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どうやら苦労してるのは一人じゃないらしい。

 部屋に帰ったら緑色の髪の可愛らしい幼女が冷蔵庫を荒らしていた、というのは中々貴重な体験なのではないか、と谷村は思った。少なくとも、日常に溢れてるようなことではない。

現在目の前にはその幼女が椅子に座っている。


(空き巣、ということになるんだろうか?)


 部屋の主が不在の間に忍び込み、食料を勝手に食べる。確かに空き巣と呼べるものである。が、今はそれよりも疑問なことの方が多い。


「まず聞こうか。お前は誰だ?」


「ユイだよ」


 見た目に似つかわしい可愛らしい声で少女が答えた。ユイ。それが彼女の名前らしい。


「苗字は?」


 谷村は訊ねたが、ユイは首を傾げた。苗字が分からないのだろうか。見た目は小学三年生ぐらいなので、歳が見た目通りなら苗字ぐらいは分かっていそうなものだが。


「まあ、いい。じゃあ歳は?」


 またしてもユイは首を傾げた。


「親は? お父さんやお母さんはどんな人なんだ?」


 ユイは再三、首を傾げた。


「おい、真面目に答えろよ!」


「真面目だよ。本当に分かんないだよ」


 声を荒げる谷村に臆することのないユイ。それを見て谷村はもしかしたら本当に分からないのかもしれない、と思い始める。


「……もしかして、記憶喪失ってやつか?」


「うーん、そうかも」


 目の前の少女が何者なのか、手がかりが少なすぎた。親がいないはずはないのだが、ユイは分からないという。どうしたら親すら分からない状況に陥るのか不思議で仕方ないが、その言葉が嘘ではないのなら、もう谷村にできることは一つだろう。


「今日は夜遅いし、明日になったら警察まで行ってお父さんとお母さんを探してもらおう」


 警察に保護してもらう。それが一番だと思い谷村が提案した。


「イヤッ!」


 唐突に声を荒げて、ユイが明確な否定の意を表した。


「嫌って言われても……。他にどうしようもないじゃないか」


「イヤッ!」


 谷村は困った。普通に考えれば妥当な選択なのだがこうも明確に嫌がられると、谷村は無理に自分の意見を押し通すことを躊躇ってしまうのだった。しかし、この少女のためである。

谷村は嫌がるユイを叱りつけた。


「我侭言うなよ!」


「バカァッ!」


 見知らぬ少女に馬鹿と怒鳴られた。怒るよりも先に、谷村は落ち込んでしまった。谷村 和樹、小さい子供には昔から弱い方である。


「……ここがいい」


「ハイ?」


「ユイはここがいい」


 ワケが分からないよ。唐突にそんな言葉が口をつきかけた。今目の前の少女はここがいい、と言った。こことはつまり、谷村の部屋だ。見ず知らずの赤の他人の部屋で、しかも魅力を感じるような物は一切置いていない。そんな部屋に居残りたいと何故この少女は思ったのか。


「……ん? 聞き忘れてたけど、どうやってここに入ったんだ? 鍵が掛かってたはずなんだけど」


 部屋について考えを巡らす中で唐突に思い出された疑問を谷村が口にすると、ユイが懐から何かを取り出した。銀色に輝く細いその物体は、針金だった。


(ピッキングって犯罪なんじゃあ……)


 何故ピッキングが記憶喪失、しかも幼いユイにできるのだろう、と谷村は疑問に思った。谷村の家に勝手に入ってきたことと含めて考えて、両親の教育が少なくとも良いとは言えないのは明らかだった。


「……何で俺の部屋が良いと思うんだ?」


 何となく触れづらく感じたので、谷村は話題を変えた。


「ここのご飯は美味しいからここが良い」


「あー、そう……」


 谷村は納得した。一年目、二年目とプロで大活躍した関係でそれなりに大きな金を貰いながらあまりお金の使い道が思いつかなかった谷村は取り合えず良質な食材を取り揃えることにしていた為、冷蔵庫の中の食品は味が中々のものが揃っているのだった。


