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紅葉の森と一本の紅葉

作者: ウォーカー

 紅葉こうよう、あるいは黄葉こうようというものは、

木々が日光の弱い冬に備えて、葉での光合成を止め、養分を貯める事で起こる。

葉が緑色から黄色、赤色へと移りゆく姿は、人々の目を楽しませてくれる。

紅葉が見事な場所は観光地となり、多くの人たちが訪れる。


 あるところに、過疎に苦しむ村があった。名を紅葉村もみじむらと言う。

紅葉村はかつて見事な紅葉もみじの森で栄えていたのだが、

何故かその紅葉こうようが起こらなくなってしまった。

今では他に温泉など目立った名物もなく、人が減る一方。

このままでは廃村を迎えることになってしまう。

紅葉村の村人たちは、名物を必要としていた。

どうにかして、森の紅葉こうようを取り戻せないものか。

村人たちはあらゆる手を尽くした。

そして、紅葉もみじの森の紅葉こうようを取り戻した。


 初冬のある日。

紅葉村には、紅葉の森の紅葉を見ようと、多くの観光客がやってきていた。

「すごい。あの紅葉を見て!」

「森が赤や黄色にきれいに色づいているな。」

紅葉の森は今日も見事な紅葉に包まれていて、観光客は歓声を上げていた。

一時いっときは立ち枯れしかかっていた紅葉の森。

それがどうして急に紅葉を取り戻したのか。

観光客は誰も気にはしていなかった。

観光客たちはただ目の前の美しい紅葉に心奪われていた。

ただ一人を除いて。


 紅葉村が紅葉の森の紅葉でかつての繁栄を取り戻すと、

村を捨てて出ていった人たちも、村に戻ってくるようになった。

その中に、良介りょうすけという名前の若い男がいた。

良介は子供の頃に、両親に連れられて紅葉村を出ていった。

しかし良介には、幼い頃から将来を近い合った、

紅子べにこという恋人がいた。

良介は紅葉村から出た後も、紅子に手紙を出すのを欠かさなかった。

紅子の方も良介への返事を欠かさず、

お互いに連絡を取るのを楽しみにしていた。

ところが、ここ数ヶ月、紅子からの連絡が途絶えた。

手紙を出しても電話をしても、連絡が取れなかった。

「紅子はいない。」

電話口で紅子の両親は良介に言葉少なげにそう答えていた。

そんなはずはない。

紅子が紅葉村から出ていくはずがない。

村がどんなに衰退しても、衰えた紅葉の森の手入れを欠かさなかった。

「村を出て一緒になろう。」

そんな良介の言葉にも、紅子はうんと答えなかった。

「紅葉の森が心配だから・・・」

紅子にとって、生まれ育った紅葉の森は、それほどに大切なものだった。

その紅葉の森を放って、紅子がどこかへ行くはずがない。

もしも村を出るとしたら、自分に連絡をするはずだ。

