さよならの、そのさきで・・・ ➀
暴走してきた車にはねられそうになった玲奈。
それを咄嗟に助けてくれた男性。
しだいに心惹かれていく気持ちに気付く。
短編の恋愛ものです。
甘いお話をお楽しみください。
辻野玲奈の人生は、ある日突然の出来事で少しだけ色づいた。
その日、仕事帰りに交差点を渡ろうとした瞬間、猛スピードで突っ込んでくる車が視界に入った。ブレーキの音もなく、直進してくる車に玲奈は足がすくみ、咄嗟に動けなかった。
「危ない!」
突如強い腕に引き寄せられた。世界がぐるりと回転し、玲奈は誰かの胸にしっかりと抱き止められていた。心臓が大きく跳ね、血の気が引く感覚に襲われる。
「大丈夫ですか?」
優しく低い声が耳元で響く。顔を上げると、見知らぬ男性が心配そうに覗き込んでいた。整った顔立ちに、落ち着いた眼差し。ほんの一瞬、時間が止まったように感じた。
「……助けてくれて、ありがとうございます」
ようやく言葉を絞り出すと、彼は小さく微笑んだ。
「気をつけてくださいね」
それだけ言うと、彼はその場を去っていった。玲奈は、しばらくその背中を見送った後、「名前も聞けなかったな……」と呟いた。
その日から、玲奈は不思議と彼のことを思い出してしまうようになった。
それから数日後——。
玲奈は仕事終わり、疲れた身体を引きずるようにして行きつけのカフェへと向かった。お気に入りの席が空いているかどうか、そっと店内を見回したとき——。
「あ……!」
彼だ。
玲奈が驚いて立ち尽くしていると、彼も気づいたのか微笑んで言った。
「よく来るんですか?」
まるで偶然の再会を喜ぶように、自然な口調だった。玲奈は胸の奥がドキリと跳ねるのを感じた。「運命って、こういうことを言うのかもしれない……」
カフェには心地よいジャズが流れ、コーヒーの香ばしい香りが広がっていた。玲奈は少し躊躇いながらも、彼の向かいの席に腰を下ろす。
「ここ、よく来られるんですか?」
玲奈が尋ねると、彼は微笑んだ。
「ええ、落ち着く場所を探していて。たまたまこの店に入ったら、すごく雰囲気が良くて」
玲奈は少し嬉しくなった。このカフェは、彼女にとって特別な場所だった。仕事帰りにホッと一息つく、そんな時間を作るために通っていた場所に、偶然にも彼がいたことが嬉しかった。
それから話が弾み、二人は仕事のことや趣味のことについて話すようになった。彼は営業職をしているらしく、日々の忙しさや出張の話など、面白いエピソードを交えながら玲奈を楽しませた。
「玲奈さんは、どんなお仕事を?」
「私は……事務職です。毎日パソコンとにらめっこしてばかりですけど」
「それはそれで大変そうですね。肩、凝りません?」
そんな何気ない会話が心地よく、時間が経つのを忘れるほどだった。
その日は連絡先を交換することなく別れたものの、玲奈の中には彼との時間が心地よいものとして残った。
数日後、再びカフェで偶然の再会を果たした。
「これはもう運命かもしれませんね」
彼が笑いながらそう言うと、玲奈はくすっと笑った。
「そうですね」
今度は自然な流れで連絡先を交換し、その流れで「今度食事でも」という話になった。
初めてのデートは、意外にも居酒屋だった。
「こういう店、よく来るんですか?」
玲奈がそう尋ねると、和也は笑って答えた。
「営業職なんで、取引先と飲みに行くことが多くて。だからこういうお店の方が落ち着くんですよ」
店内は賑やかで、活気に満ちていた。玲奈は居酒屋のざわめきを心地よく感じながら、和也の話に耳を傾けた。
「玲奈さんは、お酒強いんですか?」
「そんなに強くないですけど……少しなら」
「じゃあ、軽めのカクテルにしましょうか」
和也はメニューを見ながら、玲奈が飲みやすそうなものを提案してくれた。その細やかな気遣いが嬉しくて、玲奈は自然と笑顔になる。
親しみやすい口調と、肩肘を張らない態度。玲奈は次第に緊張を解き、仕事のことや日常の何気ない話をしながら、楽しい時間を過ごした。
店を出ると、夜風が心地よかった。ふと、和也が玲奈の髪が風に揺れるのを見て、微笑んだ。
「風、冷たくないですか?」
玲奈が「大丈夫です」と言うと、和也はさりげなく自分のジャケットを脱ぎ、玲奈の肩にそっと掛けた。
「無理しないでくださいね」
その優しさに、玲奈の心がふっと温かくなった。
彼の気遣いが嬉しくて、思わず小さく笑う。
「ありがとうございます」
その夜、玲奈は帰宅してもずっと和也のことを考えていた。
——もしかして、私……この人のことを?
