悪役令嬢なのにヒロイン顔なんですが
――――明らかに違う、これは明らかに逆だ。
私は姿見の前で嘆息する。
「ベラドンナ・ローズマリー公爵令嬢……前世の知識では悪役令嬢」
しかしながらこのハニーブロンドにピンク色の可愛らしい瞳、あからさまなカワイイヒロイン顔は何なのだろう。
「だけど原作はネット小説でキャラ絵も公開されてなかったから、こんなヒロイン顔だとは分からなかったのよね」
だがグロリア王国の名前や私、メイン攻略対象とである王子殿下の名前は一致。顔は合わせたことはないがヒロインにあたる男爵令嬢や他の攻略対象は本当にいるということまでは分かっている。
――――しかしどうしたものか。
「ベラドンナお嬢さま、お支度の時間でこざいます」
「あ、はぁい」
メイドが呼びに来る。
そして侍女たちに飾り付けられ夜会へ向かう準備が整った。
馬車に向かおうとすれば、従兄弟のルークとすれ違う。ダークブラウンの髪にアイスブルーのクールな瞳。
「ルーク」
「……夜会に行かれるのですね、ベラドンナさま」
「え、ええ、そうよ。留学も終わったしこれからは国内の社交界にも積極的に参加する予定なの」
婚約者のルーク第1王子殿下とも親交を深めないと。手紙のことなんて気にしてはダメよ。私はあくまでも貴族令嬢なのだから。
「……この国の社交界に参加してこなかったのに、今さらあなたの居場所があるとお思いで?」
「……その」
その言い分も分からなくもない。ルークは外遊の多いお父さまについて移動する私に代わって、後継者として国の社交界に顔を出してきたんだもの。
「それでも貴族令嬢だもの」
「……そうですか」
嫌味ったらしい言い回しをして、でもすぐに熱が冷めたように冷たいんだもの。彼は相変わらずだ。
これでも幼い頃は笑顔を見せてくれたし、仲良くしてくれたのに。
「今宵はあなたは参加されないの?」
「仕事がありますので。今回はあなたが行くのですし」
まるで私が参加するから行かない……みたいな言い回しだ。お互いもう成長したのだから仕方がないとは言え……なんだか物寂しい。
今の彼と話すたびにズキリ、と心が痛む。この感情の名は……知らないことにしなくてはいけない。私は貴族令嬢なのだから。
「そろそろ出発されては?遅れますよ」
「……そう、ね」
また突き放すような言い方を。でもどうしてちゃんと私の予定まで気にしてるのよ。いや、これも後継者としての義務かもしれないが。
侍女たちに付き添われ、後ろ髪を引かれながらも私は馬車に向かう。
だけどその後ろに視線を感じ振り返る。
「……いないの?」
もう、いなくなってしまうなんて。そこにいて欲しかったと思うのは……ただの気の迷いだ。
それを望んでいたわけじゃない。そう、繰り返し。繰り返し心の中て念じた。
「それにしてもベラドンナさま。今日は遂に第1王子殿下と再会なされる日ですね」
「そうね。幼い頃以来だわ」
侍女の言葉わに頷く。
私は外交官の父について各国を巡り、また留学もしていたので王子殿下と全く会っていない。これも断罪対策である。出来るだけ本物のヒロインと関わらないように生きていく。
まぁ……でも王子殿下とは100%関わらないようにとはいかないから手紙のやり取りはしているのだけど。
――――最近、手紙の文面もそっけない。
やはり悪役令嬢。特に関わりを持たなくても婚約破棄される運命なのだろうか。
※※※
夜会の時がやって来た。
「シェリー!」
ん……?しぇ……シェリー?誰だろう。
「シェリー、やっと会えた!」
「は……はぁ?」
目の前にはプラチナブロンドにエメラルドグリーンの瞳の美形がいる。いや……その、父に写真をもらっていたから分かる。
彼は婚約者のアロイス第1王子殿下である。
「ぼくはずっと君に会いたかった」
ええと……そんなに?それにしては私の名前間違っていなかった?
「やはりあのような悪役令嬢などぼくには相応しくない!」
えーと……悪役令嬢?
