4月のダイヤモンド
明日帰国するギルフォードのために、今夜は晩餐会が開かれていた。この宮殿で最も絢爛豪華なシャンデリアを頭上に、大広間の宴は愉快に進んでいく。
王族一同、次々と酒を注ぎながら彼の帰りを惜しむ中、ケーラーはどこか無理をして明るく振る舞っているようだった。この後ギルフォードと2人きりになったときに、きっと妹は泣くのだろう。
上座につく国王と王妃のすぐ近くで、僕もエリスと共にギルフォードとの思い出話を語り合っていた。
「父上、母上、どうかされましたか?」
ふいに両親の視線を感じた。僕が声をかけると2人ともワザとらしく視線を逸らす。
「いや、別に何でもないのだが……なんとなく、お前たちの雰囲気が変わった気がした」
「雰囲気?」
「うまく言葉で言い表せないが、少なくとも良い方向に変わったように見える」
僕はエリスと顔を見合わせた。ここ最近エリスとのことで嫌味を言われることが多かった分、この言葉は少し意外だった。
「以前、母上に言いましたよね、色々なことを乗り越えるのを見守ってほしいと」
「ええ」
「この数日の間に、2人で乗り越えた事があるんです。だから私たちは、もう以前の私たちではないのです」
横にいるエリスも、力強く僕の言葉に頷いた。
「もう何があっても、きっと私たちは大丈夫です。この国を治める覚悟も、とうにできておりますから」
僕はテーブルの下で、エリスの手をぎゅっと握った。僕たちは決意を湛えた目を彼らに向けた。
すると王妃は僕たちにこう言ったのだった。
「それが聞けて、安心しました」
そのときの王妃の表情は、僕たちの結婚式のときに見せた“母親の顔”と同じだった。門出を祝福するような、やさしい眼差し。その美しくも母性に満ちた顔を見るのは久しぶりな気がした。
「しかしひとつだけ言いたいのだが」
今度は父上が口を開いた。
「世継ぎはまだなのか?」
「……」
僕はため息をついた。
「ご心配なく。しっかり励んでいますから」
「ちょ、ちょっとレヴィンっ」
「なんだ、事実だろう」
「そんな事ここで言わなくていいの!」
エリスが頬を赤くしながら、僕を制止しようとする。父上たちも、やれやれといった顔をしながら笑っていた。
酒の力が僕をそうさせるのか、気分が高揚する。
僕は顔を赤らめるエリスの耳元で、追い打ちの一言を囁いた。可愛いければ可愛いほど、意地悪をしたくなるものだ。
「なんなら、この後つくろうか。そのドレス脱がせやすそうだし」
「! レ、レヴィン!」
その後、拗ねた彼女の機嫌を取るのは大変だった。その様子を見て、ケーラーには「お義姉さまを苛めるなんて最低」と罵られ、バートレットには「また夫婦の危機か?」と面白がられた。ロジャーズに至っては、「それでこそ皇子ですよね」と、満面の笑みで皮肉を言われたし。
でも、こうして集まった皆の顔を見ていると、どれだけ自分が様々な人に助けてもらっていたのかが良く分かる。僕がエリスとの絆を深められたのも、周りからの温かい目、温かい支えがあったから。そしてそれはこれからも変わらないのだろう。僕もそんな立派な人間になり、堂々と彼女の隣に立っていたい……。そう思いながら、相変わらずそっぽを向くエリスの横顔を見つめた。
で、結局その後、僕は本当に彼女のドレスを脱がせたのかどうか。それは諸君たちの想像に任せるとしよう。
―――どちらにせよ、この上なく幸せな時間を過ごした事に変わりはないけれど。
* * *
「母上はいつも、そのダイヤを身につけてる」
今年で8歳になる息子が、不思議そうに訊いてきた。もう何十年も身につけているこの首飾りは、褪せることなく私の首で輝き続けていた。私はそっと、指先でダイヤを撫でた。
「父上からもらったの?」
あの人と同じ、深い緑色の瞳が私の顔を見つめる。
「そうよ。これは、私たちにとって特別なものなの」
「ふうん……」
広い庭園で、無邪気に走り回る夫と娘が目に入る。それを私は息子と一緒に眺めていた。我が家の大好物、シフェを頬張りながら。
こんな、ごく当たり前の光景を私はいつも夢見ていた。レヴィンは私を愛して、家族をつくってくれた。こんなにも幸福で、穏やかな日常を与えてくれた……。
「エリス」
娘を腕に抱きながら、夫がこちらの方へ向かってくる。
以前のように、心が乱れることはなくなった。今目の前にいるこの人が、不気味な闇を取り除いてくれたから。
万物が活動を始める4月。私たちは何度目かの結婚記念日を迎えた。何度季節が廻ろうとも、変わらないものがある。
“永遠の絆は決して切れることはない”。
あっという間でしたが、何とか終わりました(笑
拙い文章で、お恥ずかしい限りでしたが、ここまで読んで下さった方
本当にありがとうございました!