12月の真実・4
冬の寒さがだんだんと身体の芯に沁みるようになってきていた。だから尚更、ベッドの中で感じる彼の温もりがどこか嘘っぽく思える。
普通を装うことが、私たちをぎくしゃくさせていたのかもしれない。いつものキスの挨拶もどこか素っ気なくて、2人のすれ違いを感じさせる味がする。
なぜ突然、あんな風にレヴィンが私の過去を訊きたがろうとしたのか分からないけれど、あんなにも自分の感情や主張を剥き出しにした彼を初めて見た。
あの日以来、胸の奥底にしまい込んだはずの「真っ黒な闇」が時々夢に出てくるようになった。ヒステリックに響くあの声も、冷たく振り解かれた手も―――。
恐怖で目を覚まして隣を見やると、私に背を向けて寝息を立てる彼がいる。本当はその背に抱きついて、レヴィンの声が聞きたかった。でも私は身体に冷や汗をかいたまま、また静かに瞼を閉じるしかなかったのだ。
* * *
「もうすぐお帰りになってしまうのですね」
「ええ、早かったです。でもケーラー王女と楽しい一時を過ごすことが出来て光栄でした」
「まあ、ギルフォード様ったら」
「はいはい、そこ、あんまり見つめ合わないように」
2人の甘い雰囲気に水を差したのはレヴィンの従兄であるバートレット様だった。まあ、今にも手を握りそうな空気だったからバートレット様の気持ちは察することができるけれど。
とある休息日。宮殿のサロンで紅茶を飲みながら、ケーラーとギルフォード様、バートレット様を招いて楽しく談笑していた。
「今日はお兄様は?」
「やらなければならない仕事があるとかで」
「へえ、こんな日にまで仕事? 変な奴」
バートレット様の皮肉に私は苦笑する。
「そうですね……」
「……」
私たち夫婦に何らかの波風が立っていると察知したのか、バートレット様は「しまった」という顔をして、その後ワザとらしく咳払いをしていた。ケーラー達は何も気付いていないようだったけれど。
「まあ、あいつは結婚してから妙に真面目になったしな」
「お義姉さまの影響ですわね」
「そうそう」
バートレット様はすかさず明るい声でそう言ってくれた。
今朝、レヴィンはいつものように一日の予定表を私に渡した。でも私との時間が作れそうな合間はほとんどなかった。何も話さない私への当て付けなのだろうか。でも普通に口を聞いてくれる内は、私の心はまだ安全圏の中にいる。
「そういえば、バートレット殿の方はそろそろ身を固めないのですか?」
ギルフォード様がおもむろに質問した。バートレット様はうんざりした様な顔になる。
「それはあちこちで言われるけど、しばらくは無理だろうね。まだ自由気ままに生きていたいよ」
「あら、それじゃあ子供と一緒だわ」
「そうなんだ、俺は子供なんだよ」
開き直った態度に私たちは吹き出した。
「まあ、両親はかなり呆れてるみたいだけどな」
「バートレットのご両親って、相当厳しいお方ではなかったかしら」
「喧嘩はしょっちゅうだよ。この年になっても頭叩かれるくらいだし」
そう言って彼は肩をすくめたけれど、それは本気で嫌がっているというような感じではなく、それどころか家族の愛情が滲みているように見えた。私の胸が急にざわめいていく。
「でも親はそんなものじゃないですか。僕の両親も自分の息子には厳しいくせに甥や姪にはデレデレなんです」
「でもギルフォード様のご両親は、以前お会いしたときとても温厚でお優しいお方たちでしたわ」
「王女、騙されないで下さい。僕がどんなに可哀想な息子か今度教えて差し上げます」
「そういや、国王はケーラーには割と甘いよな」
「そんなことないわ」
「いや、だってレヴィンがよく言ってたぜ? “また父上がケーラーの我儘を聞いてた”って」
「ちょっと、それは小さい頃の話でしょう。今は全くそんなことないもの。ねえ、お義姉さまもバートレットに何か言ってくださいな」
「……」
「お義姉さま?」
今目の前で、彼らは何を話しているのだろう。まるでハサミで切り取られたように、彼らとは別の次元に閉じ込められたような息苦しさを感じる。
この眩しい光景が、恐怖、孤独、不安というあの「真っ黒な闇」をまた呼び起こすのだ。
「お義姉さまっ」
「……」
「お義姉さま、大丈夫ですか?」
「……え?」
ふと気付くと、3人の瞳がこちらをじっと見つめていた。心配の色が濃く漂っていて、私は慌てて「ちょっと考え事をしてしまって」とその場を取り繕った。でも、あの眩しい感覚がまだ瞼に焼き付いていて、私に欠けているモノが何なのかを改めて思い知らされた気がした。
本当は、今にでも泣き出しそうだった。