い訳みたいなものだしな!」
「けど、それだと更によくわかりませんね。なんで、この部活が出来たのか」
これじゃあボランティアとなんらかわりない気もする。
そんな部活動が承認された裏には何かしら理由があるような気がするのだけど。
そう思い、部長をみやるも、
「なぁに……単なる仲良しクラブだよ」
彼はそう云って薄く笑うだけだった。
そうじゃないことぐらい、今日会った僕でもわかる。
その瞳の奥になにを隠したのかまでは流石にわからないが、「なにか」隠した。けど、それを開かせられるほど、僕は部長のことを知らないし、部長は僕を信用していない。
「……そうですか」
言葉では了承しつつ、心の中には消化しきれない思いがわだかまっている。けれど、いいたくないなら別にいいだろう。
それがこの世界の命運を握るナニカなら別だけど、まぁ流石にその展開が現実にあるわけもないだろうし。
人は他人に言えない秘密を誰しも一つや二つ持っている。僕のこの性癖だってこの場ではこうして受け入れられているけれど、だからといって全校生徒の前で堂々と宣言できるかといったら無理だ。
だから、他人が隠したいことを無闇に詮索したりすべきじゃない。それが他人に迷惑をかけないために一人で背負いこんでいる秘密でもない限り、僕は暴く気はない。