「とはいえ、小さい女の子が男一人の俺の部屋にってのはマズイだろ。やっぱり警察に……」


「ユイのこと置いてくれなかったら、変態に襲われましたって大声で叫ぶ」


「やめろ!」


 末恐ろしいことを考える少女だ、と谷村は心の底から思った。プロ野球選手として終わってしまうどころか、人間として終わってしまうこと間違いなしである。


「あー、もう分かった! 取りあえず解決策が見つかるまでは俺の部屋に居てもいいから!」


 ただでさえ元々小さい子供には弱い上に、変態ロリコンのレッテルを張られては叶わないと観念したか、谷村がユイに大声で告げた。

すると、ユイはおもむろに椅子の上に立つと、ぺこりと頭を下げた。


「ユイです。よろしくお願いします」


 不法侵入者の割りには礼儀正しいユイだった。


「はいはい、こちらこそ。谷村 和樹ですよろしく」


 投げやりな口調で谷村が言った。どうしてこうなった。それが谷村の正直な感想だった。




 それから一時間後、ユイはリビングに設置されていたテレビを見ていた。谷村がユイに話しかける。


「えーと、ユイ。一つ確認しておきたいんだが、俺が部屋を空ける間はどうする気なんだ?」


「かずき、どっか行くの?」


「俺、プロ野球選手なんだ。だから練習とか試合とかで部屋を長期間空けること結構多いからさ」


「かずき、野球選手なの?」


「ああ。それで、部屋を空けてる時の話なんだけど、料理とか洗濯とかの家事が自分で出来たりは……」


 ユイが首をふるふると横に振った。


「だよな。幸い明日はフリーだけど、それ以降はどうしよう。事情が事情だし、学校に行くのは無理そうだし……」


 まさかこんな小さい子にコンビニ弁当生活を強いるわけにもいくまいと谷村は思う。


(かといって料理を教えて火傷したりしたら大変だしな。とりあえず料理の作り置きでもしておこうかな……)


 過保護なお父さんみたいなことを考えている谷村であった。


「ね、ね。かずき。おふとんはどうするの?」


 考え込む谷村にユイが話しかけた。


「え、布団?」


 考えていなかった。マンション暮らしの谷村にベッドは二つは必要なかったので、用意はしていない。


「ベッド一つしかないからなぁ……。う~ん、取りあえずユイの分は買いにいくとして、今晩はどうしようか……」


「いっしょー!」


「え? あはは、一緒に寝るのはマズイよ」


「えーっと、子供相談センターは……」


「一緒に寝よう!」


 つくづく恐ろしい子供に居座られたものだ、と谷村は再度実感して立ち上がった。というか、普通は一緒に寝ようという発言こそ子供相談センターに電話されてもおかしくない発言なのだが。

そんなことを考えながら、谷村は自分のバッグのところまで行って携帯を取り出す。


「かずき、おでんわ?」


「あー、うん。ちょっとな」


「だれにかけるの?」


「一人、俺の留守中にユイの面倒見てくれそうな人を知ってるからさ。一応掛けてみよう、と思うんだけど……」


 谷村の声が尻すぼみに小さくなっていく。今から電話をかける人物。その顔を思い浮かべて、谷村は小さく喉を鳴らした。


「かずき?」


 谷村の様子を疑問に思ったのか、ユイが声をかける。


「ああ、いや何でもない」


 笑顔を取り繕った後、携帯の電話帳からその人物の登録番号を呼び出す。画面には『安田やすだ 美咲みさき』という文字が現れていた。谷村は一瞬戸惑ったが、覚悟を決めて通話ボタンを押した。


