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紅葉の森と一本の紅葉

作者: ウォーカー
掲載日:2025/11/30

 紅葉こうよう、あるいは黄葉こうようというものは、

木々が日光の弱い冬に備えて、葉での光合成を止め、養分を貯める事で起こる。

葉が緑色から黄色、赤色へと移りゆく姿は、人々の目を楽しませてくれる。

紅葉が見事な場所は観光地となり、多くの人たちが訪れる。


 あるところに、過疎に苦しむ村があった。名を紅葉村もみじむらと言う。

紅葉村はかつて見事な紅葉もみじの森で栄えていたのだが、

何故かその紅葉こうようが起こらなくなってしまった。

今では他に温泉など目立った名物もなく、人が減る一方。

このままでは廃村を迎えることになってしまう。

紅葉村の村人たちは、名物を必要としていた。

どうにかして、森の紅葉こうようを取り戻せないものか。

村人たちはあらゆる手を尽くした。

そして、紅葉もみじの森の紅葉こうようを取り戻した。


 初冬のある日。

紅葉村には、紅葉の森の紅葉を見ようと、多くの観光客がやってきていた。

「すごい。あの紅葉を見て!」

「森が赤や黄色にきれいに色づいているな。」

紅葉の森は今日も見事な紅葉に包まれていて、観光客は歓声を上げていた。

一時いっときは立ち枯れしかかっていた紅葉の森。

それがどうして急に紅葉を取り戻したのか。

観光客は誰も気にはしていなかった。

観光客たちはただ目の前の美しい紅葉に心奪われていた。

ただ一人を除いて。


 紅葉村が紅葉の森の紅葉でかつての繁栄を取り戻すと、

村を捨てて出ていった人たちも、村に戻ってくるようになった。

その中に、良介りょうすけという名前の若い男がいた。

良介は子供の頃に、両親に連れられて紅葉村を出ていった。

しかし良介には、幼い頃から将来を近い合った、

紅子べにこという恋人がいた。

良介は紅葉村から出た後も、紅子に手紙を出すのを欠かさなかった。

紅子の方も良介への返事を欠かさず、

お互いに連絡を取るのを楽しみにしていた。

ところが、ここ数ヶ月、紅子からの連絡が途絶えた。

手紙を出しても電話をしても、連絡が取れなかった。

「紅子はいない。」

電話口で紅子の両親は良介に言葉少なげにそう答えていた。

そんなはずはない。

紅子が紅葉村から出ていくはずがない。

村がどんなに衰退しても、衰えた紅葉の森の手入れを欠かさなかった。

「村を出て一緒になろう。」

そんな良介の言葉にも、紅子はうんと答えなかった。

「紅葉の森が心配だから・・・」

紅子にとって、生まれ育った紅葉の森は、それほどに大切なものだった。

その紅葉の森を放って、紅子がどこかへ行くはずがない。