「きっと、紅子に何かがあったに違いない。」

不審に思った良介は、観光客に紛れて単身、紅葉村に戻ってきたのだった。


 良介にとっての紅葉村は、子供の時に出ていって以来となる。

あの時とは違い、紅葉村の紅葉の森は紅葉に染まり、

それを目当てにした観光客たちで大賑わい。

良介には目を疑うような光景だった。

「あの枯れそうだった紅葉の森が、こんなにきれいな紅葉になるなんて。

 一体、紅葉の森に何があったんだ?」

子供の頃に村を出てから、良介は成長した。

顔つきも精悍になり、一目では紅葉村出身だとは気が付かれないようだ。

良介は紅葉村に何があったのかを調べるべく、

まずは紅子の家へと向かうことにした。


 紅葉の森の紅葉にざわめく観光客たちの集団から、一人抜け出した良介。

紅葉村は子供の頃に比べて、随分と変わっていた。

ボロボロだった民家は新しくリフォームされ、

デコボコだった道は平らに舗装されていた。

都市部と変わらないほどに整備された紅葉村に、良介は郷愁も感じなかった。

紅子の家に行く途中で、かつで自分たち一家が住んでいた場所も見たが、

古くなった家は取り壊され、アパートが建てられていた。

感傷に浸るような気にもなれず、良介は元自分の家を素通りしていった。


 紅葉村が様変わりしようと、あちこちに面影は残っている。

だから良介は、道に迷うようなことはなかった。

だが、紅子の家を見た時は、自分が道を間違えたのではないかと思った。

しかし何度確認しても、そこが紅子の家であることに間違いない。

良介は目を疑った。

古民家をリフォームしたとか、そんな程度の変化ではない。

紅子の家は、文字通りの豪邸になっていた。

元々、紅子の家は紅葉村でも貧しい方で、当時から家は古く傷んでいた。

それが時が過ぎた今、立派な豪邸に様変わりしていた。

「これはどういうことだ?

 こんな豪邸を建てる金は、どこから出てきたんだ?」

もしも紅子の家が、紅葉村の収益で建て直されたとしても、

この一軒だけが豪華すぎる。それほどに他の家とは違う豪華さだった。

家の中を覗こうにも、家が大きすぎる。

仕方がなく、良介はインターホンを鳴らした。

長い待ち時間の後、返事をしたのは、聞いたことがある声だった。

「どちら様ですか?」

それは遠い記憶から呼び起こされた、紅子の母親の声だった。

良介はインターホンにかじりついて言った。

「い、井之上さんのお宅ですよね?」

「はい、そうですが・・・」

「紅子は!?紅子さんはいますか!?」

「べっ、紅子!?

 ・・・そんな、そんな子はうちにはいません!」

「そんな馬鹿な!

 ここは井之上さんの、紅子の家でしょう!?」

「だから、そんな子はいないと言っているでしょう!