『も、もしもし!』


 呼び出し音が数度鳴った後、少し高めの女性の声が聞こえてきた。


「あ、もしもし。美咲か?」


 安田 美咲は谷村の幼馴染だった。小学校から高校まで、同じ学校で過ごした関係で高校を卒業してからも交友があったのだ。


『ひ、久しぶり。珍しいじゃない。和樹から電話かけてくるなんて……』


 久しぶりなせいか、少し美咲の声は固かった。


「あ、ああ。そうだな、半年ぶりぐらいか」


 最も、喋りが固いのは谷村も同じなのだが、それは久しぶりだからではない。これから彼女に頼む“あること”が彼の気持ちを緊張させているのだ。


『八ヶ月、かな。えっと、何か用?』


「ああ、うん。ちょっと仕事の依頼を……」


『えっ、仕事?』


 美咲の声が上擦った。美咲の仕事はお手伝いさんの仕事をやっていたことを谷村は思い出していたのだ。


「駄目か?」


『う~ん、駄目っていうか……』


 しばらく美咲は口を閉ざしていたが、やがて沈んだ声で呟いた。


『あのー……。何というか、つい最近お世話になってた紹介所追い出されちゃってさ。クビってやつ? だから今無職、なんだよね……』


「そ、そうだったのか! スマン!」


『べ、別に良いって! 何ていうか、所謂上司と意見が合わなかった的なね?』


「そうか……」


 美咲の話を聞きながら谷村の声が沈んでいく。職場に居られなくなる。幼馴染の美咲がそのような状況に置かれ、クビという言葉に現実味を感じて谷村はショックを受けていた。

と、同時に色々と思うところがある時期であろう美咲に呑気に仕事の依頼の電話をかけてしまったことに谷村は罪悪感を覚えた。


「スマン、タイミングが悪かったな……」


『しょうがないよ。本当に最近だったから、あたしもまだお母さんとかぐらいにしか話してなかったし』


「そっか……。夜遅くに悪かったな。それじゃあ……」


『ちょっと待ちなさい。和樹、あんた一応自分一人で家事はできるしお手伝いさんなんて必要なかったはずよね』


 美咲の鋭い指摘に思わず身が強張る。美咲の指摘どおり、自炊洗濯等の家事ができ、特に困った物欲もない谷村にはお手伝いさんを雇う必要がないのだ。


「え、いや、何でもないんだ! ただちょっと自分でやるのがめんど……」


『嘘ついてんじゃないわよ! 野球に集中したいとかならともかく面倒くさいぐらいであんたが家事を人に任せるわけないじゃない!』


「ぐぅ……!」


 しまった、と谷村は自分の失策を悔いた。それからしばらく黙秘していた谷村だったが、やがて観念したように息を吐き出した。もしも美咲に仕事を受けてもらったとしたらどのみち知れることだ。


「……その、怒るなよ?」


『いいから言ってみなさい』


「留守中に俺の部屋に忍び込んできた幼女の面倒を見ることになったんだ」


『ごめんなさい。電波が届かなかったみたい。もう一回言ってくれるかしら?』


 美咲の口調は静かだった。その静けさが逆に谷村の恐怖心を駆り立てるのだが。


「……」


『……ハァ』


 電話越しに伝わってくる無言の圧力に谷村が恐れ戦いて何も言えずにいると、美咲が溜息をつく声が耳に入ってきた。


『人のこと言えた立場じゃないけどさ。今あんた人の面倒見る余裕あるわけ? 肩の怪我してから、全然活躍できてないでしょ』


 正論である。怪我が治ってからの谷村の一軍での成績は二年で3戦全敗。今の谷村は言ってみれば崖っぷち、土俵際。そのあたりの言葉が似合う立場である。本来なら美咲の指摘した通り、人のことを気にする余裕はないのかもしれない。


「……それはそうだよ。確かに俺の今のプロ野球選手としてはかなり危ない状況だし、必死でやらなきゃいけないってのは正しいよ」


『だったら』


「どうも記憶喪失らしいんだ」


 何か言いたげな美咲の言葉を遮って、谷村は告げた。谷村と美咲の主張、どちらが正しいかなんて明白だ。幼いとはいえ、立派な不法侵入者。少なくとも、職を失うかどうかの瀬戸際にあるだろう谷村が面倒を見なければならない道理は存在しない。