もしも村を出るとしたら、自分に連絡をするはずだ。

「きっと、紅子に何かがあったに違いない。」

不審に思った良介は、観光客に紛れて単身、紅葉村に戻ってきたのだった。


 良介にとっての紅葉村は、子供の時に出ていって以来となる。

あの時とは違い、紅葉村の紅葉の森は紅葉に染まり、

それを目当てにした観光客たちで大賑わい。

良介には目を疑うような光景だった。

「あの枯れそうだった紅葉の森が、こんなにきれいな紅葉になるなんて。

 一体、紅葉の森に何があったんだ?」

子供の頃に村を出てから、良介は成長した。

顔つきも精悍になり、一目では紅葉村出身だとは気が付かれないようだ。

良介は紅葉村に何があったのかを調べるべく、

まずは紅子の家へと向かうことにした。


 紅葉の森の紅葉にざわめく観光客たちの集団から、一人抜け出した良介。

紅葉村は子供の頃に比べて、随分と変わっていた。

ボロボロだった民家は新しくリフォームされ、

デコボコだった道は平らに舗装されていた。

都市部と変わらないほどに整備された紅葉村に、良介は郷愁も感じなかった。

紅子の家に行く途中で、かつで自分たち一家が住んでいた場所も見たが、

古くなった家は取り壊され、アパートが建てられていた。

感傷に浸るような気にもなれず、良介は元自分の家を素通りしていった。


 紅葉村が様変わりしようと、あちこちに面影は残っている。

だから良介は、道に迷うようなことはなかった。

だが、紅子の家を見た時は、自分が道を間違えたのではないかと思った。

しかし何度確認しても、そこが紅子の家であることに間違いない。

良介は目を疑った。

古民家をリフォームしたとか、そんな程度の変化ではない。

紅子の家は、文字通りの豪邸になっていた。

元々、紅子の家は紅葉村でも貧しい方で、当時から家は古く傷んでいた。

それが時が過ぎた今、立派な豪邸に様変わりしていた。

「これはどういうことだ?

 こんな豪邸を建てる金は、どこから出てきたんだ?」

もしも紅子の家が、紅葉村の収益で建て直されたとしても、

この一軒だけが豪華すぎる。それほどに他の家とは違う豪華さだった。

家の中を覗こうにも、家が大きすぎる。

仕方がなく、良介はインターホンを鳴らした。

長い待ち時間の後、返事をしたのは、聞いたことがある声だった。

「どちら様ですか?」

それは遠い記憶から呼び起こされた、紅子の母親の声だった。

良介はインターホンにかじりついて言った。

「い、井之上さんのお宅ですよね?」

「はい、そうですが・・・」

「紅子は!?紅子さんはいますか!?」

「べっ、紅子!?

 ・・・そんな、そんな子はうちにはいません!」

「そんな馬鹿な!

 ここは井之上さんの、紅子の家でしょう!?」

「だから、そんな子はいないと言っているでしょう!

