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仮初めの恋人のはずが、辺境伯家の令息の執着から逃げられない  作者: 水瀬みずか


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3/5

第3話

 ヤグディンが去った後、廊下はまだざわざわしていた。

令嬢たちの視線が痛い。

ひそひそ声があちこちから聞こえる。


「本当に恋人なのかしら?」

「いつの間に……。」


私は居心地の悪さに耐えきれず、小声で言った。

「アレクセイ様。」

「何だ。」

私は腕を取られたままの状態で彼を見上げた。

端正な顔に完璧な姿勢、誰が見ても絵になる貴公子。

だが、とんでもない詭弁家だ。


私は小声で言った。

「皆の憧れの辺境伯家の貴公子さまが、よくあんな嘘を言えますね!?」

少しだけ眉を上げ、彼は一瞬きょとんとした顔をした。


「嘘?」

「はい!!」

思わず声が大きくなる。

慌てて私は声を落とした。


「何をだ?」

「おっしゃいましたよね!?『かねてからの俺の思いを告げたところ、ようやく彼女が受け入れてくれたところなんだ。』って!」


言ってから顔が熱くなる。

あんなことをあの大勢の前で言われたのだ。

思い出すだけで恥ずかしい。


ところが、アレクセイは平然としていた。

「事実だ。」

「……はい?」


彼は淡々と説明する。

「かねてから俺は、女性に言い寄られるのが煩わしいと感じていた。それが俺の思いだ。」

「それは知ってます。」

「だから女避けになってくれと告げた。」

「はい。」

「それをきみが受け入れた。」

彼は肩をすくめた。

「何も嘘はついていない。」

「……。」

アレクセイはさらに続ける。

「勝手に周りが誤解しただけだろう。」


私は思った。


(この人、やっぱりとんでもない)


しばらく彼を見つめる。

完璧な顔に落ち着いた声。

そして――

完璧な詭弁。

私はため息をついた。


「策士だわ。」

「何か言ったか。」

私は彼を見ながら言った。

「伊達に辺境伯家の次期当主じゃないわね。」

すると。

アレクセイはほんの少しだけ笑った。

それから当然のように、また私の腕を取る。

「行くぞ。」

「どこへですか。」

「昼食だ。」

「こんな状態で!?」

私は思わず周囲を指差した。

令嬢たちの視線がまだこちらに集中している。

その中には――

イザベル・ド・ラングレイの姿もあった。

彼女は少し離れた場所で立ち尽くしている。

顔は笑っているが、その笑みは明らかに引きつっていた。


(怖い)


私は小声で言った。

「恨まれてますよ、絶対。」

「だろうな。」

「だろうなって……。」

アレクセイは平然としている。

「目的は達した。」

「目的って何ですか。」

「女避けだ。」


私は呆れて言った。

「避けるどころか、戦争起こしてません?」

アレクセイは少し考えるような顔をした。

「否定はしない。」

「否定してくださいよ!」

その時だった。


「サラ様。」

冷たい声がした。

振り向くと、イザベルが立っていた。

完璧な笑顔だけど、その目は全く笑っていない。


「少し、お話よろしいかしら?」


私は思った。

(ああ……来た。地獄へようこそ、私)


間違いなく。

これは――令嬢戦争の始まりだ。

そして隣にいる張本人はと言えば


「いいだろう。」



と、あまりにもあっさりとしているので、私は心の中で叫ぶ。


(ちょっと!?私一人で戦わせる気!?)


しかし、アレクセイは私の耳元で小さく囁いた。


「安心しろ。」

「何がですか。」

「きみは俺の恋人だ。」

「それ、今一番危険な立場なんですけど!?」

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