悪役令嬢は私なのではないの?それにその視線……なんだか気持ち悪いような何とも言えない感覚を覚えさせる。
ルークの時とは違う。これならばあんな冷めた視線の方が良かった。
「ふん、ようやっと顔を見せたか」
第1王子殿下が私の腰を抱き寄せる。ちょ……婚約者とは言えど、いきなりは気持ち悪いのだけど。
「ベラドンナ・ローズマリー公爵令嬢!」
「え?」
私?しかし彼の指は明後日の方向を指している。その先にいたのは。
明らかな悪役令嬢顔の金髪に赤いツリ目の令嬢である。彼女は……?ずっと国内にいなかったから、この国の高官や高位貴族令嬢の顔くらいしか記憶してない。つまり彼女の家格は低め……なのではないかしら?いや、それがダメってわけじゃないのだが。
でも彼女は私ではないわよ?幼い頃に会っているのに私と彼女すら区別がつかないの?そりゃぁ少しは色が似ているけれど。
「ぼくは君との婚約を破棄し、今隣にいるシェリー・レッドスピネル男爵令嬢と婚約する!」
「……はい?」
「シェリー、これでぼくたちは永遠に結ばれる!」
「……」
にっこり。
こういう時って、大人しくするのも貴族令嬢かしら。でもさすがにこれは許されるわよね。
「私がベラドンナですけど!とっととその手、放してくださる!?」
「はっ!?」
思いっきりアロイスを突き飛ばし、目の前の令嬢に歩を進める。
「あの……ごめんなさい。私、長らく国を離れていたものだから。あなたは?」
「シェリー・レッドスピネル男爵令嬢です」
「まぁ、あなたが?たった今殿下と婚約することになってしまいましたわよ」
「ええと……その、うちに王子殿下からのお手紙が届くようになっていたので返信はしていましたが……『早く君に会いたい』だの『君の髪に触れたい』だの気色悪くて……あ、こう言うのって不敬罪になりますか?」
「……」
普通貴族令嬢ならばそこら辺の教育は受けているはずだが。考えられる可能性を素早く分析する。
「あなた、この世界とは別の記憶をお持ちなのではなくて?」
「どうして分かったのですか!?私、朝起きたらいきなりシェリーになっていたんです!いやその、今までのシェリーの記憶もあるのですが……どうにも貴族らしく、が難しくて」
「まぁ、やっぱり。私もよくある悪役令嬢転生型ですのよ」
「マジですの!?」
言葉の使い方がかわいいわね、この子。貴族令嬢的にはアウトだけれど、今のところ私の敵にはならないようだしギリ可ね。
「安心して。私に付いてくるのであれば、あのバカ王子から守って差し上げましょう。あなたも、あなたの実家もですわ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「それでは参りましょう」
「はい!ベラドンナさま!」
全くいきなり家格が上の令嬢を名前で呼ぶなんて。でもま、よく懐いてくる後輩みたいでかわいいわね。
「ベラでいいわよ」
「ベラお姉さま!」
遂にはお姉さまになったのだけど。
「ま、待ってくれ!」
その時アロイスの声が響く。
「シェリー!ぼくはシェリーと文通もしていた!」
「だから何ですの?あなたと文通していたのはこの子ですのよ」
「え、でも写真は……」
うん……?そう言えば王子が婚約者の顔も知らないなんておかしいわね。
「あの……私、こんな悪役顔だから恥ずかしくて……偶然隣国に行った際に見たヒロイン顔の令嬢の写真を手紙に……」
入れたのか。
「ご、ごごご、ごめんなさい!」
「まぁまぁ、よろしくてよ」
盗撮は褒められたものではないのだが。彼女に悪意はない。高位貴族ほど、抱き込んだ方がいい相手には寛容さは必要なのよ。敵には容赦しないけどね。
それに……外交上の都合だと私の容姿をしっかり伝えてなかったうちにも非がある。
十中八九、お父さまがカワイイ私の写真を渡したくなかっただけなのよ、全くもう。貴族名鑑にだって私の写真はない。しかしそれが許されるほどうちには権力があるので。
「どうとでもなりますわ」
「ベラお姉さまったらステキ!カッコいい!」
シェリーが顔を輝かせる。
そんなわけで私たち2人を追いかけようとして近衛騎士たちに取り押さえられるアロイスを尻目にそそくさと夜会の場を後にした。
※※※
――――後日。
私とアロイスの婚約解消が無事に認められた。私の顔を知ってからアロイスはやっぱり婚約したいと告げたがもちろん私は拒否。シェリーとの再婚約もうちが不可を叩きつけ認められた。
やはり陛下の姉である私のお母さま、最強ね。
そんなお母さまの勧めもあり、本日はシェリーと共に羽休めのためのバカンスにやって来た。
ビーチで寛いでいれば、侍女が飲み物を差し入れてくる。
「ん……美味しいわね」
「はい。ルークさまは毎年避暑で寄られているとかで、このトロピカルジュースを勧めてくたさったのです」
「……ルークが」
そう言えば夏はルークはいつもひとりで避暑に訪れていたのだろうか。
もちろんお付きのものはいただろうが。
「それにしても……ルークったらどうして?」
あんなにそっけなくするくせに、しれっと侍女に情報を提供しているなんて。
「ルークは来なくて良かったのかしら」
毎年来ているのに。それともやっぱり……私がいるから?