 人を呼びますよ!?」

何だか様子がおかしい。

良介は仕方なく、一度引き上げることにした。


 懐かしいはずの紅葉村は、すっかり様変わりしていた。

そして、愛しの紅子の家も変わり、紅子はいないという。

「そんなはずはない。そんなはずはないんだ。」

良介は自分に言い聞かせるように言った。

それから数日。

良介は紅子の家を監視することにした。

家を出入りする人、窓から見える家の中を調べ続けた。

しかし、紅子の姿は見つからなかった。

「ここまで姿を見せないということは、

 本当にこの家の中には紅子はいないみたいだ。

 でも、名前は井之上で合ってる。

 一体、紅子はどこに行ったんだ?」

深夜まで監視していた良介が仮眠を取ろうとすると、

紅子の家から人の気配がした。

玄関から出てきたのは、紅子の両親だった。

「こんな夜中に、二人はどこに行こうというんだ?」

するとさらに多くの人の気配。

大きな人力車を引いた男たちがやってきた。

人力車は迎えの車のようだ。

紅子の両親は人力車に当然のように乗ると、どこかへ運ばれていく。

「きっと、行く先に何かがあるに違いない。」

良介は身を隠しながら、人力車の後を追った。


 人力車は家々の間を抜けていく。

「この先って、もしかして。」

良介の予想通り、人力車は紅葉の森の中へ入っていった。

「おかしいぞ。紅葉の森は禁足地。

 村の神社の人たち以外は入っちゃいけないはずだ。」

紅葉の森は、紅葉村の名前の由来にもなっている通り、

村にとって最も大事なもの。

選ばれた人以外は入ってはいけないことになっている。

だから観光客たちも、離れた丘から森を観ることになっている。

良介自身、子供の頃から紅葉の森は禁足地と厳しく躾けられ、

いたずらで中に入った時は、厳しく叱られたものだった。

「少なくとも、紅子の両親は神社の関係者でもないぞ。

 どうして紅葉の森に入って行けるんだ?」

いずれにせよ、ここで諦めるわけにはいかない。

良介は紅葉の森への道へ、禁を破って足を踏み入れていった。


 深夜の紅葉の森を照らすのは、月明かりだけ。

しかし、地面に人力車のわだちが残っているので、

追いかけるのは簡単だった。

人力車の轍は紅葉の森の奥へと続いていく。

その先に何があるか、良介は知っている。

子供の頃にいたずらで入った時に見たからだ。

そこには、この紅葉の森の主と呼ばれる、一番大きな紅葉の木があるはずだ。

「紅葉の森の主のところへ向かってるのか?何のために?」

答えはすぐ先にある。

良介は轍を辿っていった。


 紅葉の森の奥には、大きな大きな紅葉の木が立っていた。

いや、紅葉の木と言っても良いのだろうか。

とにかく、紅葉は立っていた。

たくさんの真っ赤な葉をたたえた紅葉の木。

その幹には、木ではないものが生えていた。

それは人。

一糸まとわぬ姿の女が、紅葉の木の幹に体を半ば埋め込まれていた。

紅葉の木がドクンと脈打つ度に、埋め込まれた女は苦痛に顔を歪ませた。

そしてその顔に、良介は見覚えがあった。そうだろうと予感していた。

紅葉の木に埋め込まれているのは、恋人の紅子だった。

しばらく顔を合わせていないが、良介が見間違えるはずがない。

それに、今、目の前で、紅子の両親が語りかけている。

「紅子、体は大丈夫かい?」

「これも村のための尊い犠牲なんだ。

 つらいだろうが、受け入れてくれ。」

「私たちもまたこうして様子を見に来るから。」

紅子の両親は紅子の頬を撫でると、

名残惜しそうに、人力車に乗って帰っていった。

その姿が完全に見えなくなるのを待って、

良介は紅子の前に姿を現した。

驚いたのはむしろ紅子の方だった。

「・・・良介くん!?どうしてここに?」

「君の両親の様子がおかしかったから、後をつけて来たんだ。

 それよりも、これはどういうことだ?

 紅葉の森も、紅葉村も、すっかり変わってしまった。

 これも、君の犠牲によるものなのか?」

「・・・もう隠せないね。

 そう。紅葉の森が紅葉を取り戻したのは、わたしの力。

 わたし、巫女としての適性があったみたい。

 神社の人たちが紅葉の森を再生させるために、

 人の体を使うことにしたの。

 この紅葉の森で一番大きな木と、人の体とを融合させたの。

 そうすると、人から栄養とかいろんなものが木に流れ込んで、

 それが根を通して紅葉の森全体に広がっていくんだって。

 今までに何人もの子が、埋め込みの巫女として選ばれたけど、

 みんな長くもたずに枯れてしまった。

 その中でわたしだけが、こうして永らえてるの。」

「どうしてそんな酷いことを?」

「全てはこの紅葉の森と村のため。

 こうしてわたしが犠牲になることで、紅葉の森は蘇る。

 そうすれば観光客が来て、紅葉の村も蘇る。

 わたしがたった一人、木になるだけで、何もかも上手くいくんだ。」

諦めたように語る紅子を良介は怒鳴りつけた。

「上手くいくものか!

 それじゃ紅子、君はこの後どうなる!?

