第五話 怒りとシャザイ
「謝れよ」
呆気に取られたカズマは、リアクションを取れなかった。
それが火に油を注ぐ結果になった。
「謝れって言ってんだろうが」
「え……何……?」
右手が飛んできて頬をぶたれた。
間髪入れずに胸倉を掴み、怒気を露にした表情で怒鳴り散らした。
「謝れー」
「……ごめん」
「敬語で言い直せ」
怒りの理由がわからずに慌てたカズマは、二の句がでなかった。
「敬語で言い直せって言ってんだろうが。同じことを繰り返して言わせるな」
アユミに睨まれたカズマは、豹変ぶりに恐れをなした。
だからまたリアクションが遅れてしまった。
「敬語で言い直せよ」
「……済みませんでした」
そして、後になれば馬鹿だとわかるのだが、そのときはわからずに、こんな質問をしてしまった。
「……アユミさん、なんで怒ってるの? 俺、失礼なこと、した?」
「だから怒ってるんだろうが」
三発の平手打ちの後で言った。
「黙ってないで謝れよ。何遍も言わせるな」
「ごめん」
「だから何でタメ口なんだよ」
よと同時にまた平手打ちだ。
「……済みませんでした」
痛みに耐えながら、カズマは謝った。
「何で座ったまんまなんだよ」
「済みませんでした」
と立ち上がって言った。
「頭を下げろよ」
「済みませんでした」
言われた通りにカズマは頭を下げた。
それでも不十分だった。
「その程度しか下げられないのか」
深く頭を下げて謝り直したカズマだが、まだアユミは気に食わなかった。
「声が小さいんだよ」
カズマは即座に対応できなかった。
その数秒の間、それがまたアユミを怒らせた。
「声が小さいって言ってんだろうが。大声で言い直せよ」
もちろん、ぶたれた。
「済みませんでした」
大きく息を吸い込んで、声を張った。
それでもアユミは満足できなかった。
「声が小さいって言ってんだろうが。同じことを繰り返して言わせるな。さっき言ったばかりだろうが。こんな短期間に何回言わせれば気が済むんだ。馬鹿か、お前は」
なんと返事をすればよいのかわからないカズマは、頭を上げた。
右の平手が飛んできて、左の頬骨に直撃した。
「勝手に頭を上げるな」
痛みと衝撃と恐怖で、カズマは何も言えなかった。
「謝れって言ってんだろうが」
また飛んできた。
「やめっ」
「うるさい。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ」
後ずさりながら、何度も平手打ちを食らった。
痛みよりも怖さが先に立った。
非力な女性の平手打ちとはいえ、痛くないわけがない。
が、こんなにも純粋な怒りをぶつけられたのは初めてだった。
それはそれまでカズマが受けてきたどの暴力とも異なるものだった。
痛いと怖いの合間に、申し訳ないと、思った。
「謝れ」
「済みませんでした」
苛立ちの色が濃い溜息をはいてアユミは一度踵を返し、しかしまだ怒りが収まらないと振り返り、力いっぱいカズマの脛を蹴った。
「痛い」
思わず声を出してしまった。それくらい痛かった。
だが、それでアユミの怒りがぶり返してしまい、また平手打ちをくらう破目になった。
手加減をしていたのか、だんだんと慣れてきたからなのか、最初のころよりも後になってからの方が痛かったな。
朝になって身支度を整え学校へと歩きながら、カズマは昨晩の続きを思い返していた。
初めてキレられた日は、結局、三十発は平手打ちを食らったと記憶しているが、それはとても曖昧で、でも四十発であったとしても二十発であったとしても、それはそんなに重要じゃないと思いつつも消えかけた記憶を手繰ったのだが、答えは見つからなかった。
次の日に青あざになったのは、よく覚えている。
学校の仲間には、チンピラ三人に絡まれて喧嘩になったんだ、俺が勝ったけどね、と嘘をついてはぐらかした。
追及してくる者はいなかった。