だが、一体どのような方法で谷村の部屋に入ってきたのかは分からないが、記憶喪失の少女を追い出して自分のことに集中できるように谷村の精神はできていないのだ。


『ちょっと待って、記憶喪失って……』


「マジ話だぞ」


『何その現実味のない話……。どうやったら記憶喪失の子が部屋に忍び込んでくるのよ』


 美咲が溜息混じりに言った。現実味のない、まったく馬鹿げた話。谷村もそう思う。


「でも、現実なんだよ。困ったことにな」


『……ちょっと待ってて』


 しばらく黙っていた美咲が突然そう言ったかと思うと、携帯の向こうから何かを漁るような音が聞こえてきた。


「美咲?」


 疑問に思った谷村が美咲の名前の呼ぶ。


『今からそっち行く。この前会った時と住所変わってないんでしょ』


「えっ、い、いやおい待て! 今何時だと思ってんだ!?」


『40分もあればつくわ』


 突然来訪を決めた美咲に慌てふためく谷村の携帯から無機質な電話音が響く。美咲が電話を切ったのだ。


「美咲さぁん!?」


 叫んでも当然美咲から返事が返ってきたりすることはなかった。


「マジかよ……」


 呟いて、時計に目をやる。時刻は既に二時を回っていた。


「かずき、どーしたの?」


 ユイが首を傾げて言った。


「あ、えっとー。い、今から俺の友達が来ることになったんだけど、どうする? 先に寝とくか?」


「う~ん……。じゃあ、さきに寝ようかな。ちょっとねむたいし!」


 眠たい、の部分に妙に元気が溢れていたため谷村は


(本当か?)


 と一瞬疑ったが、その直後にユイが大きなあくびをした為、ユイが眠たいということは真実であると証明された。


「じゃあ、そっちの部屋にベッドあるから、先に寝といてくれ」


「ほーい!」


 谷村が寝室を指差すと、ユイが軽い足音を鳴らして小走りにそちらへと走っていった。その姿を見送りながら、谷村は溜息を吐いて椅子に座り込んだ。


(本当、とんでもないことが起こってるよなぁ……)


 バタン


「かずき、えっちな本みっけたー!」


「早く寝ろクソガキ!」


 色々と前途多難である。




 ユイが寝静まり、静かになった部屋で谷村は一人コップに入れた水を飲み、美咲がやってくるのを待っていた。電話があってから既に三十分が経っていた。


「やっぱ明日にしてもらえばよかったな……」


 美咲は免許こそ持っているが、車自体は現在所持していなかったと谷村は記憶していた。恐らくタクシーでも拾ったのではないかと彼は思うが、やはり女性が一人で夜道を移動するのは心配だった。


「……今どの辺かな」


 電話して確認してみることも検討し始めていたところで、チャイムが部屋に響いた。スクリーンつきのインターホンに出ると、画面には黒髪を長く伸ばした女性が写っていた。彼女が谷村の幼馴染、安田 美咲である。


『着いたよ。開けてくれる?』


「はいよ」


 言われたとおりに部屋の扉を開けると、美咲の姿がそこにあった。


「久しぶり」


「お、おう」


 谷村は思わず圧倒されていた。何にかというと、美咲が持ってきていた荷物にである。彼女は旅行で使うような本格的なキャリーバッグを右手で引き、反対の肩に大きな鞄を提げていたのだ。


