10月の戸惑い・4
私は、ラメル王国の中でも名家といわれる侯爵家の一人娘で、昔から大勢の使用人たちに囲まれていた。でも私はいつだって孤独だった。両親さえも、私を見てはくれない。どんなに愛想良くしても、どんなに可愛く着飾っても、その瞳に私はいない。固く閉ざされた氷の城で私は耐え忍ぶしかなかった。
レヴィンは、そんな私を救ってくれた人。初めて恋をした人。彼がいなければ、きっと私は死んでしまう。
「お義姉様? どうしたのですか?」
気がつくと、すぐ真横にケーラーの顔があった。子猫のような無邪気な目でこちらを見ている。とても愛らしい、私の義理の妹だ。
「なんでもないの、ごめんなさい。ちょっと、昔を思い出して……」
「あら、めずらしいですね」
「めずらしい?」
「ええ。だってお義姉様はあまり昔の事をお話にならないから」
そう言ってにっこり笑った顔は、やはりレヴィンにそっくりだった。
彼女は私のことをとても慕ってくれているけれど、私が晒してきた醜態を知らなかった。なにも知らずに妹としての好意を寄せてくれるケーラーを見ていると、たちまち心苦しくなる。この純粋なお姫様を失望させたくなかったが、嘘をつくことはもっと悲しかった。
今日はジャニス王妃が主催するお茶会があった。王族や有力貴族の女性たちのみが参加し、季節の木の実を使ったお菓子が振る舞われた。私の「事情」を知っているノーマン様も出席していたけれど、ごく普通に私と接してくださった。こんなに素敵な方なのに、どうしてレヴィンとの仲を疑ってしまったのだろうとつくづく自分を馬鹿らしく思ってしまった。
私は国王から、レヴィンの妻として良く思われていないことを知っていた。そして王妃様も、この前の失態を発端に私への信頼がだんだんと薄らいでゆくのを今日のお茶会で感じた。なぜなら、今日のお茶会で王妃様は一度たりとも私と目を合わせてくれることはなかったのだから。
それだけでまた心が震えたけれど、私は何でもない風を装ってお茶会を乗り切らなければならなかった。私は皇太子妃なのだからと自分に言い聞かせて。
そしてそのお茶会を無事に乗り切り、今はケーラーと場所を移して談笑していたところだった。
「そういえば、来週ギルフォード様がこちらに来るのでしょう?」
私が何気なくその話題を口にすると、ケーラーはあっという間に女の子の表情になった。意味もなく扇を開いて、顔を半分隠そうとしている。
ギルフォード様というのは、隣の大陸にあるクロン王国の第一皇子で、彼女は来年そこに嫁ぐことに決まっていた。その彼が、はるばる海を越えてラメルにやって来る。1カ月ほど滞在する間に、国交に関する話し合いや文化交流、そして結婚の準備が行われるらしい。ケーラーは彼に会えるだけで幸せそうだけれど。
「前に会ったのはいつだったかしら?」
「……1年前に、私が国王とクロンを訪れたときです」
「じゃあ久しぶりにお会いできるのね」
ケーラーは頬をほのかに染めながら頷いた。親同士で決められた許嫁とはいえ、彼女がギルフォード様に真剣に好意を抱いていることは明らかだった。
「私、お義姉様たちのようになりたいわ」
突然そんなことを口にするケーラーに、私はどうしてだと訊いた。
「だって、お義姉様たちだって勝手に決められた結婚相手なのに、とても愛し合っているでしょう? だから私もそうなりたいの」
「……」
恥ずかしそうに、だけど真剣にそんなことを言うケーラーに、私はまた胸が痛くなる。私たちが愛し合っていることが確かでも、私がレヴィンや国王陛下、臣下たちにまで迷惑をかけていることも確かだった。それなのに、私は絶対に彼と離れることができない。この心が、どんなに矛盾していても。
「ケーラー」
「はい?」
「お幸せにね」
ケーラーは満面の笑みを浮かべてくれた。月並な祝福の言葉は、しっかり彼女に届いてくれたらしい。