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スマイル  作者: 小町翔石
3/29

第三話 あさり弁当とサラダ

三話連続投稿の第三話です。

第一話、第二話をまだお読みでない方は、お気を付けください。

「片づけてあるんだ」

 感心というようにアユミは言った。

「今朝、ごみを出したから片づいて見えるだけで、本当は散らかってるんですよ」


 玄関からキッチンとトイレと風呂を抜けたところに、六畳ほどの部屋があった。

 上京してきた若者のひとり暮らしを想定したような間取りだ。

 テレビにベッドに箪笥、本棚にパソコンラック。

 家具や家電も上京を機に買い揃えられたものだとわかる新しさだ。


「大学生?」

「いや、専門学校生です」

「何の?」

「料理です」

「へえ、料理、するんだ」

「コンビニで買った弁当、晩飯にするんですか?」

「ええ、そうよ」

「ちなみに何弁当?」

「あさり弁当」

 そう答えるアユミに釣られて、カズマも頬が緩んだ。

「それだけじゃ栄養が偏るから、サラダ、さっと作りますよ」

「作れるの?」

「そんなに高級なのは無理ですけど、洋食屋でバイトしてますし、学校でも習ったし。まあ、安心してください。食べられないようなものではないですから」


 冷蔵庫から野菜を取り出して、五分としないうちに皿に盛りつけた。

 そのころには安いクッションに座っていたアユミがカズマのそばに立ち、料理が出来上がるところを見守っていた。

 最後に冷蔵庫からドレッシングを取り適量をかけて、

「これで完成です」

 と誇るように言った。


 ドレッシングのメーカーを聞かれたので、自分で作ったのだと答えた。

 そこまでの腕だとは思っていなかったアユミは素直に驚いた。

 電子レンジがチンと鳴った。あさり弁当とカズマの夕食の作り置きのおにぎりが温まったのだ。


「コンビニでお弁当買ったんじゃないの?」

 とアユミは訊いた。

「いや、コンビニではコンビニ限定のスイーツを買ったんです。美味しいですよ」


 それからふと、まだ自己紹介も済んではいないことに気がついた。

 お互いに名乗って、夕食を食べて、スイーツは半分にわけた。


 話はしたのだが、お喋りとは言えないアユミと女遊びをしなれているわけでもないカズマは、初対面がゆえの、ぎこちなさのある、手探りの会話しかできなかった。

 AとかBとかをどう思いますか?

 AよりはBのほうが好ましいです。

 同感です。

 大まかに言えばこんな感じだ。

 ただ、どちらもそれを悪いとは思わなかった。

 大笑いをして打ち解けるだとか、砕けた仲になるだとかとは程遠くあったが、そんなに急に距離を近づけられるような人間でないこと、近しい価値観を持っていることを、お互いに好ましく思ったのだ。


 あさりご飯、サラダ、あさりご飯。

 あさりご飯、サラダ、サラダ、そしてまたあさりご飯。

 食べ進めながら、サラダの味も完成までの時間も見た目の美しさも、料理の専門学校に通っているだけのことはあると、アユミは思った。

 手製だというドレッシングも、ドレッシングに一家言持っているわけではないが、食品メーカーがつくった物と遜色がないどころか、手製であるがゆえの癖、それがアユミの味覚に合っていた。

 自分では料理をするのが面倒に思える日が多く、心地の良い敗北感があった。


 これが毎日食べられたら。


 下心などなく、そう思った。

 食休みもとらずに、アユミは立った。

 サラダ皿を洗うためだ。

 いいとは言ったのだが、アユミが流しに立ち洗い始めたので、じゃあとカズマはあさり弁当の空などをゴミ箱に捨ててから、横に並んで洗い終えた皿をタオルで拭いた。

 夕食を共にするという名目で部屋に入ったのだから、アユミがカズマの部屋にいる理由はもうなくなった。


 テーブルの横に置いた鞄をとって、

「じゃあ、ごちそうさま。ドレッシング、美味しかったわ。変な目で見て、ごめんね」

 と別れようとした。

 だから、

「あ、僕もいまから出るんです。バイトです。ちょっと待ってもらえますか?」

 と引き留められたときに、少し嬉しかったことを、アユミは自覚した。


 だからというもあるだろうし、自分のほうが年上であるという優越感も、あった。

 それが背中を押したのだろう。


「私、そこのアパートに住んでるの。またサラダ、作ってくれない?」


 アユミはカズマの真向かいのアパートに住んでいたのだ。

 サラダが食べたい、料理を作ってほしい、ただそれだけで他意はない。

 そう強く含ませて言った。

 それをそのまま素直に受け止めた。

 そういうやつなのだ。


「いいんですか? いま、僕、料理するのがとにかく楽しくて仕方がないって時期なんですよ。本当にアパートにお邪魔しちゃいますよ。いいんですか?」

「その代わり、美味しい料理を作ってわたしを満足させること。いい? わかった?」

「はい」


 こうしてふたりの人生は接触した。


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