「女性同士で楽しんでほしいと言うお気遣いでは?」
普段のドライさから考えれば『気遣い』と言う言葉は似合わない。
だけどこのトロピカルジュースのこともある。
「……そうね、そういう事にしておくわ」
また一口、グラスに口を付ける。
「ベラお姉さま!ビーチ名物のスイーツ、もらって来ました!」
そこにシェリーがトレーを持ちとたとたとやって来る。
「シェリー、あまり走ると転ぶから。やっぱり俺が運ぶよ」
「いいのよ、アレンったら!私がベラお姉さまに渡すの!」
アレン……?そう言えば原作でもその名前を聞いたような。
「はい、ベラお姉さま!」
「ありがとう、シェリー」
トレーからスイーツを手に取ればキンキンに冷えたエクレアのようだ。これはこれで美味しいのよね!
「ん……美味しい!」
「でしょ?とっても美味しいからベラお姉さまもきっと喜ぶと思って!」
「……あ、さてはつまみ食いしたわね?」
「あ……バレちゃった」
そうてへっと微笑むシェリーはかわいらしい。悪役令嬢顔……という概念はあるのだが、そんなの関係ない。彼女は可愛らしく愛すべき令嬢だ。
「ではシェリー、ベラドンナさまに失礼のないように」
「分かっているわよ、アレンったら!」
シェリーもベンチに腰掛けトロピカルジュースを受け取ると、満足げに口に含む。
その様子を優しく見守りながら、アレンは後ろで侍女たちと静かに待つようだ。
「そう言えばシェリー、アレンって……」
「ええと……原作に出てきた男爵家のモブ執事アレンなのです」
「ああ、それですわ」
原作では破滅系ヒロインの相手に疲弊しつつ男爵家を後にしたその後は語られていないのだが。なかなかの苦労性で性格は真面目で実直ってのもあって隠れ人気キャラよね。
「今はアレンと婚約しておりますの。男爵家に子は私だけなので婿養子になってくれる予定ですの!」
「まぁ、それは何とも」
現実ではシェリーがアレンを気に入り、婚約者となっていたか。それにアレンもシェリーのことを優しく見守りつつ支えているのが肌で感じる。2人は婚約者としてしっかりと理解し合い、絆を深めているのね。
「でも……それでしたら、彼にも身分が必要ですわね」
確か原作では平民のはず。
「ええ。ですので手ごろな準男爵家に養子入りもしております」
「まぁ、それは何より」
ヒロインはヒロインで幸せになる道を見つけたのね。
でも私は……。
「そんなことより心配なのはベラお姉さまですわ!」
「それは……そうね。私も家のために誰かと婚約しなければ」
実際国の社交界に顔を見せてから婚約の依頼がひっきりなし。しかしながら中にはうんと年上の寡夫だとか、公爵家の爵位を狙う下位中位貴族の次男三男がほとんどである。
「家のためにって……私はベラお姉さまにも好きな人と結ばれてほしいです!」
「それでもそうもいかないのが貴族ってものなのよ」
「……そんな」
「それでも顔でヒロインと悪役令嬢を決め付けるアロイスよりはマシですわ」
「まぁ確かに……でも私はベラお姉さまにも幸せになって欲しいんです!」
私も幸せに……。幸せにはなりたい。だけど貴族令嬢が染み付いた私にはどうしてもそれを素直に受け入れきれない。
「……ありがとう。そう思ってくれるだけで満足よ」
例えどんな殿方に嫁ぐとしても。シェリーが私の幸せを願ってくれるのなら、それだけで幸せよ。
この貴族社会が根付いた世界。公爵令嬢と言う身分から気軽に話せる相手も友だちもいなかった。
いたのはあくまでも社交づきあいを主とし、お互いナメられぬようしのぎを削り合う相手たけ。
……こんな風に恋バナをできる相手はシェリーが初めてだった。だからそれだけで私にとっては救いなのだから……。
※※※
――――バカンスを終えて王都の屋敷に帰還すれば、お父さまが婚約者を決めたと言ってきた。
あのお父さまがあっさりと決めたと……?よほど重要な政略結婚なのだろうか。
なら私の幸せを望んでくれるシェリーには悪いが、私も貴族の娘としての義務を果たさねば。
「ごめんね……シェリー」
私はどんな婚約でも受け入れる。幸せになれなくても、家のためになればそれていい。その分、あなたが幸せになってね。シェリー。
――――ガチャリ。
婚約者の待つ応接間に足を踏み入れる。
「ベラドンナさま」
ツン、としながら名を呼んでくる相手は。
「……ルーク?」
そこにいたのはルークだったのだ。
「どうして……?」
「公爵さまより、ベラドンナさまの婚約者になるようにと」
そう淡々と告げてくる。
「だ、だけど政略結婚は……?」
「これも立派な政略かと。ですが公爵さまの本音はベラドンナさまに幸せになって欲しい……その一択だったのてはないかと」
「……お父さま」
だけど……あなたはどうなの?