胸の奥に、小さな恋の芽が息吹いたことに、玲奈はまだ気づいていなかった。
仕事でミスをして、上司に怒られた帰り道。
いつものようにカフェに立ち寄る気にもなれず、玲奈はふらふらと足を引きずるようにして駅へ向かった。
「……お疲れさまです」
ふと、聞き慣れた声に足を止める。
そこには和也が立っていた。スーツのまま、少し息を切らしている。
「なんで……?」
「連絡、なかったから。なんとなく……嫌な予感がして」
玲奈は驚き、そして心がじわりと温まるのを感じた。
何も言わなくても、気づいてくれる人がいる。そんなことが、どれほど救いになるか。
「ちょっと、行きたいところがあるんです」
和也は玲奈の手を取った。玲奈はその手の温もりに、何も言わずついていった。
タクシーを降りた先は、人気のない高台だった。
街の光が遠くでまたたき、夜風が優しく頬を撫でる。
「ここ、俺が好きな場所なんです。何もないけど……落ち着くから」
玲奈は黙って隣に立った。沈黙が苦ではない。不思議と、ただそこにいるだけで心が満たされていく。
「玲奈さんは、頑張りすぎるところがあると思うんです」
和也がぽつりとつぶやく。
「たまには、誰かに甘えていい。俺がその誰かじゃダメですか?」
その言葉に、玲奈の目からぽろりと涙がこぼれた。
和也は何も言わず、そっと玲奈を抱きしめた。
その胸はあたたかくて、鼓動が心地よく響いていた。
「ありがとう……」
玲奈はただ一言、そう呟いた。
――恋してる・・・。
今ハッキリとそう言える。
あの日会ったその時から、私の頭の中は彼が支配していた。
紛れもなくこれは恋だ。
待ち合わせ場所に早く着きすぎてしまった。
19時の約束に1時間も早く来てしまった。
それだけ気持ちが逸っているのだろう。
まだまだ時間がるので、本屋にでも行こうとした時、声を掛けられた。
「お姉ちゃん?」
「えっ?あぁ茜?どうしてこんな所にいるの?」
「友達とお茶してたのよ。帰るとこやけどお姉ちゃんは?」
「えっ?ああ、わたしも友達とご飯の約束してて・・・」
「そうなんや、ほんじゃあ遅くなるの?」
「そうね・・・少し遅くなると思う」
「わかった。お母さんにそう言っとくね」
そう言うと茜は帰って行った。
彼の事はまだ誰にも言っていない。
まだ正式に付き合って欲しいと言われたわけではないし、今の時点ではただの友達と言えるだろう。
わたしたち姉妹は血の繋がりがない。
わたしの母と茜の父が再婚したからだった。
まだ二人とも小学生で、茜が3年生わたしが6年生だった。
お互いに一人っ子だったため、姉妹ができたことがすごくうれしかった。
茜も「お姉ちゃん」と慕ってくれ、妹ができたことにうれしくて仕方なかった。
仲のいい姉妹としてなんでも話した。
だから今回もことも何度も言おうかとしたが、まだ早いかな?と思ったのだ。
彼にも家族のことは何も言っていない。
ちゃんと彼氏、彼女となったら言おうと思っていた。
そんなことを考えていたら約束の時間が近づいていた。
待ち合わせ場所に行くと、彼が待っていた。
「和也さん!」
「あぁ玲奈さん。こんばんは」
「早かったんですね」
「いや、俺も今来たところですよ」
「わたしは早く着きすぎたので本屋に行ってました」
「そうなんですか、ならお待たせしたのは俺の方だったんですね」
そう言いながら和也は頭を搔いた。
「いえ、わたしが早く来すぎたので・・・」
和也はふふと笑いながら「じゃあ行きましょうか・・・」と私を促して歩き出した。
連れて来てくれたのは、イタリアンレストランだった。
大阪駅近くに建つ超高層ビルの最上階にある、このレストランからの眺めは、それは素晴らしかった。
梅田の高層ビル群の夜景が目の前に広がり、キラキラと輝いていた。
予約もしていたようで、案内された席には予約席の表示があった。
夜景を眺めながら食事ができるなんて、夢のようだ。
「綺麗ですね・・・」
「ほんとにここの景色は最高です。ここ梅田の夜景は世界的にも有名ですからね」
二人で窓の外の夜景を眺めていると、食事が運ばれてきた。
ワインで乾杯をすると和也が唐突に話し始めた。
「玲奈さん、俺と結婚を前提に付き合ってもらえませんか・・・」
「えっ!結婚・・・!?」
「あぁぁ・・・いきなりで申し訳ない、今すぐと言う訳ではないんだ・・・俺は玲奈さんとこれから先もずっと一緒にいたいんです」
「はい・・・わたしも一緒にいたいです・・・よろしく願いします」
まだ正式に付き合い始めた訳ではなかったのに、いきなり結婚前提とは・・・少し驚いてしまったけれど、決して嫌ではなかった。
これからも大切にしたいと思った。
お読みいただきありがとうございます。




