1月のラブレター・2
今まで箱に閉じ込めておいたモノを外に出した時、涙が溢れて来た。話したくもない記憶が私を恐怖に陥れようとするのだ。だけど私の夫は、それを凌駕してしまうほどの愛情を持って私を包み込んでくれた。
だからだろうか。不思議と気持ちが軽くなっていったのは。
ひとりだけで抱えていた問題を彼と共有することで、今まで感じていた葛藤や後ろめたさがだんだんと消えていくようだった。
「このことは……他に誰か知っているの?」
「調査を指示したロジャーズと、実際に秘密裏に調査した者だ。すでに口止めはしてある」
全てを話した後のベッドの中で、久しぶりに向かい合っていた。
喋りながら、レヴィンが私の目にかかった前髪をやさしく掻き分ける。その指先が気持ちよくて、私は自然と顔が綻んでしまう。
「君が、時々あんな風になってしまう理由がなんとなく分かった」
「……これからどうするの?」
「……少し考えたんだが、宮廷医に相談するのも一つの手かと……」
「……そう」
「嫌か?」
そう言って心配そうに見つめる彼の頬に手を伸ばす。
「嫌じゃないわ。第三者の助言はとても大切だってあなたも前に言っていたわ。“国は国王の力だけでは豊かにならない”って」
「そうだっけ?」
「忘れたの?」
「いつもカッコイイこと言っているから覚えてないんだ」
「はいはい」
私は少し呆れながら彼の耳を軽く引っ張った。そしてじっと、彼の瞳を覗き込んだ。
「ねえ、抱きしめて?」
レヴィンは何も言わずに微笑んで、私の身体に腕をまわしてくれた。
「今日ね、ケーラーたちが家族の話をしていたの。私、羨ましかった。本気で叱ってくれたり、甘やかしてくれる人がいるのは、とても幸せなことでしょう?」
彼の心音と大好きな匂いを感じながら、独り言のように私は呟いた。
「エリス」
「ん?」
「もう君には、家族がいるだろう?」
「……そうね。私は幸せ者ね」
重なり合う体温とは別に、私の胸の中がじわじわと温かくなっていくのが分かる。きっとレヴィンだけにしか分からない温め方だ。
* * *
―――数日後。
寝室には色とりどりのドレスが並べられ、私は鏡の前で着せ替え人形のようにされていた。
「エリス様、やはりこちらの方がよろしいですわ」
「え、ちょっと、それは……」
ミュラーが差し出したドレスは淡い緑色でレースのあしらわれた御洒落なデザインだった。でも問題だったのは、大きく開かれた胸元だった。
これを着た自分の姿を想像すると、自然と頬が熱くなってくる。
「こ、これはちょっと、大胆ではないかしら……」
「あら、エリス様はまだお若いんですし、たまにはこういったドレスも御召しになったらいかかでしょう。きっとお似合いになりますわ」
「……」
私はそのドレスを手に取り、じっと見つめた。
今日選んでいるドレスは、来週、ギルフォード様が帰国される前日に開かれる晩餐会用のものだ。だから主役は私ではないから、不必要に目立つドレスを着て行って良いものか疑問でもある。
「……やっぱり、これは恥ずかしいわ」
私はドレスをミュラーの手元に戻した。
「レヴィンだって、嫌がるかもしれないし……」
「まあ、それもそうですわね」
結局、私は濃紺のシンプルなドレスを選んだ。もちろん鎖骨くらいしか見えないような露出の少ないもので、きっと着心地も落ち着くだろう。
ようやく衣装選びが終わり、少し乱れた髪の毛を手櫛で梳いていると、ドレスを片付けるミュラーの手が止まった。
「あら? エリス様、ここが少し赤くなってます」
「え?」
ふと何かに気付いたのか、ミュラーは左の首筋を指差した。何だろうと思いながら私は鏡に向かい、自分の髪の毛を後ろに掃った。露わになった首に、確かにほんのりと赤い染みのようなものが浮かんでいた。
それを見た瞬間、目の前にある自分の顔が面白いように真っ赤に染まっていった。確実に思い当たる節があったからだ。
「……エリス様? どうされました?」
「い、いえっ、これはべつに何でもないのよっ。平気だからっ」
「……?」
首をかしげながら向けられるミュラーの純粋な瞳が、なんとなく痛く突き刺さる。
この後レヴィンに対して、しつこく文句をぶつけたことは言うまでもない……。