第3話
ヤグディンが去った後、廊下はまだざわざわしていた。
令嬢たちの視線が痛い。
ひそひそ声があちこちから聞こえる。
「本当に恋人なのかしら?」
「いつの間に……。」
私は居心地の悪さに耐えきれず、小声で言った。
「アレクセイ様。」
「何だ。」
私は腕を取られたままの状態で彼を見上げた。
端正な顔に完璧な姿勢、誰が見ても絵になる貴公子。
だが、とんでもない詭弁家だ。
私は小声で言った。
「皆の憧れの辺境伯家の貴公子さまが、よくあんな嘘を言えますね!?」
少しだけ眉を上げ、彼は一瞬きょとんとした顔をした。
「嘘?」
「はい!!」
思わず声が大きくなる。
慌てて私は声を落とした。
「何をだ?」
「おっしゃいましたよね!?『かねてからの俺の思いを告げたところ、ようやく彼女が受け入れてくれたところなんだ。』って!」
言ってから顔が熱くなる。
あんなことをあの大勢の前で言われたのだ。
思い出すだけで恥ずかしい。
ところが、アレクセイは平然としていた。
「事実だ。」
「……はい?」
彼は淡々と説明する。
「かねてから俺は、女性に言い寄られるのが煩わしいと感じていた。それが俺の思いだ。」
「それは知ってます。」
「だから女避けになってくれと告げた。」
「はい。」
「それをきみが受け入れた。」
彼は肩をすくめた。
「何も嘘はついていない。」
「……。」
アレクセイはさらに続ける。
「勝手に周りが誤解しただけだろう。」
私は思った。
(この人、やっぱりとんでもない)
しばらく彼を見つめる。
完璧な顔に落ち着いた声。
そして――
完璧な詭弁。
私はため息をついた。
「策士だわ。」
「何か言ったか。」
私は彼を見ながら言った。
「伊達に辺境伯家の次期当主じゃないわね。」
すると。
アレクセイはほんの少しだけ笑った。
それから当然のように、また私の腕を取る。
「行くぞ。」
「どこへですか。」
「昼食だ。」
「こんな状態で!?」
私は思わず周囲を指差した。
令嬢たちの視線がまだこちらに集中している。
その中には――
イザベル・ド・ラングレイの姿もあった。
彼女は少し離れた場所で立ち尽くしている。
顔は笑っているが、その笑みは明らかに引きつっていた。
(怖い)
私は小声で言った。
「恨まれてますよ、絶対。」
「だろうな。」
「だろうなって……。」
アレクセイは平然としている。
「目的は達した。」
「目的って何ですか。」
「女避けだ。」
私は呆れて言った。
「避けるどころか、戦争起こしてません?」
アレクセイは少し考えるような顔をした。
「否定はしない。」
「否定してくださいよ!」
その時だった。
「サラ様。」
冷たい声がした。
振り向くと、イザベルが立っていた。
完璧な笑顔だけど、その目は全く笑っていない。
「少し、お話よろしいかしら?」
私は思った。
(ああ……来た。地獄へようこそ、私)
間違いなく。
これは――令嬢戦争の始まりだ。
そして隣にいる張本人はと言えば
「いいだろう。」
と、あまりにもあっさりとしているので、私は心の中で叫ぶ。
(ちょっと!?私一人で戦わせる気!?)
しかし、アレクセイは私の耳元で小さく囁いた。
「安心しろ。」
「何がですか。」
「きみは俺の恋人だ。」
「それ、今一番危険な立場なんですけど!?」