ルーク、あなたは私が嫌いなのではなかったの?
「ベラドンナさま」
「……ルーク」
「必ずや、幸せにします」
「……え?」
あなたが……どうして?あなたが本当に婚約相手なら白い結婚も視野に入れた。本物の悪役令嬢らしく冷遇夫婦生活も視野に入れたというのに。
「ベラドンナさま。どうしました」
「……それはその」
「仰りたいことがあるのなら、言えばいい」
言えるはず、ないじゃない。私は貴族令嬢なのだ。
「お父さまが決めた婚約に……文句なんてあるはず……」
年齢の離れた殿方やとこぞの次男三男を充てがわないでくれただけでも感謝せざるを得ないのに。
「あなたはいつもそうだ!」
「……っ」
いきなりそんな……語調を強めて。
「本当に、公爵さまの言葉で動く人形のようだ」
「そんな……そんなことっ。私だって好きでそうしてるわけじゃないわ!私にだって意思がある!」
好きなものも嫌いなものも。好きな人も嫌いな人も。幸せを望む感情もある。
「あの日の婚約破棄騒動の時みたいだ」
「……来てたの?」
「仕事で城に寄ったついでに」
だからって夜会会場と執務に必要な区画は離れているでしょうに。それを見ていたのなら、彼は敢えて見に来たのではなかろうか……?
「ベラドンナさま」
「……ルーク」
「ほかの貴族の前では令嬢の顔を貼り付けていてもいい」
「……」
「だが私は……俺の前でだけは自然体でいていい」
「……っ!」
それはその、貴族令嬢の仮面を捨てていいってことなの?
「俺は……幼い頃のような、そのままのベラドンナさまがいい」
「……っ」
どうしてそんなこと、今さら言うのよ。必死で取り繕った貴族令嬢の仮面がボロボロと崩れていく。
私だって転生者だ。シェリーのような感覚がないわけでもないのだ。
「あなたは私が嫌いなのでは……なかったの?」
「いつそんなことを言いました?」
「……」
「あなたは王子殿下の婚約者だった。そんなあなたに妙な噂が立っては困る」
だから従兄弟とはいえあなたは冷たい態度を取っていたの?
「どうせ思ったとしても、決して届かないから」
私は王族に嫁いでしまうから、彼は心に必死に蓋をしていたのだ。必死だったのは私だけじゃなかった。彼も同じなのだ。
「だが……その願いが叶うのなら」
「ルーク……」
「あなたを幸せにする」
「……!」
頬がかあぁっと紅潮する。彼の本音が、本当の優しさが言葉となって表情となって私を満たしていくのだ。
「……だったら……」
「はい」
「ベラと……ベラと呼んでいただきたいわ」
「ベラさま」
「ベラ、でいいのよ」
「……ベラ」
「ええ!」
私が笑顔を見せれば、ルークは幸せそうに微笑む。彼の笑みを見たのはいつ以来だろうか。
懐かしい、けれど変わらない優しい笑みだ。
「ベラ」
ルークが腕を開き差し伸べてくる。
私は、もう迷わない。我慢しない。
私も……私も幸せになる。この夢を、諦めなくていいのだ。
私はルークの腕の中へ飛び込んだ。そしてルークの腕が私を優しく包み込む。
私は貴族の娘としてこの身を捧げるものだと思っていた。私自身のあらゆるものを犠牲にして、叶わぬ幸せを思うだけ。
だけど違った。私も幸せになれるんだ。本当の幸せはこんなにも近くにあったのだ。
【完】




