10月の戸惑い・1
未熟者ですが、ぜひご感想などいただけたら幸いです。
ちなみに、登場人物たちの名前には共通点があります。ある分野に詳しい方ならすぐにピンとくると思います笑 分かった方はぜひコメントして下さい。
なんて穏やかな朝なのだろう。
カーテン越しに漏れる光を感じながら瞼を開けると、目の前には愛しい人の寝顔がある。腰にまわされた腕の重みを心地よく感じながらその寝顔を見つめるけれど、赤茶色の髪の毛で微かに隠れている瞳はまだ瞑られたままだ。
こんな幸せな一瞬を噛み締めてすぐ、突如として私の脳裏に蘇ったのは昨晩の出来事だった。なんの汚れもない透明な水の中に、どす黒いインクが垂らされるように、みるみるうちに私の頭と心がその記憶に侵されていく。恐怖感や悲愴感、罪悪感から抜け出す術もなく、私の眼は涙で滲んでいった。
「……エリス?」
鼻をすする音に気付いたのか、彼が目を覚ましていた。「起きていたの?」と言いながら急いで指で涙を拭っても、もう遅かった。レヴィンは私の頬にやさしく手のひらを置いた。その深い緑色の瞳で私を見つめながら。
「あれだけ泣いても、まだ足りないのか?」
苦笑いを浮かべるレヴィンの顔を見て、私はますます唇が震えた。どうしてこの人はこんなにもやさしく、温かいのだろう。
「……私、また……本当にごめんなさい……」
咽を詰まらせながら私は謝罪の言葉を口にする。昨晩から数えて、何度目の謝罪だろう。さすがの彼も「もうそれはいい」と言って、あからさまに眉間に皺を寄せた。
「……レヴィン」
「ん?」
「私を嫌いにならないで……」
返事の代わりに、彼は私をきつく抱きしめてくれた。石鹸のような、だけどどこか甘い彼の香りを感じながら、「嫌わないよ」と囁く声が耳元に届いた。
* * *
ミュラーにお気に入りの淡い薔薇色のドレスを着せてもらいながら、私は彼女の顔色を窺っていた。いつも通り、林檎のような可愛らしい頬に笑窪をつくりながら、ミュラーは私の前に現れ、「今日も良いお天気ですし、また外でお茶などしませんか?」などと他愛もないことを口にした。昨晩のことを、わざとなかった事のようにしている態度が、また私の心を重くさせる。侍女といえど、彼女にまで気を使わせていることが情けなかった。
ドレスの着付けが終わり、今度は鏡の前に座らされる。腰まで伸びる私の髪の毛を、ミュラーは毎朝丁寧に梳かしてくれる。彼女はいつも、私の黄褐色の髪を綺麗だと言ってくれるけれど、私にはミュラーの輝くような金髪の方が羨ましかった。いつも一つにまとめているから普段は目立たないけれど、髪を下ろせば、たちまちどこかの高貴なお嬢様のように見える。
「……ミュラー」
楽しそうに櫛を動かす彼女を鏡越しに眺めながら声をかける。
「あの、昨日はごめんなさい……嫌な気持ちにさせて……」
その瞬間、彼女の顔色が変わったのを私は見逃さなかった。それでも、鏡の中で目を合わせながら彼女はとびきりの笑顔を取り繕う。
「それはもういいのですよ。私のことは気になさらないで下さい」
「……レヴィンにも同じことを言われたわ」
「エリス様が大事だからです」
そう、それは分かっている。彼が私を愛してくれていることは。なのに、どうして私はあんな失態を犯してしまうのだろう。
結婚してから半年以上が経った。もう2度と彼を困らせたくなかったのにと、自己嫌悪の波が次々に押し寄せてくる。波は引くことを知っているはずだけど、私のはいつまでも打ち寄せるばかりだ。
「さあ、できましたよ。今日もお綺麗ですわ」
ミュラーの弾むような声が部屋に響く。
鏡に向かって、着飾った自分と対峙する。整えられた髪に、美しいドレス、宝飾品。その完璧すぎる「妃」の姿に、私は思わず自嘲してしまう。