第1話
私は昔から思っている。
貴族という生き物は、分かりやすい。
「ほら、ご覧になって。」
「例の商人の娘。」
隠す気は全く無いひそひそ声。
私は紅茶を飲みながら心の中でため息をついた。
ここはアストレア貴族学院。
王国で最も格式の高い学院であり、王侯貴族の子息令嬢が通う場所。
そして、その中で浮いている存在。
それが私、サラ・リーデル。
父は王国最大級の商会、リーデル商会の店主だ。
元々裕福な平民商人だったが、
ある大きな商機を掴み、事業を一気に拡大させた。
今では王宮とも取引する大商会だけれど、貴族社会では違う。
「成り上がり。」
「金だけの家。」
そう言われるが、事実なので否定はしない。
「サラ!」
元気な声がして顔を上げる。
「あら、ミシェル!」
駆け寄ってきたのは栗色の髪の少女。
男爵令嬢、ミシェル・カルヴァン。
数少ない私の友人だ。
「また何か言われてたでしょ?気にしちゃだめよ。」
「いつものことよ。」
「サラは強いわねぇ。」
私は肩をすくめた。
「父がよく言うのよ。悪口にこそ商売の新たなヒントが隠れている!ってね。」
ミシェルはくすっと笑う。
そして急に頬を赤くした。
「ねえ、それよりも聞いた?」
「何を?」
「今日、アレクセイ様がこちらの校舎にいらっしゃるのよ。」
その瞬間、廊下がざわめき令嬢たちが一斉に振り向く。
そして、彼が現れた。
銀の髪、彫刻のように整いすぎた顔、氷のように冷たい瞳。
アレクセイ・ヴォルグレフ。
辺境伯家の嫡男で学院で知らない者はいない。
頭脳明晰で剣術も一流。
そして、とにかくモテる。
令嬢たちが一斉に彼の周りへ集まるが、アレクセイは露骨に疲れた顔をしていた。
(モテる方も大変そうねぇ)
私は紅茶を飲みながら思う。
雲の上の存在は遠くから眺めるくらいが丁度いい。
そう思っていたその時、アレクセイの視線がこちらを向いた。
(え?)
一瞬、目が合うも次の瞬間、彼はまっすぐこちらへ歩いてきた。
周囲のざわめきがより一層大きくなり、隣のミシェルが固まる。
そして、私も固まる。
なぜなら、アレクセイは私の前で止まったからだ。
すると、穏やかな声で言った。
「サラ・リーデル嬢。」
「……はい?」
初めて話すのに彼はとても自然だった。
「突然、驚かせてすまない。少し話があるのだが、時間をもらえるだろうか。」
周囲のざわめきは止まらないし、令嬢たちの視線が痛い。
戸惑っていると彼は少しだけ声を落とした。
「大事な内容だ。二人きりで話したい。」
その瞬間、周囲の空気が爆発した。
(これは、告白!?)
そんな視線が飛び交っている。
私は顔が熱くなった。
いやいやいやいや、そんなわけない。
でも、断る理由もない。
意を決して私は立ち上がった。
「かしこまりました。」
「ありがとう。」
そうして私は、令嬢たちの突き刺さるような視線を背中に受けながら、学院一の男と一緒に歩くことになった。
いやもう、視線が痛い。
視線で身体に穴が空くんじゃないかって程の視線を浴びた。
そして連れてこられたのは、誰もいない空き教室。
ドアを閉め、アレクセイは振り向くとその表情がさっきまでと明らかに違った。
「単刀直入に言おう。俺の恋人になってくれ。」
「……はい?」
私は固まった。
完全に予想外。
冷たい口調と内容が伴っていないにも程がある。
「もちろん、仮の恋人だ。女避けが必要でね。」
「それなら何も、私ではなく他の方々に頼めば――」
「厄介事はごめんだ。彼女たちは本気になる。それに、貴族は何かと家が絡んできて面倒だからな。」
それは分かる。
私はため息をついた。
「申し訳ないですが、お断りし……。」
言葉を言い切る前に、アレクセイは机の上に一枚の書類を置いた。
「いいのか。君の実家、リーデル商会に関する調査書類だ。」
私は固まった。
書類のページをめくるとそこには、資金の流れ、物流ルート、人員配置、細かい情報が並んでいた。
私はゆっくり顔を上げる。
「……どうして。」
「少し調べただけだ。」
(ちっとも少しじゃない)
「これは、つまり。」
「脅迫だ。」
彼はあっさり言うので私は額を押さえる。
「完璧な顔して、やることは最低ですね。」
「よく言われる。」
アレクセイは微笑み、手を差し出してきたので、
私は少し考えてからその手を取った。
「恋人契約だ。」
「期間は?」
「学院を卒業するまで。」
「条件は?」
「人前では恋人。」
「わかりました。」
承諾したその瞬間、アレクセイは私の手を引いて身体を引き寄せる。
「え?」
距離の近さに驚いていると彼は言った。
「俺は何事にも全力だ。契約とはいえ、恋人となったからには心臓が落ち着かない時間を提供しよう。」
そして、私の髪をひと束すくい上げ次の瞬間
その髪に口づけを落とすと、アレクセイは面白そうに微笑み何事もなかったように教室を出ていった。
残された私はその場に立ち尽くす。
「……とんでもない男に捕まったわ。」