「と、とりあえず入れよ」


 谷村が住んでいる部屋の玄関はあまり広くないため、体を壁に目一杯寄せて、美咲が通れるように空間を作る。


「じゃあ、お邪魔します」


 そう言って、美咲もなるべく反対の壁に身を寄せて谷村に荷物がぶつからないように配慮しながらリビングの方へと向かった。後を追って、谷村もリビングの方へと向かう。

先にリビングに入っていた美咲は、荷物を適当なところに降ろして突っ立っていた。


「遠慮すんな。座っていいぞ」


 谷村が促す。美咲は首を横に振った。


「あ、ううん。そうじゃなくて、噂の幼女さんはどこかな、と思って」


「ああ、もう寝てるよ。眠たそうだったからな」


「そっか」


 谷村の説明を聞き終えて納得したのか、美咲は椅子に腰を下ろした。それを見て、谷村は対面側の椅子に座った。


「悪いな、こんな夜遅くなのに。明日来てもらえばよかったかな」


「それはあたしが勝手に来たんだから気にしなくていいわよ。それより状況を説明してくれる?」


「早速だな」


 谷村は思わず苦笑した。それから表情を変えてユイのことを説明し始める。


「まず分かってることなんだけど、実は名前がユイってことだけなんだ」


 谷村が言った。ユイが部屋に忍び込んだ方法はピッキングであるということは隠そうと決めていた。


「持ち物とかは?」


「確認したけど、身元が確認できそうなものは何もなかった」


 美咲が両手をテーブルの上で組んで考え込む。


「妙な話ね……」


「ああ。多分、ユイには悪いけど親はまともな人間じゃないと思う」


 理由があったとしても、ユイのような幼い子供が不法侵入を考えるのは異常だ。そう思った谷村が意見を述べると、美咲が頷いた。


「そうね。それは間違いなさそう。ただ……」


 美咲が言葉を切った。


「うん?」


「……何かヤバイ組織とか関わってたりしないわよね?」


 やばい組織。黒サングラスをかけた○○○な方の顔が谷村の頭に浮かんでくる。


「いや、流石にそんな小説みたいなことは……」


「でも、現に小説でしかありえないようなバックグラウンドじゃない?」


 言われてみるとそうである。そのことに気付いた途端、谷村は何となく背筋が冷たくなるのを感じた。


「だ、大丈夫だろ……多分」


「でも面倒見てあげるつもりならそういうありえないシチュも一応頭の片隅に置いといた方が良いと思うわよ。事情が事情なんだし」


 美咲の忠告に谷村は神妙に頷いた。美咲の言うようなヤバイ組織が絡むかどうかはともかくとして、ユイのような小さな子が、落ち目とはいえプロ野球選手である谷村の家に居るとなればそれ相応に心の準備はしておいた方がいいだろう。


「そうだな、気をつけとくよ。ところで一つ、聞きたいことがあるんだけど……」


「何?」


「いや、その、やけに荷物多いなって……」


「あ……」


 谷村が苦笑しながら言うと、美咲の表情が凍る。


「……」


「えっと、美咲?」


 そのまま黙りこくる美咲に、谷村が心配げな声を出す。すると、美咲は重たい溜息を吐いたかと思うと、突然頭を下げた。


「ど、どうしたんだよ。急に頭下げたりして」


「いや、その……あたしのこと、住み込みのお手伝いさんとして雇っていただけないでしょうか……?」


「あ、何だそういう……。って、ええっ!? 何故に住み込み!?」


 唐突な申し出に谷村が面食らった。


「あ、あはは! ご、ごめんごめん! そうよね、そんな、住み込みなんてねぇ! 冗談冗談! 忘れちゃって!」


「待て、美咲。何で急に住み込みなんて言い出したんだ?」


「ぎくっ!」


 谷村が問い詰め、美咲が言葉に詰まる。電話の時とまったく逆の立場になった。しばらくすると、美咲が観念したように息を吐き出し、答えた。


「あたしの住んでるアパート、もう取り潰すって話なの。それで、とりあえず当面の住むところを探さないとって状況でさ……」


「そうなのか……。でも、それなら女友達に頼んだ方が」


「いないよ」


 美咲が言葉を遮った。


「いないって……」


「さっきクビになったのは話したよね?」


「ああ。それが何か関係あるのか?」


「うん。先輩と揉めてたからさ、あたし。先輩に目ェつけられちゃってさ」


 目をつけられた。それがどういうことを意味するのか、谷村には容易に理解できた。


「分かるでしょ? 職場でデカイ顔してる先輩とそれに楯突く馬鹿な同期。どっちを味方すればいいかなんて。……だから、泊めてもらうぐらい信頼できる人ってさ、近所だと今あんたぐらいしかいないんだ」


