12月の真実・3
「妃は、この国の将来を背負って行けるのかしら」
ある時、王妃は自室に僕を呼び出してそう言った。この国のことを誰よりも愛している人なのだから、その言い分は“皇子”としてならよく分かる。でも“夫”としてなら受け入れがたい言葉だった。
「エリスは、なにも考えずにただ座っている形だけの妃ではありませんよ。自分で勉強もしているようですし、この国のことをよく考えています」
「しかしあの娘には精神的な不安定さがあるわ。将来の王妃としてこの国を背負う重圧に耐えられるのかしら」
「ご心配なく。私が付いておりますから」
「……ずいぶんと彼女の肩を持つのね」
「当然の事です。もちろん、母君や父君のお気持ちもよく分かりますけど」
穏やかな口調だが、お互い一歩も引かずに火花を散らしていた。同じ緑色の眼と、変に頑固なところが母似だ。
「とにかく、今はまだ私たちを見守っていてほしいのです。2人で、色々なことを乗り越えるのを」
「……」
母は最後まで、気難しそうな渋い顔を崩さなかった。
* * *
「明日は北部の方へ視察に?」
「ああ、夜まで戻らない」
「そう……」
何も変わらない2人きりの晩餐。でも内心では、お互いに歯痒く、もどかしい何かが残っているに違いなかった。
あれから数日が経った。エリスも僕も何事もなかった風を装っているけれど、2人の間に流れる気まずさはどうやっても消せなかった。
変わらずにベッドは共にしているが、挨拶程度のキスをするくらいで、それ以上の行為をすることはあの日以来なかった。すぐとなりで寝ている彼女に手を出さない自制心など、本当は今にでも投げ捨てたかった。でも僕の中のくだらないプライドや猜疑心がそうさせないのだ。
一口スープを啜るが、味がよく分からない。長いテーブルの向かい側で黙々とフォークを動かす妻はこの味が分かっているのだろうか。
「君の方は明日予定が?」
「いいえ、特には。あ、でも午後からケーラーとギルフォード様と―――、あっ」
ギルフォードの名を口にした途端、エリスは言ってはいけないことを言ってしまったという顔で慌てて唇を結んだ。僕は眉をひそめる。
「? 何なんだ」
「え、いえ、べつに……、明日は、ケーラーたちと管弦楽の演奏を聴くことになっているわ」
「それならはっきりそう言えばいいじゃないか。何をそんなに焦っているんだ?」
「……ごめんなさい」
エリスのこの挙動に、僕の彼女を疑う心がグラスの縁にまで溢れ出そうになっていったことは言うまでもない。エリスの過去に囚われている今の自分には、彼女が他にも嘘や秘密を積み重ねているのではないかという不安を刺激するようなものだった。
「なぜ謝る」
「何となく……。ごめんなさい」
「……」
上手に会話できない。自然に笑えない。どうやって僕たちは、優雅で穏やかな食事を楽しんでいたのだろう。
僕はナプキンで口元を拭い、静かに席を立った。
「レヴィン?」
「少し疲れた。君はゆっくりすると良い」
「……」
エリスの大きな2つの瞳が僕を見上げている。何かを言いかけたようにも見えたけれど、結局彼女はそれを飲み込み、少し顔を俯かせた。
僕は深呼吸をした後、部屋を後にした。僕の意思はこのとき固まった。
「ロジャーズ、例の件、頼んだ」
翌日、政務の合間に僕は一言そう告げた。ロジャーズは無表情のまま返事をする。
「かしこまりました」