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スマイル  作者: 小町翔石
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第七話  無神経が火にアブラ

 知る由もない。

 アユミを見ていて思うのは、今日は少しテンションが低いかな、くらいなものだ。

 それだって、アユミがハイ・テンションと言われる状態になったところをまだカズマは見たことがないので、普段のアユミと大差がないと言っても過言では無いのだ。

 ましてや苛々を堪えていることなど、わかるはずもない。


 そして、カズマも口下手だ。

 口下手がロー・テンションを相手に話しても、盛り上がりも長続きもしないのは当然だ。

 沈黙の割合が段々と増えていき、やがてカズマも話すのをやめた。


 九時半くらいからセ○○○をして、十時半になる前には早めの昼食を作り始めるつもりだったのだが、もう九時四十分になろうとしている。

 セ○○○はなしかと、少しがっかりした。


 さすがにカズマも、テンションが低いのではなく、機嫌が悪いのだと悟った。

 カズマは知っている。

 こういう時は黙っているのが一番なのだ。

 少なくともアユミの場合は。

 触らぬアユミに激怒なし、だ。

 そしてそれは、無神経だ。


「……カズマってさあ」

 とアユミが話しだした。

「確認したいんだけど」

「何?」

「私とセ○○○できると思ってた? セ○○○する気でうちに来た?」

「はい。する気でした」


 正直に答えた。

 たとえそれで地雷を踏むことになったとしても、嘘をつくよりはましだからだ。


「私、軽く見える?」

「いいえ、全然そんなことないです」

「そうよね。見えたら馬鹿よね。じゃあ、会うたびに肉体関係を持てる女は、軽い? 軽くない?」


 カズマは返答に困った。


「答えなさいよ」

「……僕がアユミさんを軽いだなんて思ったことは、いままでただの一度もないですよ」

「質問の答えになってない」

「……体が目当てでその女性と会って、目的を果たしたらそれではい、さよならっていう男に抱かれる女性は馬鹿で軽いかもしれませんが、会うたびに肉体関係を持つ、健全なカップルだっていると思います。会うたびにセ○○○をするから軽いとは、一概に言い切れないと思います」

「じゃあ、あなたは何が目当てで私と会うの? 体? それとも心?」

「どちらかと言えば心です」

「じゃあ、今日はセ○○○はなしでもいいのね?」

「アユミさんがそう望むなら、僕はそれいいです」

「したいの? したくないの?」

「……したいです」


 カズマはやはり正直に答えた。

 怒られるだろうかと内心でびくびくしながら。

 しばらく、アユミは黙っていた。

 だから、カズマも黙っていた。

 それが、アユミの癇に障った。


「何黙ってるの? 私が、じゃあやらせてあげる、なんて○開くとでも思ったの?」

「いや、そういうつもりじゃ……」

「じゃあどういうつもりよ?」

 カズマの発言を遮って、アユミは怒鳴った。

「済みません」


 カズマは謝った。

 アユミがキレた時は、このように謝罪するのが一番怒りを膨らませないで済むと経験で知っているからだ。

 だが、火に油だった。


「謝ったってことは、やっぱり私が軽い女だって思ってたってことよね」

「いや、そういう意味じゃ」

「煩い」

 アユミの右の手のひらが、カズマの左目からこめかみの辺りを捉えた。


「何口答えしてんのよ。あんた、私とやれること前提でうちに来たんでしょうが」

「そういうつもりじゃ」

 言葉より先に手が来た。

「口答えするなって言ってんだろうが」

 カズマは何も言えなかった。

「謝れよ」


 また手が飛んできた。拳を握らないのはネイルが取れてしまったことがあるからだ。

 決してダメージを減らすためではない。

 アユミは本気で憎いと思って殴っている。


「謝れ」

「済みませんでした」


 即座にソファから立って、深々と頭を下げた。

 アユミの許しが出るまでそうし続けるのが、これまでで培ったルールのようなものだ。


 土下座のほうが良かっただろうか? 


 そう気づき、自分が重大なミスを犯してしまったのではと怖くなった。

 アユミはまた黙っていた。

 その沈黙が、カズマを不安にさせる。


 いまからでも土下座に変えたほうが良いのでは?

 いや、でもそこまで怒ってはいないのに土下座なんてしたら、また別の怒りを呼ぶことになってしまうはずだ。

 この沈黙はどういう類の沈黙なのだろうか?

 せめて表情を窺えればいいのだけど、それは無理だ。

 無理だし、いま顔を上げればまた手が飛んでくるパターンだ。

 ここはこのままアユミさんのリアクションを待つしかない。


 速い動悸と遅い秒針。


「一回謝ったらそれで終わりかよ」

「済みませんでした。済みませんでした。済みませんでした」

「遅い。それに声が小さい。まだわからないのかよ」

「済みませんでした」

 カズマはもう怒鳴っていた。

「今更それで終わるわけないってわかるわよね。頭を上げなさい」


 カズマは覚悟を決めた。

 頭を上げた次には、右手が飛んできた。


「お前は何遍同じミスを繰り返すんだ。何回言ったらわかるんだ」


 何度も何度もぶたれた。

 カズマは避けもしなかった。

 されるがままだ。

 ただ、済みませんでしたと、ぶたれるたびに言うだけだ。


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