「親は?」


「家出同然で出てきたから、帰るに帰れないよ」


 天井を見つめながら自嘲気味に話す美咲。その表情は何だか非常に疲れているように見えた。どうやら谷村の思っているより美咲の彼に対する信頼は高かったようだ。


「……じゃあ、頼むよ」


 美咲が谷村を見た。谷村は言葉を続ける。


「ユイの面倒、住み込みで見てやってほしい」


「いいの?」


「ああ。試合の時とか一人にするのは可哀相だからな。それに……」


「それに?」


「いや……」


「何よ、言いなさいよ」


「悪い。やっぱこれだけは言っちゃだめだ。忘れてくれ」


 谷村が手を振ってそう言うと、物問いたげな目をしながらも美咲はそれ以上追及することはなかった。二人はしばらく何も喋らずに視線を彷徨わせていた。


「荷物」


 ふと谷村が呟いた。


「うん?」


 美咲が聞き返す。


「いや、何か色々入ってるみたいだけど」


「ああ、うん。あれは布団とか着替えとか入れたりしてね」


 そう言って、美咲が立ち上がり、荷物のところまで歩いていく。


「夜遅いから泊まらせてもらおうと思って」


「勝手に来たくせにそれは厚かましくねぇか?」


「いいじゃない。一つしかないベッド使わせろってんじゃないんだから」


「そのベッドはユイが占領してるけどね」


「あら。じゃあ、一緒に寝る?」


「よせよ」


 ソファで寝るよ、と言って谷村は立ち上がった。


「寝室、借りていい? やっぱりリビングに布団敷くのは変でしょ?」


「ああ、いいよ」


 美咲が荷物を持って、寝室へと向かっていった。それを見届けてから、谷村は部屋の電気を消し、近くのソファに寝込んだ。


「……苦労してたんだな、美咲のやつ」


 何となく物思いに耽る。高校卒業後の進路を知らない同級生、連絡を取り合っている友人の顔が浮かんでくる。彼等も自分や美咲と同じように何かしらの苦境に立たされているのだろうか。

ふと先ほど美咲に言いかけたことを思い出す。


「それに……美咲がいれば同じ野球やってるやつだからこそ言えないような弱音も言えるから……」


 それが先ほど言いかけたことだ。言いかけてやめたのは、それが甘えであることを谷村は分かっていたからだ。


「駄目だよな、そんな生半可な気持ちじゃ」


 目を瞑れば、今日の試合の一部始終が蘇ってくる。


「頑張らないとな、急に居候が二人も増えちゃったわけだし」


 帰ってくるまでの弱気な気持ちがどこかへ行っていた。きっと久しぶりに幼馴染に会って、誰だってそれぞれの苦境に立ち向かっているのだと思えたからかもしれない。絶対に這い上がってみせる。そう決意しながら、静かに谷村は眠りについた。



第二話を投稿させていただきました。……ごめんなさい、タイトル紹介の熱血とか真っ赤な嘘です。しかし、それも今のところという話! きっと3,4話後ぐらいには熱血野球小説になっているはずです!(遅っ!

というわけでそれまではこんな感じで続くような気がします。実際細かい設定とか何も考えてない純度100パーセントの無計画なので何とも言えないんですけど……。


とりあえず、感想とかあったら書いてくれると嬉しいです。できれば感想を持った理由も含めて。


それでは。

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