 人を呼びますよ!?」

何だか様子がおかしい。

良介は仕方なく、一度引き上げることにした。


 懐かしいはずの紅葉村は、すっかり様変わりしていた。

そして、愛しの紅子の家も変わり、紅子はいないという。

「そんなはずはない。そんなはずはないんだ。」

良介は自分に言い聞かせるように言った。

それから数日。

良介は紅子の家を監視することにした。

家を出入りする人、窓から見える家の中を調べ続けた。

しかし、紅子の姿は見つからなかった。

「ここまで姿を見せないということは、

 本当にこの家の中には紅子はいないみたいだ。

 でも、名前は井之上で合ってる。

 一体、紅子はどこに行ったんだ?」

深夜まで監視していた良介が仮眠を取ろうとすると、

紅子の家から人の気配がした。

玄関から出てきたのは、紅子の両親だった。

「こんな夜中に、二人はどこに行こうというんだ?」

するとさらに多くの人の気配。

大きな人力車を引いた男たちがやってきた。

人力車は迎えの車のようだ。

紅子の両親は人力車に当然のように乗ると、どこかへ運ばれていく。

「きっと、行く先に何かがあるに違いない。」

良介は身を隠しながら、人力車の後を追った。


 人力車は家々の間を抜けていく。

「この先って、もしかして。」

良介の予想通り、人力車は紅葉の森の中へ入っていった。

「おかしいぞ。紅葉の森は禁足地。

 村の神社の人たち以外は入っちゃいけないはずだ。」

紅葉の森は、紅葉村の名前の由来にもなっている通り、

村にとって最も大事なもの。

選ばれた人以外は入ってはいけないことになっている。

だから観光客たちも、離れた丘から森を観ることになっている。

良介自身、子供の頃から紅葉の森は禁足地と厳しく躾けられ、

いたずらで中に入った時は、厳しく叱られたものだった。

「少なくとも、紅子の両親は神社の関係者でもないぞ。

 どうして紅葉の森に入って行けるんだ?」

いずれにせよ、ここで諦めるわけにはいかない。

良介は紅葉の森への道へ、禁を破って足を踏み入れていった。


 深夜の紅葉の森を照らすのは、月明かりだけ。

しかし、地面に人力車のわだちが残っているので、

追いかけるのは簡単だった。

人力車の轍は紅葉の森の奥へと続いていく。

その先に何があるか、良介は知っている。

子供の頃にいたずらで入った時に見たからだ。

そこには、この紅葉の森の主と呼ばれる、一番大きな紅葉の木があるはずだ。

「紅葉の森の主のところへ向かってるのか?何のために?」

答えはすぐ先にある。

良介は轍を辿っていった。


 紅葉の森の奥には、大きな大きな紅葉の木が立っていた。

いや、紅葉の木と言っても良いのだろうか。

とにかく、紅葉は立っていた。

たくさんの真っ赤な葉をたたえた紅葉の木。

その幹には、木ではないものが生えていた。

それは人。

一糸まとわぬ姿の女が、紅葉の木の幹に体を半ば埋め込まれていた。

紅葉の木がドクンと脈打つ度に、埋め込まれた女は苦痛に顔を歪ませた。

そしてその顔に、良介は見覚えがあった。そうだろうと予感していた。

紅葉の木に埋め込まれているのは、恋人の紅子だった。

しばらく顔を合わせていないが、良介が見間違えるはずがない。

それに、今、目の前で、紅子の両親が語りかけている。

「紅子、体は大丈夫かい?」

「これも村のための尊い犠牲なんだ。

 つらいだろうが、受け入れてくれ。」

「私たちもまたこうして様子を見に来るから。」

紅子の両親は紅子の頬を撫でると、

名残惜しそうに、人力車に乗って帰っていった。

その姿が完全に見えなくなるのを待って、

良介は紅子の前に姿を現した。

驚いたのはむしろ紅子の方だった。

「・・・良介くん!?どうしてここに?」

「君の両親の様子がおかしかったから、後をつけて来たんだ。

 それよりも、これはどういうことだ?

 紅葉の森も、紅葉村も、すっかり変わってしまった。

 これも、君の犠牲によるものなのか?」

「・・・もう隠せないね。

 そう。紅葉の森が紅葉を取り戻したのは、わたしの力。

 わたし、巫女としての適性があったみたい。

 神社の人たちが紅葉の森を再生させるために、

 人の体を使うことにしたの。

 この紅葉の森で一番大きな木と、人の体とを融合させたの。

 そうすると、人から栄養とかいろんなものが木に流れ込んで、

 それが根を通して紅葉の森全体に広がっていくんだって。

 今までに何人もの子が、埋め込みの巫女として選ばれたけど、

 みんな長くもたずに枯れてしまった。

 その中でわたしだけが、こうして永らえてるの。」

「どうしてそんな酷いことを?」

「全てはこの紅葉の森と村のため。

 こうしてわたしが犠牲になることで、紅葉の森は蘇る。

 そうすれば観光客が来て、紅葉の村も蘇る。

 わたしがたった一人、木になるだけで、何もかも上手くいくんだ。」

諦めたように語る紅子を良介は怒鳴りつけた。

「上手くいくものか!

 それじゃ紅子、君はこの後どうなる!?