 遺された僕は!」

「すぐに死んだりはしないから心配しないで。」

「でも動けないじゃないか。それに苦しそうだ。」

「それは・・・紅葉の木に生気を吸われてるから仕方がないよ。

 とにかくわたしは大丈夫だから、良介くんはもう自分のところへ帰って。」

「帰れるものか!」

良介の悲痛な叫びが夜の紅葉の森に響いた。

良介とは対称的に紅子の冷静な声がする。

「本当はわたしだって良介くんと一緒に行きたいよ。

 でも、今の私はこの紅葉の木に埋め込まれて同化してるんだよ。

 どうやってわたしを連れて行くの?」

「それは・・・」

良介は答えられなかった。

紅葉の木に人の体を埋め込むのは、神社の秘技なのだろう。

それを引き抜くなんて、何も知らない自分にできるわけがない。

それでも。

「僕は諦めない。

 解決法を見つけるまで、諦めないで待っていてくれ。」

そんな言葉を残して、良介は紅葉の森を後にした。

その後姿を、紅子は寂しそうに見送っていた。


 それからの良介は、昼は金を稼ぎ、

夜は紅子のところへ通う日々を送っていた。

紅子を少しでも長く生かし、紅葉の木から分離する方法を探すため。

季節は既に紅葉の時期を終え、観光客もめっきりいなくなっていた。

そうすると紅葉村の収入は無くなってしまうが、

紅葉村は紅葉の時期に稼いだ金で十分生活できているようだった。

確かに娘身一つで得られる利益としては大したものだろう。

しかし、娘を奪われた家族は?恋人は?犠牲は少なくない。

それがよくなかったのだろうか。

春頃に、変化がやってきた。

紅子が埋め込まれた紅葉の木に、異常が見られるようになった。

神社の人間が深刻そうな顔で言う。

胴枯病どうがれびょうですな。」

「なんと、この木の病状はどうなのですか。」

「胴枯病の患部は幹を一周しています。

 この紅葉の木は、遠からず枯れるでしょう。」

「なんということだ。

 我々がきちんと管理できていれば。」

「そもそも、紅葉の木に人を埋め込むなどというのが、

 無理があったのでしょう。

 紅葉の木は切り傷などに弱いですからな。

 むしろ今までよく耐えてくれました。

 ・・・君たちもですよ。」

呼びかけられて、良介は驚いた。

茂みに姿を隠していたはずだったからだ。

どうやら神社の人たちには、とっくにお見通しだったようだ。

「君は良介くんだね?紅子ちゃんの友達の。

 随分前から村に紛れ込んでいたことは知ってるよ。

 何、心配しなくて良い。

 我々は君たちをどうこうしようとは思わない。

 むしろ謝りたいくらいなんだ。」

神社の人たちは装束姿で頭を下げた。

「紅葉村の名前の由来を知っているかい?

 紅葉は皆で紅葉し冬を越える。

 そんな紅葉のように共生しようと付けられた名前なんだ。

 紅葉の森があるから紅葉村なのではなくて、

 紅葉村の名前の後から紅葉が植えられて紅葉の森になったんだ。」

「少数を犠牲に多数を生かそうなどとした神罰だろう。

 我々が邪悪な術を用いて紅葉の木と人の融合などしても、

 自然の病気にすら対抗できなかった。」

うなだれる神社の人たちに、良介も紅子も掛ける言葉がなかった。

犠牲は自分たちだけではなかったのだ。


 それから時間が経つごとに、紅子が埋め込まれた紅葉の木は枯れていった。

病巣はちょうど紅子を埋め込むために幹に切れ込みを入れた部分。

そこから上が枯れていくのが胴枯病。

ということは、紅子から上の部分が枯れていくことになる。

「紅子、つらくはないか?」

「いいえ、ただちょっと痺れる程度です。」

紅葉の木の余命は長くはなかった。

木は立ち枯れ、枝葉は腐り落ちていった。

そうして、ある日、幹がメキメキと腐り落ちると、

後には傷一つ無い紅子の体が遺された。

「紅子!?無事か?」

良介が体を揺すると、紅子はゆっくりと目を覚ました。

ゆっくりと首を縦に振り、体は無事であることを伝えた。

こうして紅子は紅葉の木と分離することになった。

紅葉の木の死と引き換えに。


 それから次の秋がやってきて。

紅葉村の紅葉の森は、葉が落ちたまま紅葉もしなくなってしまった。

これでは観光客も、そこから得られる収入も期待できない。

でもそれでいい。村人の誰もがそう言っている。

少数を犠牲にした収入などに頼ってはいけない。

この村の神社には、人を木に埋めるような秘術があったのだ。

きっと皆で紅葉の森を再生させる秘術も見いだせることだろう。

紅葉の村の人たちは、紅葉の森を再生させるため、日々努力した。

その中には、手を繋ぐ良介と紅子の姿もあった。

紅葉が繋いでくれた手を、もう離したりはしない。

その二人が手入れをする紅葉の木からは、

小さな小さな葉が生え始めていた。



終わり。


 紅葉の木はたくさん生えて紅葉すると注目されるのに、

一本一本だと、どんなに紅葉してもあまり注目されません。

なんだかそこに理不尽さを感じて、こんな話を書いてみました。


素晴らしいものは多くても少なくても素晴らしい。

紅葉もたった一本の紅葉の木でも楽しめると思います。

私は今年の紅葉は一本の紅葉の木で楽しませてもらいました。


お読み頂きありがとうございました。


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