1月のラブレター・4
ブルーナーからの助言を受け、僕はさっそく彼女に何をすべきか考えていた。何かを贈るという所までは思いついたのだが、何を贈れば良いのか肝心な所が決まらずに煮詰まっていた。
「皇子、聞いているのですか?」と会議で問われれば「聞いていない」と憮然と答え、ヒンシュクの目を向けられる始末だ。
どうしようもないので、僕はあらかたの政務が終わった後に誰もいない図書室に少し籠ることにした。適当な椅子に腰かけると、吐息さえ響くような静寂が訪れる。
ゆっくりと目を瞑ってみる。
そうしながら、彼女と歩んできた日々を思い返した。
初めて出逢ったときの不安そうな顔、僕の全てを欲しがろうとするあの瞳、市場で食べたシフェの味、ここで抱きしめた彼女の柔らかさ、泣き顔……。
なにもかもが、鮮やかによみがえってくる。
僕たちにとって、「特別」を意味する何かを贈りたい。
そこでふと、眩いばかりに輝く何かが僕の中に浮かんだ。それが何なのか気付くのに、そう時間はかからなかった。
「……ああ、そうか」
僕は勢い良く瞼を開けた。エリスに贈るもの、それはあれしかない。
「え? なんで俺に?」
「前に言っていたでしょう。 優秀な職人を知っていると」
次の日、僕は早速バートレットに協力を求めた。本当はあまり頼りたくない相手ではあったが、エリスのためだと思えば楽勝だ。
「そりゃあ何回か女性に渡したことがあるし、職人くらい知ってるけど」
「じゃあその人に作ってもらいたいものがあるんです。一刻も早く」
「はあ?」
「手紙を届けさせるので、住所を教えてくれませんか」
一体これから何が始まるのだという顔でバートレットは少し呆気に取られているようだった。
別れ際、誰に贈るのだと彼に訊かれ、僕は大真面目にこう答えた。
「私がこんなものを贈る人は、ひとりしかいません」
なぜかバートレットは愉快そうに笑った。
* * *
夕食後、寝室にある椅子でいつものように寛いでいた。エリスが湯浴みに行っている間に、全ての準備は整っていた。
この数日間、様々な人の助けを借り、無理をお願いした。そして瞬く間に時間は過ぎ、ようやく僕の計画は最終段階へと移っていた。
幼い頃、親に内緒で小さな悪戯をした時のような、ささやかな興奮と充実感が僕を包んでいる。
間もなく、エリスが寝室に入って来た。
石鹸の香りを漂わせながら僕の横を通り過ぎ、彼女はベッドの縁に腰かけた。この香りに僕が弱いという事をエリスは知っているのだろうか。
「エリス」
「ん?」
彼女の瞳が僕の姿を捉える。
「お願いがあるんだ」
「? 何かしら」
僕はベッドサイドに向かい、そこに置かれたテーブルの引き出しをコンコンと叩いた。
「明日、いつものように私がいなくなったら、ここを開けてごらん」
「え?」
「絶対に、私が政務に行くまで開けてはいけない。私がいなくなったら開けるんだ」
「一体どうしたの?」
エリスは短く笑いを漏らした。
「引き出しって、何が入ってるの?」
「それはまだ言えない。でも、約束してくれるね?」
「……なんだかよく分からないけれど、あなたがいなくなったら開ければいいのね?」
「そうだ」
「じゃあ、了解しました」
彼女は冗談っぽくそう言いながら頷いた。僕はもう一度「絶対にいなくなってから開けること」と念を押した。
引き出しの中にあるものが、彼女の助けになったり、支えになれば良い。
そう思いながら、僕はエリスの額にキスを落とした。