 遺された僕は!」

「すぐに死んだりはしないから心配しないで。」

「でも動けないじゃないか。それに苦しそうだ。」

「それは・・・紅葉の木に生気を吸われてるから仕方がないよ。

 とにかくわたしは大丈夫だから、良介くんはもう自分のところへ帰って。」

「帰れるものか!」

良介の悲痛な叫びが夜の紅葉の森に響いた。

良介とは対称的に紅子の冷静な声がする。

「本当はわたしだって良介くんと一緒に行きたいよ。

 でも、今の私はこの紅葉の木に埋め込まれて同化してるんだよ。

 どうやってわたしを連れて行くの?」

「それは・・・」

良介は答えられなかった。

紅葉の木に人の体を埋め込むのは、神社の秘技なのだろう。

それを引き抜くなんて、何も知らない自分にできるわけがない。

それでも。

「僕は諦めない。

 解決法を見つけるまで、諦めないで待っていてくれ。」

そんな言葉を残して、良介は紅葉の森を後にした。

その後姿を、紅子は寂しそうに見送っていた。


 それからの良介は、昼は金を稼ぎ、

夜は紅子のところへ通う日々を送っていた。

紅子を少しでも長く生かし、紅葉の木から分離する方法を探すため。

季節は既に紅葉の時期を終え、観光客もめっきりいなくなっていた。

そうすると紅葉村の収入は無くなってしまうが、

紅葉村は紅葉の時期に稼いだ金で十分生活できているようだった。

確かに娘身一つで得られる利益としては大したものだろう。

しかし、娘を奪われた家族は?恋人は?犠牲は少なくない。

それがよくなかったのだろうか。

春頃に、変化がやってきた。

紅子が埋め込まれた紅葉の木に、異常が見られるようになった。

神社の人間が深刻そうな顔で言う。

胴枯病どうがれびょうですな。」

「なんと、この木の病状はどうなのですか。」

「胴枯病の患部は幹を一周しています。

 この紅葉の木は、遠からず枯れるでしょう。」

「なんということだ。

 我々がきちんと管理できていれば。」

「そもそも、紅葉の木に人を埋め込むなどというのが、

 無理があったのでしょう。

 紅葉の木は切り傷などに弱いですからな。

 むしろ今までよく耐えてくれました。

 ・・・君たちもですよ。」

呼びかけられて、良介は驚いた。

茂みに姿を隠していたはずだったからだ。

どうやら神社の人たちには、とっくにお見通しだったようだ。

「君は良介くんだね?紅子ちゃんの友達の。

 随分前から村に紛れ込んでいたことは知ってるよ。

 何、心配しなくて良い。

 我々は君たちをどうこうしようとは思わない。

 むしろ謝りたいくらいなんだ。」

神社の人たちは装束姿で頭を下げた。

「紅葉村の名前の由来を知っているかい?

 紅葉は皆で紅葉し冬を越える。

 そんな紅葉のように共生しようと付けられた名前なんだ。

 紅葉の森があるから紅葉村なのではなくて、

 紅葉村の名前の後から紅葉が植えられて紅葉の森になったんだ。」

「少数を犠牲に多数を生かそうなどとした神罰だろう。

 我々が邪悪な術を用いて紅葉の木と人の融合などしても、

 自然の病気にすら対抗できなかった。」

うなだれる神社の人たちに、良介も紅子も掛ける言葉がなかった。

犠牲は自分たちだけではなかったのだ。


 それから時間が経つごとに、紅子が埋め込まれた紅葉の木は枯れていった。

病巣はちょうど紅子を埋め込むために幹に切れ込みを入れた部分。

そこから上が枯れていくのが胴枯病。

ということは、紅子から上の部分が枯れていくことになる。

「紅子、つらくはないか?」

「いいえ、ただちょっと痺れる程度です。」

紅葉の木の余命は長くはなかった。

木は立ち枯れ、枝葉は腐り落ちていった。

そうして、ある日、幹がメキメキと腐り落ちると、

後には傷一つ無い紅子の体が遺された。

「紅子!?無事か?」

良介が体を揺すると、紅子はゆっくりと目を覚ました。

ゆっくりと首を縦に振り、体は無事であることを伝えた。

こうして紅子は紅葉の木と分離することになった。

紅葉の木の死と引き換えに。


 それから次の秋がやってきて。

紅葉村の紅葉の森は、葉が落ちたまま紅葉もしなくなってしまった。

これでは観光客も、そこから得られる収入も期待できない。

でもそれでいい。村人の誰もがそう言っている。

少数を犠牲にした収入などに頼ってはいけない。

この村の神社には、人を木に埋めるような秘術があったのだ。

きっと皆で紅葉の森を再生させる秘術も見いだせることだろう。

紅葉の村の人たちは、紅葉の森を再生させるため、日々努力した。

その中には、手を繋ぐ良介と紅子の姿もあった。

紅葉が繋いでくれた手を、もう離したりはしない。

その二人が手入れをする紅葉の木からは、

小さな小さな葉が生え始めていた。



終わり。


 紅葉の木はたくさん生えて紅葉すると注目されるのに、

一本一本だと、どんなに紅葉してもあまり注目されません。

なんだかそこに理不尽さを感じて、こんな話を書いてみました。


素晴らしいものは多くても少なくても素晴らしい。

紅葉もたった一本の紅葉の木でも楽しめると思います。

私は今年の紅葉は一本の紅葉の木で楽しませてもらいました。


お読み頂きありがとうございました。


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